88.猫と兄貴とダンジョンへ(2)明かされた秘密

 一ノ瀬さんの運転で、学校からそのままダンジョンに向かった。

 今日潜るのは、XXダンジョンだ。

 僕の小屋に一番近いからというのが理由らしい。


(バレない……バレない……バレないと……いいけど)


 車の後部座席で着替えながら、気が気でなかった。


 理由は、昨日の深夜に遡る。


 とにかく、そうなってしまうのだ。

 そう・・というのがどう・・かというと、身体の一部分が硬くなってしまうのである。


 初めて美織里とそうなってからの数日間、ずっと美織里と一緒にいた。そして何度も、美織里とそういうことをした。何度も、何度も――東京で美織里と別れてからのたった数時間で、身体が美織里を求めてそう・・なってしまうほどに。

 

 それほどに、濃密な数日間だったのだ。


 深夜、そして朝も、僕は硬くなった自分を慰め、宥めようとした。

 しかし、見かけはなんとか収まっても、美織里との数日間で染みついた淫らしい匂いが身体が漏れ出てくるようで、それが周囲に気付かれないか、今更になって心配で仕方なくなってしまったのだ。


 もしかしたら、東京で会った彩ちゃんや神田林さんや小田切さんや、その他のたとえばカメラマンさんとか、4時間コースの施術をしてくれたスタッフさんや、もっと遡ってドイツで会ったファストファインダースの皆さんや、僕に運転を教えてくれたインストラクターさんにも『うわあ……こいつエロい匂いぷんぷんさせて凄いことになってるぞ』なんて思われてたんだろうか。だったら美織里も、僕のせいで美織里までそんな……うわあああ!

 

 ちなみに、さんごに相談するという発想は無かった。

 鼻で笑われた挙げ句、辛辣な言葉でからわれるのが目に見えてたからだ。


 そして――いまは、車という密室。

 

 匂いの逃げ場のない、そういう空間だ。

 運転する、一ノ瀬さんはといえば……


「済まないね。この車、協会ので禁煙なんだけど、隠れてタバコ吸ってる奴がいるみたいでさ。ちょっと匂うかもしれないけど、我慢してくれ」


 これは、どう受け止めたら良いのだろう?

 たまたま、偶然、そういう話題を持ち出しただけなのか。

 それとも、僕を気遣っての言葉なのか。


「よぉおし! 気合い入れていこうぜえ!」


『頼りになる兄貴モード』で、一ノ瀬さんが声を上げる。


(これは……やっぱり分かってて『気にするなよ』と励ましてる? ううっ。どう捉えたらいいんだろう!?)

 

 と、その時だ――思い悩む僕のポケットで、スマホが震えた。

 美織里からの、メッセージだった。


 美織里:もうダンジョンに向かってる?

 美織里:ごめんね

 美織里:あたしより、一ノ瀬さんから説明してもらった方がいいと思って


 確かに、話を聞いたのが美緒里からだったら、変な感じに会話が盛り上がって、おかしな被害者意識に捕らわれてたかもしれない。


 美織里:現地の連中がモタモタやってるのを見てたら

 美織里:無能っていうより、これはその後に面倒な手続きがあって

 美織里:それで時間を食うのが分かってるから

 美織里:急ぐのは無駄、的な意識になってるのかなあ

 美緒里:というより

 美緒里;それに最適な行動をとってるだけなのかなあと思って

 美織里:問い合わせたら、本当にそうだったという……

 美織里:アメリカでもそういうのはあったんだろうけど

 美織里:米国の協会とダンジョン&ランナーズが力業でなんとかしてたんでしょうね

 美織里:(やれやれと苦笑するアニメ風に描かれた美織里のスタンプ)


 美織里は大人だ――辺り構わずキレ散らかしてるようで、実はそうでもないのである。


 美織里:それで、もうひとつ言ってなかったことがあって


 ん?


 美織里:多分、今日、大顔系が出る


 それって……どういうこと?


 美織里:大顔系は、光がこの町のダンジョンに潜ると出るみたい

 美織里:状況証拠でしかないけどね

 美織里:この間のXXやその前のYYは、さんごが大顔系が出たのを検知して

 美織里:あたしとさんごで速攻で潰した

 美織里:今日は、光とさんごで潰してくれる?

 美織里:協会には

 美緒里;一ノ瀬さんには話が通ってるから

 美織里:ダンジョンに潜る前にすり合わせしといて

 美織里:じゃあね

 美織里:あたしはこれからマリアの撮影の立ち会いと挨拶回り


 ここまでスタンプ(僕が好きなミリタリー劇画家の)で相槌をうってた僕だったが、初めて文字で返した。


 光:ありがとう

 光:一ノ瀬さんと話してみる

 光:撮影と挨拶回り、がんばってね


 美織里からスタンプ(『誰に言ってんのよ』という吹き出しの付いたドヤ顔のアニメ風美織里)が返って、会話は終わった。


 一ノ瀬さんに聞いた。


「今日は、大顔系が出る……その可能性が高いって美織里が言ってるんですけど」

「そうだな。大顔系が出たらダンジョンを封鎖しなければならない。ZZダンジョンみたいにね。協会としては、それは避けたいということで――内密にだが、春田美織里さんに処理をお願いしている」

