86.猫はすやすや眠ってる

「うぇえええ。ぶぁあああ。ぶぁああああ」


 呻き声を上げながらスタジオ入りするその人から、僕は、一瞬で目を離せなくなった。


 おてもやん――泥酔状態でダンジョンに潜り、適当な場所で適当に作った料理を肴に酒を飲み、当然戦闘も行うのだが何故か毎回無傷で生還するという配信スタイルで、それを見守るファンをハラハラさせるところから『アル中ハラハラ』とも呼ばれている。でもそんな評判に反して本人はスタイルが良く、眼鏡をかけた顔立ち自体は非常に整っているため、女性ファンも多い。


「ぶぇえええ。ぶぉおおおお。うぇええええ」


 撮影ブースに入るなり、座り込むおてもやん。

 それを咎めもせず、カメラマンさんが撮影を開始する。

 

「いいね。いいね。色っぽいわ~」

「ぶぇ。うぇ。うぇえええええ」


 いつの間にか運び込まれた焼酎のペットボトルや生ハムの原木に囲まれ、立ち上がったおてもやんが酒瓶を振り回す。

 

「いいねいいね~。酒乱ムーブ、いただきました~」

「俺は酒乱じゃねえ。アル中だ~。うぇえええええ」

「いいねいいね~。『俺は酒乱じゃねえ。アル中だ』いただきました~。では今度はカメラ目線でお願いしま~す」

「俺は酒乱じゃねえ。アル中だ~」


 意外と素直だった。

 

「うぇえええ、おぁああああああ」

「はいじゃあ、水いってみよ~」

 

 ばしゃ~ん。

 床に倒れたおてもやんに、アシスタントさんがバケツの水をかける。


「ぼぇええええ。ぅああああああ」

「はい、もうひとつ行ってみようか~」

 

 ばしゃ~ん。


「うぉぇええええええ。ぶぁああああああああ」

「いいねいいね~。じゃあもうひとつ行ってみよ~」


 ばしゃ~ん。


 僕は、何を見せられてるのだろう……

 そう思わずにはいられない、撮影風景だった。


 ちょっと僕までハラハラしてきたので、同時進行で撮影が行われている別のスタジオに移動することにした。



 別のスタジオに行くと、ちょうど冒険姫メリッサが撮影を終えるところだった。

 メイクをした彼女は、当然だが、昨日小田切さんから送られてきた写真とはまるで違う。


「めりめりメリッサ、めりくりぴん。ありがとうございました~」


 決め台詞とともにポーズを決め、スタジオを出るメリッサ。

 それと入れ替わりに入ってきたのは――


「ぴかりん、ちぃ~っす」

「……お疲れ様」


 彩ちゃんと神田林さんだった。


「どうよ?」


 と、更に彼女たちの後ろからやってきた美織里がドヤ顔をする。

 12時間コースの成果についてだろう。


「いや……綺麗、です」


『綺麗になった』と言ったら、いつもは綺麗じゃないのかと言われそうだったので、そう答えた。

 しかし、美織里は鬼だった。


「どこが? どんな風に?」


 それに対する答えが、無いわけではない。


 でも『顔が小さくなった』とか『手足が長く見える』とか『胸が大きく見える』とか『腰がくびれて見える』とか『肌がつやつやしてる』とか――そんなの言えるわけが無い。言ったら、絶対怒られる。


「「「へぇ~え」」」


 言葉に詰まる僕に唇を歪めて笑いかけると、3人は撮影ブースに入った。


 3人とも、お揃いのレザースーツに探索者ジャケットという出で立ちだ。

 彩ちゃんの側にはどらみんもいて、どらみんもまた金属のプレートをあしらった革のジャケットを身に着けている。


「いいです! グッド! こんな3人、ちょっといません! いい、いい、いい! あーもう、最高! かーわいい!」


 撮影の様子はといえば、特にポーズの指定をされることもなく、わちゃわちゃする3人をひたすらカメラマンさんが褒めまくっていた。そして、確かにカメラマンさんの言う通り――


(かわいい……)


 のだった。


 それはオーラを伴ったかわいさとでも呼ぶべきもので、放たれるきらめきからは質量さえ感じられた。撮影が終わる頃には、戻ってきた3人の顔を見れなくなってしまうほどで……


「どうよ?」


 とまた聞かれても。

 

「……かわいかった」

 

 としか答えられなかった。

 それに対して3人は。

 

「「「うぇ~い」」」


 とハイタッチ。

 少なくとも、機嫌を損ねるような回答ではなかったということなのだろう。

 


 全員の撮影を終え、控え室で軽い打ち上げをしてから解散になった。

 柱の陰でキスして、美織里とはスタジオの前で別れた。


「次に会えるの、木曜だね」

「うん……後でメッセージ送る」


 もう電車がないので、僕と彩ちゃんと神田林さんは、車で地元に帰る。

 最初のサービスエリアを過ぎた頃には、みんな後部座席ですやすや眠っていた。

 

 僕は助手席で、夜の高速道路を眺めている。


 車は、事務所で買ったワンボックス。

 運転も、新たに雇われた事務所のスタッフさんだ。

 

 30代前半の女性で、アイドル時代の美織里と面識があったのだという。

 

「自分はロケバスのドライバーやってたんですけどね~。テレビの仕事が無くなって社長が普通の運送業始めるっていうからどうしようかと思ってたんですけど~。そしたら美織里さんに声かけてもらって~。美織里さんがアイドルやってた頃に、自分は制作会社のADだったんですよ~。そうそう、ロケバスはその後で……いや、あの頃から貫禄っていうかオーラがありましたからね~。美織里さん、8歳とか9歳だったと思うんですけど、みんな普通に『美織里さん』って呼んでましたからね~」


 彼女が元々はレーサー志望で、しかしスキルが生えたことでレースに出られなくなったという過去の持ち主で、美織里がいずれは彼女をニュルブルクリンクに送り込むつもりで雇ったことが分かるのは、これから半年ほど後のことだった。


 そしてそのちょっと前のある夜、僕は彼女の運転で東京中を駆け回り、大塚太郎の指揮のもと悪霊退治に奔走することとなるのだが、これもまた、まだ誰も知らないことだった。


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お読みいただきありがとうございます。


おてもやんと新キャラのドライバーさんには、これから活躍してもらおうと思います。


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