152.猫と一緒にダンジョンデート5(前)
「で、光とパイセン――何かあったよね?」
美織里に聞かれて、死ぬかと思った。
金平糖みたいな異物が心臓に現れた――そんな幻視をしてしまうほどの激痛が胸に走ったのだ。
「うっ、うぐっ、ぐぅぅ……」
胸を押さえて呻く僕に、声が届く。
パイセンの声だった。
「うん……キス、した」
淡々とした口調で、そう答えたパイセンに。
「ふうん。凄いじゃん。さすがにそういうこと言われると、ムカっていうかイラっていうか、きたんだけど……でも、何だろう? えぇ!? なんだろう? なんていうか……なんて言ったらいいんだろう? この気持ちは……」
腕組みして、美織里は考え込む。
(!?)
予想してたのと違う美織里の反応に、僕は戸惑わざるを得なかった。
予想していたのは、激怒して暴れたり、泣いて暴れたりとかいった激しい感情の爆発だった。
なのに、現実にそんな――僕の浮気がバレる瞬間が来てみると。
「わっかんねえ。わっかんねえ……なんなんだよほんどによお”。わしゃ、ずっかりわっがんねっべ。なんずらかなあ。こんの、おっかすなき”もぢはよお……」
エセ方言を繰り出して、美織里は首を傾げるばかりだ。
こうなると、逆に僕の方が不安になってきて、訊ねた。
「あの……美織里は、怒ってないの?」
「何を?」
「だってパイセンと……浮気しちゃったんだよ?」
「それが?」
「それがって……僕が浮気して、美織里は怒ったり、悲しくなったりしないの?」
「だって、相手、パイセンだし」
「パイセンだしって……」
「パイセンが光のこと好きなのは知ってたし、むしろ光と付き合うの、あたし、勧めてたし」
「えっ!?……どうして」
「だって光、もてるじゃん」
「え?」
「光のこと好きな子、いっぱいいるよ? それにこれから、光に近付いて来る女は蠅みたいにいっぱい沸いてくるから。だったら、あたしとパイセンと彩ちゃんで光を独占してそういう女の入って来る場所をなくした方がいいかなって」
「え、あの、それは、その……そうだ! パイセンはいいの? 二股かけられて! そうだよ! いま僕は美織里とパイセンを二股かけようとしているんだ!」
「………………別に、いいかな」
パイセンが答えるまでに体感で10秒以上の間があって、それは彼女が『別に、いいかな』という答えに心のどこかで受け入れがたいものがあるからなんだと思ったんだけど――違った。
「自分でも驚いて絶句しちゃったんだけど……ぴかりんになら二股かけられてもいいかなって。普通に抵抗なく思ってる自分にびっくりしたっていうか……うん、いいよ。二股かけて。でも、みおりんのことも、私のことも大事にしてね」
「……うん、それはもちろん」
「それでね、その……『ぴかりん』じゃなくて……『光くん』って呼んでいい?」
『光くん』――『光くん』『光くん』『光くん』。パイセンの声でそう呼ばれると、何故か破壊力抜群で、僕は心臓が止まったかと思って、こう答えるのが精一杯だった。
「……いいよ」
「やった……やった」
そう言って身体を震わすというか、真っ赤な顔の無表情で中途半端に肩を揺らす変なダンスみたいな動きをパイセンが始めると、美織里が言った。
「あたしも、ちょっとは独占欲が沸くっていうか、嫌だなって思うかなって思ってたけど……思ったよりっていうか、全然、思ってないんだよね。多分、それって……まあ、いいか。でね。2人とも大事なこと、忘れてない?」
「「大事なこと?」」
「光は、パイセンのこと、好きなの?」
それは……
「どうなの?」
ぐい、と顔を近付けるパイセンに聞かれて、僕は答えた。
「……好き、です」
美織里のこととか、二股のこととか、そういった心の障壁が全て取り払われた状態で思うと、その答えしか出てこなかった。
すると――今度は美織里が。
「どんなとこが?」
と。
どこだろう――走馬灯のごとく駆け巡るのは、パイセンと知り合ってからの1ヶ月ちょっとだ。初心者向け講習で、初めて話しかけられた時。一緒に遭難しかけた時。白扇高校との模擬戦。イデアマテリアの写真撮影。クラスD昇格者向け講習の朝――彩ちゃんと二人で待ち合わせ場所に現れたパイセンは、とても綺麗だった――そして、今日のデート。
僕は答えた。
「どこがっていうより――好きにならない理由がないよ」
そんな、僕の答えに――
「うぐっ!」
口元を抑えて、パイセンが蹲った。
そんな、毒物を口に含んだような反応をしなくても……
「あー、分かったわ」
美織里が言った。
「さっき、パイセンと光がキスしたって聞いて、モヤッとしたんだけど、理由が分かった。あれって『パイセンとキスして欲しくない』って思ったんじゃなくてさ『あたしもキスして欲しい』って思ったのよ。というわけでさ、光――ん」
言って顔を突き出す美織里に、キスで答えると。
「…………(じーっ)」
パイセンに袖を引っ張られたので、こちらもキスで答えた。
というわけで、パイセンとも付き合うことになった。
しかし、ゲートへと戻る道すがら、美織里がこんなことを言ったのだった。
「あと、彩ちゃんもだから」
その言葉の意味を僕が理解したのは、十数秒後のことだった。
「え?…………えええええ?」
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