84.猫と雑魚寝の午前中

 ホテルに戻ったのは午前4時近くで、それぞれの部屋で眠り、次に美織里と顔を合わせたのは朝食のビュッフェでだった。


「どうしたの? 喧嘩した?」


 聞いてくる小田切さんは、絶対に分かって言ってると思う。昨夜の屋上でのことがあって、僕と美織里は目を合わせられない状態だった。ちょっと顔を見ただけで(あの唇が僕の……あんなところを…………)と恥ずかしい気持ちになってしまう。美織里も同じなようで、横を向いて、ソーセージを挟んだクロワッサンをもしゃもしゃ食べていた。


 小田切さんは、神田林さんたちとの打ち上げを終えた足で東京に来て、ダンジョンブレイク討伐の事後処理をしていたのだという。エセ丸木とも会ったそうで『そんなに悪い人じゃなかったわよ』という評価だった。


「今日は、あんまり食べられないのよね……」


 さすがに美織里でもそういうことを言うのかと驚いた。今日僕らが東京にいるのは撮影のためだ。新事務所の宣伝に使う写真や動画を、夕方から渋谷のスタジオで撮影することになっている。食べ物でお腹が膨らむのは不味いけど、美織里はそんなの気にしないだろうかと思ってたのだ。性格的なものではなく、超人的な消化力とかそういう理由で。


「立ってるだけなら大丈夫なんだけどね、いろんなポーズとるから。それに、カメラマンってこっちのはらわたの中身まで見透かすのよ。あいつら半端ない――だからさ、癪じゃない。そういうの」


 性格的な問題まけずぎらいだったらしい。

 僕も、あまり食べないでスムージーで済まそうと思ってたら。


「いいわよ。2人とも朝はしっかり食べて。お昼はエナジードリンクで済ませてもらうけどね」

「あの子たちは?」

「彼女たちは朝の5時から12時間コースに入ってるわよ」

「ああ、だから昨夜は焼き肉を……」

「そうよ。探索した翌日にサウナにエステに骨格矯正のフルコースなんて、あれくらい食べなきゃ耐えられない。睡眠も、車の中でしっかりとってもらった――『圧縮眠剤』でね。そうそう、美織里と従兄弟君にも後で4時間コースに入ってもらうから」

「げ」


 美織里と小田切さんの会話についてけない僕だったが『あの子たち』というのが誰を指してるのかくらいは察しが付いた。いま彼女たちが大変な目に遭ってることも、それと同様の苦難を、これから僕も与えられるのだろうということも。


 小田切さんが言った。


「で、その前にあれ・・がある――しっかり食べて」

「うん」


 朝食の後、30分くらい部屋で休んだ。

 さんごと美織里と3人でベッドで寝転んでると――そうだ。


「昨日のことなんだけど――」

「え!?」

「あの、そのことじゃなくて……ダンジョンブレイク」

「あ、そう……そうよね」

「初めてだったよね――この3人で探索するの」

「……そうだね」

「にゃあ」


 それから、ふと気付いた。最近、僕と美織里しかいない時でも、さんごが人間の言葉を喋らないただの猫でいる時間が増えている。いつか、さんごが言ってた。『僕がいた世界で、僕らが人間を進化させたのは、僕らを可愛がらせるためだったんだ』。さんごと美織里の背中を撫でてると、時間はあっと言う間に過ぎた。


「さあ、戦いの時間よ」


 と、小田切さんが迎えに来て。

 僕らは車で向かった。

 行き先は東京駅近く。


 ダンジョン&ランナーズの、日本支社だ。



 僕がカレンに襲撃されたことについて、ダンジョン&ランナーズと話し合いの場が設けられることになったと聞いたのは、今朝のことだった。


 昨晩遅くに決まったのだという。僕は出席しなくてもいいと言われたのだけど『いいんじゃない?光にも来てもらおうよ』美織里のひと言で、同席することになった。小田切さんの『どうしたの? 喧嘩した?』発言は、その直後のことだ。


 ダンジョン&ランナーズの事務所は、以前訪れた時とはまるで違って見えた。

 何もかもが、変わったということなのだろう。

 僕も、僕らとダンジョン&ランナーズの関係も。


『D-5』『StarTrain』『AxcellBoyz』『Shin-ra』『RWA』


 廊下に並んだ扉には、ダンジョン&ランナーズ所属のパーティーの名前が書かれている。

 案内されたのは『Phoenix』と書かれた扉だった。

 さんごと小田切さんはそこで待たされ、美織里と僕だけが中に通される。


 そこは会議室なのだろう。

 楕円形の大きなテーブルの両側に偉そうな人たちが並んで、立たされたままの僕と美織里を見たり見なかったりしていた。天井にはプロジェクターが吊るされていて、そこから放たれた光が向けられているのは、一番奥のいわゆるお誕生日席。


 ホログラム――プロジェクターからの光は、女性の姿を描き出していた。


 小田切さんと同年齢くらいの、あえて身近な人に喩えるなら、彩ちゃんから健康さや無邪気さを取り払ったような印象の女性だった。

 女性が言った。


「お疲れ様。美織里――5年だったっけ? ダンジョン&ランナーズと君の関係は、奇妙ではあるがとても素晴らしいものだったと思う。C4Gは変わるだろう。もちろん、素晴らしい方向に。そして君の新しい――君の新しい事務所は、なんて名前になるんだい?」

「イデア・マテリアル」

「そうか。やはり君らしく、奇妙ではあるが素晴らしい名前だ。これからそう名付けられる・・・・・・・・・・・・、君の事務所に素晴らしい未来が訪れることを祈ろう」

「ありがとう」

「そして君――」


 女性の声が、僕に向けられた。

 僕は答えた。

 

「春田光です――初めまして」

「そうか――初対面な気がしないね。もう何度も君の顔と声に触れてるからかな。私は王思涵ワン・スーハン。ダンジョン&ランナーズの極東戦略部長だ」


 掲示板で話題になってた『東アジア担当の営業部長』とは、この人だろうか?

 少なくとも、小田切さんをダンジョン&ランナーズから追い出したのがこの人なのは間違いなさそうだ。


「先日の君のオーディション・・・・・・・――とてもエキサイティングでワクワクドキドキだったよ。カレンを相手に、まさかあそこまで善戦するとはね。しかし、知らなかったな――君がこれから美織里の作る会社と契約する予定だっただなんて。まだ名前も無い会社との約束なんて、さすがに我々も把握のしようがない」


「…………」


「ああ、そうそう。美織里、ダリルはC4Gの担当から降りてもらうことになった。これからはダイヤモンドパレスで新人の育成を補佐してもらう。彼には仕事を抱え込みすぎてしまうきらいがあってね。それでいろいろ、滞ってしまったようだ――うん。では、もういいかな。別室に心ばかりの贈り物が用意してある――きっと、喜んでもらえると思うよ」


 退室を促され、次に案内されてた部屋で待ってた人に、僕は絶句する。

 相手も、絶句していた。


「「…………」」


 美織里だけが、いつも通りの調子で言った。


「久しぶり――カレン、ちょっと痩せたんじゃない?」


 部屋で待っていたのは、カレン・オーフェンノルグ。

 その部屋の扉には『C4G』と書かれていた。

 

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お読みいただきありがとうございます。


美織里もダンジョン&ランナーズからの離脱についてはグレーなところがありましたので、この条件で万事解決ということになります。


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