151.猫と一緒にダンジョンデート4(後)

 NRダンジョンの2層から下は、フィールド型ダンジョンだ。


 真新しい装備でゲートを潜ると、中には草原が広がっている。


 ゲートの脇には、少し離れてダンジョン警備隊の詰め所と、反対側には売店とカフェがあった。


「やっぱりここって、富裕層が来てるんじゃない? KUSHIZASHIでドローンまで買ったのに、全然驚いてなかった」


「普通は、そんなお客さん珍しいよね」


 そんなことを話してたら近付いて来る人がいた。

 ダンジョン警備隊の、隊員さんだ。


「あの……春田美織里さんですよね? MTTの」


「そうですけど?」


「今日は、どこらへんまで潜られる予定ですか?」


「まあ、いけるとこまで」


 美織里の答えに、隊員さんが困ったような顔になった。


「最下層で……ダンジョンコアを、壊したりはしませんよね?」


「そういう予定はないです」


「ダンジョンコアを壊されると、ご存じでしょうがモンスターの発生サイクルがリセットされて、警備のスケジュールも変更になってしまうんですよ。ですから、ダンジョンコアには……」


「ええ。壊しませんよ?」


「そうですか……」


 明らかに信じてない表情で詰め所に戻っていく隊員さん。


 それよりもだ。


「美織里……ゲートに入ってトークだけして帰るって……言ってなかったっけ?」


「うん。でもさ、またもやアイデアの神が降りてきたっていうか、ダンジョンデートだけじゃ弱いかなって。だから、追加でRTAしようと思って」


「「…………」」


 無の表情になるパイセンと僕に、美織里は笑って言った。


「NRダンジョンRTA――最速踏破記録、更新するわよ」



 RTA――ゲーム動画では、いかに早くエンディングまで到達するか。そしてダンジョン探索動画では、いかに早くダンジョンコアまで到達するかを競う。


 NRダンジョンは、それほど難易度の高いダンジョンではない。調べたところ、82時間というのが現在の最速記録だった。


 それを美織里は、今日これから更新しようというのだ。


 ちなみに予定では、あと2時間でNRダンジョンを後にすることになっている。


「じゃ、行こっか」


 両手にナイフを持って駆け出す美織里を追い、僕とパイセンもスタートした。


「パイセン!」

「はい!」

「1700メートル先にゴブリン5! ばら撒き・・・・で!」

「はい!」


 僕らに気付いて移動を始めたゴブリンが、でもすぐ動きを止め、ぎこちなく倒れた。


「2000メートル先、ブラッドウルフ3!」

「500で止めます!」


 次に現れた狼型のモンスターも、僕らに向かって走り出した途端、やはり止まって倒れた。


 後で聞いたのだけど、これはパイセンが美織里と訓練して得た『エアステップ・自在』の発展技で、無数の針状の『足場』を、僕らとモンスターの間に作っていたのだそうだ。


 針はモンスターの身体のあちこちに突き刺さり動きを止め、刺さった場所によっては絶命する。この技を、パイセンは忍者のまきびしとジープのワイヤーカッターから思い付いたのだという。


「ふん!」


 そして美織里が手を振ればナイフが飛んで、前方に見えてた木々が地面ごと爆散する――きっと、パイセンに頼むまでもないような何かがそこにあったのだろう。


 そんな美織里の後ろ姿を見ながら、僕は思っていた。


(企画を思い付いたとか――絶対、嘘だよね)


 ダンジョンデートだけじゃ弱いからRTAをするなんて言ってたけど、実際は、ダンジョン警備隊の人に話しかけられてムカついたというのが本当なんだろう。確かに、いきなり疑ってるようなあの言い草はないというか、不躾だったと思うけど。


 それと――


(絶対、バレてる)


 僕とパイセンに何かがあったことを、絶対、美織里は気付いている。


「ふん! ふん! ふん!」


 美織里の手からナイフが飛び、そして爆発が起こるたび、僕の胸もまた、心臓が弾け飛びそうな動悸に襲われるのだった。



 NRダンジョンは、全部で5層だ。


 第1層はゲートしかないから、探索の対象となるのは第2層からの4層。


 最下層の第5層――ダンジョンコアのある場所まで、僕らは1時間もかからず到達した。


「ふぅ……ふぅっ! ふぅっ!」


 天を仰いで汗を拭う、パイセンの息が荒い。


 ここまで、スマホの指示する最短ルートを走ってきた。記録を見ると、距離にして28キロ。100メートル走なら12秒台のスピードだ。


 戦闘はほぼ無かった、というより始まる前に終わらせてたわけだけど、単純に走力だけで見ても、我ながら人間をやめててどん引きだ。


「ほーい、パイセン」


 美織里が、飲んでた水のボトルをパイセンに渡す。パイセンもそれを飲んで――僕に渡した。ちょっと目を泳がせながら。


「とりあえず、ダンジョンコアと記念撮影ね」


 胸くらいの高さに浮かぶダンジョンコアを囲み、ドローンのカメラで写真を撮った。


 ダンジョンコアは、バレーボールくらいの大きさの、特に輝いたりもしていない表面に粉を吹いたような白い球体で、印象をいうなら『どこかの観光地で売ってたキャンディー』というのが1番近い。


「というわけでNRダンジョンRTA! 結果は47分26秒! 記録更新です! ふっふうぅ!」


 真ん中で声を上げる美織里。その隣のパイセンを横目で見ると、変顔で笑っている。


 両手でピースして下を出した表情は、そんなパイセンを見るのは初めてで新鮮というか、これまでパイセンを、僕はそんなに見ていなかったということなのだろう。


 それとも、初めての表情を見つけてしまうくらい、パイセンに目を引かれているということだろうか。


 さっきとは別の理由で動悸が激しくなって、顔が赤らむのを自覚してたら、こんな声がした。


 美織里が言ったのだ。


「で、光とパイセン――何かあったよね?」


=======================

お読みいただきありがとうございます。


面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、

フォローや☆☆☆評価、応援などよろしくお願いいたします!

コメントをいただけると、たいへん励みになります。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る