85.猫と写真を撮りました

 驚愕の表情で僕らを見るカレンに、美織里が言った。


「彼は光――知ってるでしょ? あたしのボーイフレンドよ。オーディション・・・・・・・で会ったんじゃなかったの? ああ、そうか。あの時は夜だったものね。どうよ? 見違えたでしょう」


 確かに、今日の僕は小田切さんに用意してもらったスーツを着て、髪も整えている。数日前に戦ったときや、動画で見たりしたのとは別人に見えても仕方がない。


「春田光です。先日はお手合わせいただきありがとうございました。とても勉強になりました」


 襲われてカレンを憎む気持ちは無かった。恐れる気持ちも、いまは無い。何故だか、いま目の前にいるカレンからは、彼女と戦ったときのような威圧感がまるで感じられなかった。美織里に気圧されているというか、彼女は美織里と会うのが嫌だったのではないか――そんな気がした。


 その部屋で行われたのは、美織里のC4G脱退の挨拶だった。


「ハイ、ガイズ。みおりんだよ。この動画をあなたが観てるとき、あたしはもうC4Gの美織里じゃないかもしれない。でもあなたが憶えてくれてるなら、ライムグリーンのC4Gって書かれたジャケットを着たあたしの姿は、いつまでもあなたの中に居続けるはず。でもあたしは変わっていく。あなたも変わって。思い出を抱き続けることと、それは決して矛盾しないから。ああ――カレン! 来てくれたのね! ありがとう。あたしたちは最高のパーティーで、あたしとあなたは最高の友達だった。カレン……ああ、この小さな背中が、どれだけ頼もしく見えたかしら。あなたはあたしの知る、最高のフロントマンの1人。そして最高に素敵な女の子よ」


「………………」


 美織里にハグされるカレンは、宇宙を見る猫みたいになっていた。その場にいる、誰もがそうだった。カレンの右目は、眼帯で覆われている。誰もが知ってるに違いない――彼女の右目をそうしたのが、他ならぬ美織里であることを。


『心ばかりの贈り物が用意してある』

 

 さっき、そう言われた。

 きっと、カレンのこの表情こそが、その贈り物なのだ。


 屈辱と困惑に満ちた表情をカレンに浮かばせ、これを一種の制裁とし――これをもって、ダンジョン&ランナーズと美織里の間の様々なトラブルについて、手打ちとしようというのだ。


「みゃっ!」

 

 美織里がカレンを解放すると、今度はさんごがカレンに襲いかかった。

 カレンの腕に飛び込み、肩にしがみついて、耳元に顔を寄せ。


「みゃおーん」


 可愛くさんごが鳴くと、カレンが真っ赤になった。


「ひっ、え、そんなこと……」

「みゃおみゃおーん」

「ひぃい……は、破廉恥!」

「みゃおみゃみゃーん」

「そ、そんな……美織里が、そんなこと…………」


 震える目を、僕と美織里の間で行ったり来たりさせるカレン。

 その耳を舐め回すさんご。


 カレンに何をしたのか、後でさんごに聞いたところ『言ったんだ――彼女にだけ伝わるようにね。美織里と君がどんな風に交尾してるか、教えてやったんだよ。カレンは、ドレスアップした君に発情してたようだったからね。それだけ、ショックも大きかったというわけさ』とのことだった。

 

 最後にカレンがプレゼント――花束とC4G時代の美織里のコスチュームを着たバー○ー(6月30日にダンジョン&ランナーズのWEBサイトから1000体限定で発売されるそうだ)――を渡して、撮影は終わった。


 その後、ダンジョン&ランナーズの若手社員から小田切さんに花束が渡され、僕らは建物を後にする。


 車が向かったのは、やはり東京駅に近いところにある病院みたいな建物だった。


 そこで僕と美織里は、サウナとエステと骨格矯正の4時間コースを体験することとなったのだった。


 ひと言で言うなら、地獄だった。

 


 そして、夕方となり。

 

 巨大な怪物の体内で身体をばらばらにされ、また人の形に戻された――そんな感覚でぼーっとする僕と美織里を乗せ、車は渋谷のスタジオに到着する。


 既に撮影は始まっていて、メイクを終えてスタジオに入ると、僕の前の番の尾治郎さんが撮影中だった。


 ファストファインダースのリーダーを退き、新事務所にはソロ探索者として参加する尾治郎さん。今日は身体にフィットしたストライプのスーツで、ゴージャスを煮凝りにしたような装いの白人女性を抱いてポーズをとっている。