「今日は、僕がそれをやるんですよね?」

「ああ。済まないが、その間、俺は離れた場所で退避することになる。ドローンを連れてね」

「僕のドローンもですよね」

「大顔系の出現を記録に残したくない……そうせざるを得ないんだ」

「いいですよ。当然だと思います……急いで深層まで行くのは、そのためだったんですね」

「そうだ。 一般の探索者に、知られちゃ不味いからね。いや、知られてはいけない――知られる前に、終わらせなければならないんだ」

「あの……一ノ瀬さん」

「なんだい?」

「これって、僕がダンジョンに潜らなければいいだけの話なんじゃないですか?」

「うん?……どうだろう。君が潜ると大顔系が出てくるって言ってるのは、ぶっちゃけ春田美緒里さんだけなんだよな。根拠も、状況証拠しかないし」

「それは、美緒里も言ってました」

「だが、彼女の実績が――『春田美緒里がそう言っている』という、それこそが根拠とも言える。でもな、君だけとは限らない。大顔系が現れる理由が、君以外にもあるかもしれない。となれば、君をダンジョンに潜らせることで、大顔系の出るタイミングをコントロール出来るかもしれない。他の理由を押しのけてね。つまり……そんなに単純な話じゃないってことで、だから、君は――」

「はい」

「気に病むな。それだけだ」


 車は、9時40分にダンジョンに着いた。


 ●


 ダンジョンに着くと、視線が集まるのが分かった。

 これまで感じたのより、もっと複雑なニュアンスの視線だ。

 建人が言った通り、一昨日のダンジョンブレイク討伐がダメ押しになって、変わってしまった何かがあるのだろう。


「深層には、誰も入れてません。あと1時間は保たせられます」


 一ノ瀬さんに囁いたのは、協会の職員だろうか。

 受付で手続きして、僕らはダンジョンのゲートをくぐった。


「マップは、僕のドローンから送ります」


 今日使うドローンは私物――さんご謹製だ。

 頑丈で、機能も強化されている。


「凄いな……この広さでこの精度か」

 

 一ノ瀬さんが驚くのも、当然だ。

 

 さんご謹製のドローンは、通常のドローンの数倍の範囲と精度で、モンスターの位置を割り出してくれる。


 おかげで、思い切ったスピードで探索が出来た。

 

「10分もかからず低層を走破とは、クラスAにでもなった気分だな」


 中層の入り口に着いて、そこで待ってた職員さんにサムズアップしながら、一ノ瀬さんが言った。息を切らさないのはさすがだ。ここまでは、ほぼ全力疾走だった。マップにモンスターが現れると同時に『鎖』で倒し、一度も立ち止まらず、文字通り低層を破したのだった。


「いったんリフレッシュしよう――疲れてなくても、息継ぎは必要だからな」

 

 というわけで、ここで10分間の休憩となった。

 マップで中層のルートを確認して、残りはエナジードリンクを飲みながら雑談だ。


「そういえば、XXダンジョンここの中層は初めてなんです」

本当マジか――そうか。君の場合、そうなんだな」


 最初にXXダンジョンここ潜った『講習会1』では低層から深層まで落下ショートカットしたし、2度目の『講習会3』では低層の野営地までしか行ってない。ちゃんと中層を通って深層を目指すのはこれが初めてだった。


「どんなモンスターが出るんですか?」

「ゴブリンがオークに変わるくらいかな。後は低層と同じモンスターのレベルが上がったのが出る」

 

 そして探索を再開すると、中層のモンスターも『鎖』で瞬殺できた。


 深層の入り口に着いたのは、中層に降りて15分後だった。

 ここでまた10分休んで、深層に降りようとしたところでメッセージが来た。


 さんごからだった。


 ここまでさんごは、普通の猫のふりをして先頭を走っていた。

 考えてみると、一ノ瀬さんが着いてこれるようにペースを作ってくれていたのかもしれない。

 

 メッセージは――


 さんご:大顔系が出た


 というもので、大顔系の検知された座標が添えられている。


「みゃおん」


 と顎で指して、一ノ瀬さんにも見せろと促すさんご。

 その通り、一ノ瀬さんにスマホを見せると。


「そうか……ルートを算出しよう」


 と、一ノ瀬さんは何か言いたいことを抑えてるような目でさんごを見る。

 さんごは、一ノ瀬さんにはバラしても――さんごが人語を解す異世界猫であることを知られても構わないと考えてるのだろうか?


 もしかして、一ノ瀬さんのことも――


(僕らに、巻き込むつもり?)


 そう思ってさんごを見ると。


「にゃにゃん?」


 そこまでは言ってないよって顔をしてみせるさんごなのだった。


 10分が経ち、僕らは深層に降りた。


 深層のモンスターは強く、『鎖』に刺されたくらいではマップから消えなかったけど、続けて『重力』で潰すと、僕らの視界に入る頃には息絶えていた。


 そして更に10分が経ち、僕とさんごは一ノ瀬さんと別れたのだった。


===========================

お読みいただきありがとうございます。


というわけで、光がメインとなっての大顔退治です。


協会としては、光をこの町のダンジョンに潜らせなければいいだけの話なのですが、美緒里の機嫌を損ねるデメリットと、そもそも大顔の目当てが光説の確証が少ない(というより状況証拠しかない、美緒里がそう言ってるだけのトンデモ説)という点から、光の行動を制限する考えは無いようです。


面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、

フォローや☆☆☆評価、応援などよろしくお願いいたします!

コメントをいただけると、たいへん励みになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る