87.猫と兄貴とダンジョンへ(1)またこれか、とは言わないで

 神田林さんと彩ちゃんを家まで送り、小屋に帰った。


「ありがとうございました~」


 事務所の車に手を振り、鍵を開ける。

 時刻は、0時をちょっと回ったくらい。

 

「夜食は食べない方がいいかな。明日の朝は、魚が食べたいね」


 と、さんご。

 そういえば、ドイツに出発してからの数日、タンパク質といえば肉しか食べてなかった。

 冷凍してあった鮭の切り身を冷蔵庫に移動し、卵の数をチェックする。

 

「鮭の塩焼きとだし巻き卵と、小松菜のおひたしでいいかな?」

「それを聞いただけでお腹が減ってきた。僕はもう寝る」


 脱衣かごを改造したベッドに入ると同時に、さんごは寝息を立て始める。

 僕も布団に入り、美織里にメッセージを送った。


 光:お疲れ様。いま小屋に着いた

 美織里:お疲れ~。大丈夫だった?

 光:大丈夫。神田林さんと彩ちゃんはお腹が減ってたみたいだけど

 美織里:サービスエリアに寄らなかったの?

 光:寄ったけど何も食べなかった。しばらくは、夜8時を過ぎたら食べないようにするんだって

 美織里:12時間コースが効いたみたいね

 美織里:きっと効果が凄すぎて、夜食で台無しにするのがもったいなくなったんだと思う

 光:そんなにすぐ効果がなくなっちゃうの?

 美織里:心がけが良ければ2週間は持続するわね

 美織里:あの2人には、1ヶ月おきに12時間コースを受けさせるから

 美織里:何度も施術を重ねれば効果も積み重なってく

 美織里:それはあの2人も分かってると思う

 美織里:だから食事の時間にも気を遣ってるのよ


 そういうものなのか……

 

 美織里:そうだ

 光:なに?

 美織里:あたしのエッチな写真、欲しい?

 光:それは、流出とか誤送信とか事故の原因になりそうだからやめておこう

 美織里:そうね……

 光:写真が無くても憶えてるから


 そう返したら、返事が来なくなった。

 1分……3分……5分……10分…………仕方がないので。

 

 光:次に会えるのは木曜日だね

 光:待ち遠しいよ。愛してる

 光:おやすみ


 そう送って待ったけど、やはり返事が無かったので寝ることにした。

 失敗したかもしれない……調子に乗りすぎた。恥ずかしい。



 翌朝、スマホを見ると。


 美織里:おやすみなさい

 美織里:あたしも愛してる

 美織里:早く会いたい

  

 と午前3時くらいのメッセージが残っていた。


 光:おはよう

 光:今日は、学校に行ってきます


 とだけメッセージを送って、僕は小屋を出る。

 

 

 学校に着くと、校門の前で健人が待ってた。

 僕を見つけるなり、ずかずか近付いて――

 

「おはよう!」


 と肩を組まれて、僕はビクリとする。

 バレてしまったかと思ったのだ。

 美織里とそうなったこととはまた別の、あることが。

 でも、ちょっと違ったみたいで……耳元で、健人が言った。


「少しは考えろ――一昨日おとといのあれ、ダメ押しになったぞ」


 言われて辺りを見回すと、校門周辺には生徒ではない人もたくさんいて、ちらちら、あるいはじろじろと僕を見てる。

 スマホを微妙な角度で構え、色紙とサインペンを持ってる人も少なくなかった。

 

「おまえのファンだよ。もう我慢できなくなって会いに来たんだよ」

「!」

「明日からは、ちょっと考えろ。空を飛んでいきなり屋上から登校とか、お前ならそれくらい出来るだろ」

「う、うん……気を付けるよ」


 健人が待ってたのは、僕を心配してのことだったらしい。

 相変わらず、優しくて気の回る美織里の義弟――僕の従兄弟だ。


 そして教室に着くと……

 

「春田。校長室に来てくれ――すまんが、分かるよな?」


 担任の丸山先生に言われ、僕は校長室に直行することとなった。

 予想通り、校長室で待ってたのは、校長先生と探索者協会の一ノ瀬さん。


「済まない! 大変、申し訳ない!」


 ソファーに座ると、いきなり一ノ瀬さんに謝られた。

 一ノ瀬さんが学校に来てる時点で、多分そうなるんだろうなとは思ったけど……


「ダンジョンブレイク討伐、お疲れ様でした。君と春田美緒里さんがいなかったら、いまでも事態は収束していなかっただろう――ところでだ。一昨日の討伐を、君は講習前の探索にあてようとしてると思うんだが……」

 

「はい。そのつもりですけど……」


 僕の『1ヶ月でクラスD昇格つよつよスケジュール』は、現在こんな感じになっている。

 