 日本人男性+白人女性という組み合わせはちょっと古いというか時代遅れなのではないかと思ったら――


「いいのよ。昭和・平成枠なんだから」


 と、メイクを終えてスタジオに入ってきた美織里。

 撮影を終えると、尾治郎さんは。


「おーい美織里ぃ! 年寄りにこんな格好させやがって、キチ○イ沙汰だぞ」


 文句を言いながら、控え室に戻っていった。

 それに美織里は――

 

「いいのよ。心の底ではEX○LEみたいになりたい人なんだから――ああ言っても、喜んでる」


 そうなのか……

 なお、撮影で一緒だった白人女性と尾治郎さんが結婚するというニュースが流れるのは、この3ヶ月後のことだった。


 尾治郎さんの次は、僕だ。


 僕の衣装は小公子風というか甘ったるい感じのするタキシードで、髪型やメイクもそれに準じてるようだった。

 こちらはダンディーな装いのさんごとポーズをとり。


「いいですいいですよ~。素晴らし~い。今度はこっちに目線下さ~い。さんご君、ちょっとワルそうな感じで。ああ、いい~。いい~。ワルそう、ワルそう~」


 続いてさんごと僕で別々に。

 さんごが撮影されてるブースを見ると、たくさんのメス猫が集められていた。


「ヒソヒソ。凄い凄い。みおりんだよ~。ひあっ!あ、わ、私『春風のVISITORS』の頃からのファンで!」

「ヒソヒソ。生みおりん、ヤバい。ヤバ~い。ぼひぇっ!ふわ、あ、い、う、生まれてきて下さってありがとうございます!」

「ヒソヒソ。どうしようどうしよう。みおりんと一緒の空気吸っちゃってるよ~。ひふぅっ!ら、来世の私を産んで下さ~い!」


 スタジオの隅で固まってるのはメス猫たちの飼い主みたいで、ほとんどが20代後半から30代前半に見える女性だった。美織里と握手したり、一緒に写真を撮って喜んでる。美織里のファンは、あれくらいの年齢の女性が多い。やはり美織里のファンで、僕の情報をリークして学校をクビになった柴田先生は、今頃どうしてるだろう。

 

 僕は僕で撮影されてると、美織里がカメラマンさんたちと話してるのが見えた。『純潔を汚されたイメージで……』とか『少年と青年、性と愛、喜びと罪悪感の間で揺れてるような……』とか『屈辱のニュアンスも加えたい……』とか、議論を交わす声が聞こえてくる。


 結果、急遽持ち込まれた花びらを床にまいて、そこに寝そべるように言われた。


「いいねいいね~。唇をきゅっとして、そうそうそうそう。じゃあこっちを睨んでみようか~。いいよいいよ~。今度は仰向けになって、目をつぶって~。深呼吸。息を早くして~。そうそうそうそう。ちょっと、お尻持ち上げてみようか~」


 舌なめずりしながら指示するカメラマンさんも、その周囲にいるアシスタントの人も、美織里も、スタジオの中にいるみんなが目をギラギラさせてて怖かった。


「は~い、それでは美織里さん入りま~す」


 僕の撮影に、美織里も加わる。


 美織里はスーツに髪をまとめた男装で、寝そべった僕を抱き上げ顎クイしたりする。他にも後ろから抱きついた美織里に耳を噛まれたりとか、色々なポーズをとらされたけど大同小異で、女の子ってこんな気持ちなのかなあと思いながら、僕は言われるまま美織里の足にすがりついたりしていた。


 撮影を終えてスタジオを出ると、次の順番の人とすれ違った。

 メイクされ、ビシッとしたスーツ姿なのに、その人の印象は――


(ホームレス?)


 その人の名は、おてもやんだった。


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お読みいただきありがとうございます。


『春風のVISITORS』は、美織里が所属していたアイドルグループです。

この章の最終話で、美織里のアイドル時代について語られます。


今回分を書き上げたのは10日ほど前なのですが……その間に世間では某事務所の会見があり、さすがにこのままでは不味いかと光の撮影シーンをかなりソフトに書き直しました。


なおこの作品の世界では、基本的に、私たちの世界と同じ芸能人が活躍しています。


いよいよ次回は、おてもやんの登場です。


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