189.猫と異世界の剣術(上)
ダンジョンを出て、獲ってきた眷属を、基地のみんなにふるまった。
調理したのは、上層で獲ったのと中層で獲ったのが半々で、料理によってどちらの身があってるか確かめるのが目的だ。
「うんま~っ!!」×たくさん。
作ったのはグラタンとカルパッチョ。
グラタンは味の濃い中層の方が美味しかったけど、カルパッチョは上層の方があってた。
「これをどうぞ」
「!?」
僕が差し出した料理に、ブラムが息を呑む。
皿に乗ってるのは、宴席で馬鹿にされていた『ぼろぼろに崩れた味のない身を甘辛い汁で煮込んだ』料理だ。
「レシピを想像して作ったので、本物とは違った味になってるかと思いますけど――こちらのお酒と一緒にどうぞ」
言って僕は、日本酒を注いだグラスを皿に並べる。
「では……」
料理を口に運び、続けて酒を口に含むブラム。
すると――
「ふっ、うぐ、う、うううう……美味い!」
堪えきれないように、涙をこぼし始めた。
僕が出したのは眷属の身の佃煮で、隠し味に魚醤を使っている。ポイントは一緒に提供した酒だ。宴席でこの料理を馬鹿にしてた人は、この料理に合わせる酒を間違えたのだろう。それでは料理の味の強さに、舌が負けてしまっても仕方がない。
「ひ、光様……光様は分かって、分かって下さっていたのですな!」
「親父! ありがてえ! ありがてえことじゃねえかよお、おい!」
ブラムとブライ親子が泣き出して、泣き止むまでにしばらくかかった。
そんなタイミングで、聞いてみた。
「お二人の剣術は、東部諸国の主流のものなのですか?」
答えは――
「いや、決して主流では……ありませんな」
というものだった。
「我らの師は諸国を旅しておられましてな、東部に来られるのも年に数回――合わせて20日ほどしかないのですよ」
「そんなんなじゃ、何人も教えるのは無理だってことで、弟子にしてもらえるのは世代ごとに1人か2人。弟子が弟子をとるのは許さないってことで数も増えず――いまいるのは、せいぜい6,7人ってところだと思いますぜ」
親子の剣術は、かなりマイナーなものだったらしい。メジャーだったら、教則本を手に入れて自主トレすることも出来たんだろうけど、そういうのは無さそうだし、弟子が弟子をとることが許されないというなら、彼らに教えてもらうのも難しいだろう。
「光様は、我らの剣術に興味をお持ちで?」
「ええ。でも、教えてもらうのは無理ですよね」
「いえいえ。弟子をとるのが許されないだけで、型をお教えするくらいでしたら、むしろ師も推奨するほどでして」
ええ?……どういうこと?
「うちの連中も、俺が教えたからみんな知ってますよ――クサリ流の型を」
クサリ?
僕の表情に何か感じたのか、三杯酢と日本酒を交互に舐めて楽しんでたイクサが、補足してくれた。
「クサリというのは、彼らの師匠の名です。剣王クサリ……数百歳にもなるという、行ける伝説。そして
アイドル神……クサリ?
そして僕の目の前で、ブラムとブライ、そして基地に勤める全員が、クサリ流の型を演じ始めた。
「クサリ流、一の型、OAD! 打つぞーっ!!」
男達が、身体を左右に振りながら、両手に持った剣で円を描く。
「一の型変化! ニーハイからのOAD!」
いったん左下に振り下ろした両手を、振り上げてまた円を描く。
「二の型、ソイヤ!」
身体を大きく回しながら、左下、右下、左上、右上の順で剣を突き出す。
「二の型変化! ニーハイからのソイヤ!」
これは……
「三の型、PPPH!」
これは…………
「四の型、ロマンス!」
これは………………
「四の型変化! ロマンス警報からのロマンス!」
これは……………………美織里が言った。
「なにこれ、オタ芸じゃん」
そうなのだ。
ブラム達が演じる『クサリ流』の型とは、アイドルのライブでヲタが行う、オタ芸と酷似していたのだ。
剣をサイリウムに持ち替えれば、まさにそのままで……
「以上、初伝の型、終了! 続けて中伝! 中伝一の型、サンダースネーク! 打つぞーっ!!」
剣を両手にオタ芸を演じる、異世界の屈強な男達……驚きはしても、でも僕の中には、不思議と納得出来る気持ちがあった。
「ねえ、これって……」
「うん。僕らの世界から来た人が、教えたんだろうね」
「クサリって人が、何百年も前に
「うん……多分」
言いながら、僕は、収まるべきものが収まるべき収まったような気持ちになっていた。ふわふわしていた思考のピースがはまったというか……『そういうことか』という気持ちで。
理由は、僕が知ってたからだ。
クサリ。
その名前を、僕は知っていた。
数時間前、聞かされていたのだ――彩ちゃんのお父さんから。
宴席で、彩ちゃん父に、僕は訊ねたのだった。
『異世界の人って、どんな音楽を聴いてるんですか?』
と。
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