6月第1週

クラスD昇格試験(戦技)←完了

6月第2週

前半:新探索者向けダンジョン講習会1(やり直し)←完了

後半:ベテラン探索者同行での探索 UUダンジョン←完了

6月第3週

前半:新探索者向けダンジョン講習会2 YYダンジョン←完了

後半:ベテラン探索者同行での探索 GGダンジョン←完了

6月第4週

前半:新探索者向けダンジョン講習会3 XXダンジョン←完了

後半:ベテラン探索者同行での探索 OOダンジョン←完了(予定変更して、6月第5週に実施)

7月第1週:

前半:新探索者向けダンジョン講習会4←明日(7/1)実施予定

後半:ベテラン探索者同行での探索

7月第2週:

前半:クラスD昇格者向け講習

後半:クラスD昇格試験(探索)

 

 講習と講習の間に『ベテラン探索者同行での探索』が挟まれてるのはそれが規則だからで、明日の『新探索者向けダンジョン講習会4』の前の探索に、僕は一昨日のダンジョンブレイク討伐をあてて申請するつもりだった。


 しかし……


「それが、ダメなんだよ。まず、通常の探索であればダンジョンを出て窓口に報告した時点で完了を認められる。しかし、ダンジョンブレイクの場合、ちょっと事情が違っていて……認められるまでに、時間がかかる。警察と探索者協会でいくつも会議をして、省庁に上げる報告をまとめて、省庁にあげて、省庁内で調整をして、大臣に報告して、判子を押してもらって、それでようやく――早くても3ヶ月かかって、ようやく探索が行われたと認められるんだ」

「ということは……」

「そうだ。それまでは、実績として認められない。それに今回の場合、クラスFの君をダンジョンブレイク討伐に参加させたということで、実績として認めるべきではないのではないかという声も上がっていて……」

「…………つまり、一昨日のあれが無かったことに?」

「済まない! まったく申し開き出来ないんだが……そういうことなんだよ」

「……………………」

 

 一ノ瀬さんの説明を聞きながら沸き起こったのは、『またこのパターンかよ』という呆れや怒りや憤りではなく――


(美織里が超キレる!)


 という、恐怖だった。

 だけど、その心配もまた違ったみたいだ。

 一ノ瀬さんが言った。


「ダンジョンブレイクのとき、現地の探索者もいただろ? 彼らの働きぶりを見て、春田美緒里さんも『もしや』と心配になったみたいで、昨日の朝に問い合わせがあったんだ。我々も、それは不味いと思って手は打とうとしたんだが……結局、深夜になって策が尽き、情けない限りだが『ご心配の通りになりました』と、そう報告せざるを得なくなってしまったんだ」


「それで、美織里は?」


「『だったら、火曜日に探索すればいいじゃない』と――協会の手配した探索者と一緒に探索して、それを実績にすればいいんだから『簡単なことでしょ?』と――それでだね、君に関しては前回の白扇高校の件も含めて、いろいろありすぎて、おれ――私も、正直、誰も信用できなくなっていてね。私の同行で探索に行ってもらえたらと思うんだが――どうだろう?」

「願ってもないです――お願いします!」

「そ、そうかい? ダンジョンブレイク討伐に参加して、まだ2日も経ってないのに……体調は? 疲れは残ってないか?」

「大丈夫です。昨日、身体のリフレッシュみたいなことをして、完全に疲れが取れましたから」


 嘘ではなく、下剤と大量の水を飲んでからのサウナと垢すり、更に胃を揉まれたりツボを押されたりしながら全身の穴という穴から流れるものを全部垂れ流しにして、仕上げに骨格矯正の施術で絶叫させられた『4時間コース』の結果、溜まった疲れが全部ふっとんで消えてしまったのだ。受けてる間は地獄だったけど。

 

「そうか……若いって凄いなあ」

「じゃあ、家に帰って装備を取ってきます」

「うん、車で送ろう――済まんが急いでくれ。春田さんの指示では『10時までにダンジョンに入って12時までに深層まで着くように』ということなんだ。とにかく、一刻も早く君を深層に連れて行ってくれと――おや?」

「?――あっ、さんご!」

「ふにゃっ、ふにゃっ、ふにゃーん」

 

 一ノ瀬さんの視線を追うと、そこには校長室の窓を叩くさんごの姿があった。

 僕は言った。


「装備の心配は無いみたいです。ダンジョンに行きましょう」

「ああ。私も準備は出来てる」


 言われるまでもなく、分かっていた。

 今日の一ノ瀬さんは、レザースーツに探索者ジャケットという出で立ちで来てたのだった。

 

===========================

お読みいただきありがとうございます。


この作品で一番の苦労人、一ノ瀬さんの登場です。

12時間コースの効果は、美織里は2週間はもつと言ってますけど、現実だったらせいぜい3,4日ってところなんだろうなあと思います。


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