189.猫と異世界の剣術(下)

 宴会の席で、彩ちゃんのお父さんに。


『異世界の人って、どんな音楽を聴いてるんですか?』


 そう訊ねたのは、控え室で美織里達が披露した日本の歌に、世話役の女性達が普通に興奮して、歓声をあげていたからだった。


 どんなに素晴らしい曲であっても、まったくの初見では盛り上がりようがない。どんな素晴らしい曲でも楽しむにはなんらかの下地が必要で、それなのに彼女達が拍手して抱き合いながら美織里達に歓声を送っていたのは――


 日本のアイドルソングに似た音楽が異世界にもあって、楽しまれてる可能性が高い。


 だから、とりあえず彩ちゃん父に聞いてみると。


「ああ、そうなんだよ。日本のアイドルみたいな曲、こっちでは昔から流行ってるんだ」


 そこから彩ちゃん父の話は、タラシーノ国の建国前に遡る。


「イーサンっていう奴が、タラシーノ国この国を作って、イーサンには3人の嫁がいた――ここらへんは、知ってるよな?」


「はい。建国の聖女ですよね」


「それでさ、その3人とは別に、もう一人、イーサンのなんていうか……側にいる女がいたんだ。イーサンも嫁も当時最強って言われてたそうだが、ここぞって時には必ずそいつを連れてって、最激戦区にぶちこんでたらしい」


「それくらい……強かったってことですか」


「見ろよ。ザンサ=ツって街で見つけたんだ――当時書かれた、絵らしいんだけどさ」


 当時というのは、イーサンが存命だった頃、くらいの意味だろうか。


 スマホで見せられたのは、黒いドレスを着た少女の絵だった。両手に剣を持ち、周りには、丸くて黒い何かが、彼女を囲むようにいくつも描かれている。


「『スネイル』って犯罪組織があっさ。そいつらがイーサンと揉めたんだ。そしたらこいつ・・・がやってきて、一晩で『スネイル』の幹部連中の首を狩り――」


 ああ、この丸いのは……


「それを、ザンサ=ツにいる、スネイルの息がかかった連中の枕元に投げて回ったったんだってさ。ちなみに、それと同時進行でイーサンと嫁は『スネイル』の本拠地を壊滅させて、そのまま『スネイル』を乗っ取ったって」


 そう言うと、彩ちゃん父は自分の手を僕に見せた。右手だ。薬指に、指輪がはめられている。


 蛇にも『S』にも見える、そんな印が彫刻された指輪だった。


 彩ちゃん父が言った。


「で、この指輪が『スネイル』の頭領の証。タラシーノ国の王が代々引き継いでて、彩が王様になったら、当然、彩に引き継がれる……でもな」


 でも?


「俺としては、こいつを継がせるのは、ぴかりんの方がいいかな、とも思っている」


 あの……それって、何百年も続いてる犯罪組織を引き継ぐってことですよね? 


「まあ、考えといて。でさ、そいつが見栄えが良くて歌も上手いってことで、あちこちで歌って、タラシーノを建国するつくる時に世情の支援?ってやつを集める下地を作ったんだ。それで、その時歌ってたのが――」


「日本の……アイドルソング」


「そうそう。そういう感じの曲だったの。で、そいつの名前が……」


 クサリ、だったというわけだ。



 というわけで、いま僕の前では屈強な男達がオタ芸を演じている。


「中伝三の型、アマテラス! 打つぞーっ!!」


 過去にクサリという人物がいて、その人がタラシーノ国初代国王のイーサンの側近を務める傍ら、歌手活動も行っていた。


 そこまでは分かる。


 しかし、彼女が歌う歌が日本のアイドルソングそっくりだった理由というのが分からなかったのだが、これで繋がった気がした。


 目の前で演じられているオタ芸が、答えになっていた。


 クサリは、現代日本から転移か転生したアイドルオタクだったのだ。彼女自身がアイドルだった可能性もあるけど、それはどうでもいいことだろう。


 大事なのは、彼女が異世界にアイドルソングと、オタ芸を伝えたということだ。


 しかしオタ芸を演じ終えたブラム達に聞いてみると、クサリが伝えたのはそれだけではなかったみたいで。


「『歌姫』はですな、街々にある劇場に雇われておりまして」


「親父、雇われてるのとは違うぞ」


「ああ、そうだった……『歌姫』のほとんどは、貴族や豪商のメイドや愛人でして、そこから劇場に派遣されているのです。劇場での公演は日替わりとなっておりまして、3つのチームでこれを回しています。さらに各チームが1軍と2軍に別れていまして、2軍は劇場の食堂で給仕をしながら、公演の前座を務めております」


「2軍も、食堂の客で選挙して、そこで上位になると1軍に上がれるんですよ。1軍も選挙して上位なら舞台でいい場所に立たせてもらえるし、下位なら2軍から上がってくる娘と入れ替わりになる。『歌姫』は、どこまで行っても選挙に命運を握られてるんです」


 クサリはこの世界に、アイドルビジネスそのものを伝えていたのである。


 しかし……美織里が言った。


「でも、ちょっと古くない?」

「そうだね。A○Bの総選挙が盛り上がってたのは10年くらい前だから、クサリは……」


 クサリは、その時代から異世界こちらの数百年前に移ってきた可能性が高い。


 もっとも、総選挙システムが力を失って以降のアイドルビジネスは、アイドル本人からの搾取に歯止めが効かなくなった印象しかなく、わざわざ異世界に伝えるほどの、仕組みとしての目新しさはなかったように思う。


 それから僕らは王都に戻り、僕は明日の食事会の準備。美織里は彩ちゃん達となにやら会議を行っていたみたいだった。


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