89.猫と兄貴とダンジョンへ(3)大顔系との再戦

 深層に降りて10分も経った頃――


 先頭を走ってたさんごが、足を止めた。

 振り向くその顔が。


『ここだろ?』


 と、どこか試すように訊ねている。


「ああ、ここだ」


 と、一ノ瀬さん。


 丘のように盛り上がった、坂道の下だった。

 この先に、大顔系がいるということなのだろう。

 

 大顔系の出現を記録から隠すため、ドローンは一ノ瀬さんとここに残る。僕のも一ノ瀬さんのもだ。休憩をとるという体で。だから記録上は、僕とさんごもここに居続けることになる。


 しかし実際は――


「トイレ、行ってきます」

「ああ。気を付けてな」


 坂道を登り、そこからの景色を臨む。

 緩く曲がった通路の向こう、壁の重なりに隠され辛うじて目視できる位置に、それでも巨大と分かる姿があった。


 大顔系だ。


 無数の触手を生やした巨大な『顔』は直径15メートルほどで、ZZダンジョンで戦ったのに比べれば小さい。でも巨大なことに変わりはなかった。


「ミツケタ……ミツケタ…………」


 事情を知った今なら分かる。

 巨大な『顔』の放つこの声は、僕に向けられてたのだと。


「ミツケタ……ミツケタ……ミツケタ……ミツケタ……ミツケタ…………」

 

『顔』の顎から、クラゲの口みたいな透明な筒が垂れている。そこを伝ってぬたぬたと地面に向かって進んでいく、サッカーボールくらいの大きさの塊が何かは、考えるまでもなかった。


「ミツ……ケタ……ミツ……ケタ…………」


 塊が、地面に落ちると同時に形を変え、声を放ち始める。

 小型の『顔』――大顔系の分体だ。


 地面で蠢く分体は、見ただけで数十を超えていた。

 率直に言って、おぞましい光景だ。


 でもそれを見ながら、不思議と僕は落ち着いていた。

 恐怖にかられて突き進むだけだった前回とは、まるで違った気分だった。


「これから共喰いして大きくなる――その前に」

 

 さんごが何を言いたいかは、分かった。


雷神槌打サンダー・インパクト!」


 体内の魔力だけで放たれたそれに、強化された威力は無い。

 しかし、それで十分だった。


「「「「「ミツ……ケ………………………………」」」」」」


 魔力の迸りが、雷光の打撃で、分体を1つ残らず消滅させた。

 でも大顔系本体は、こうは行かないだろう――腰の魔導具サイクロンユニットのスイッチを入れようとした僕を、だけど、さんごが止める。


「待って――サイクロンユニットは使わず、直に吸い上げてくれ」


 ZZダンジョンでは大顔系から直に魔力を吸い上げ、結果として僕は、魔力酔いで倒れた。

 サイクロンユニットは、それを防ぐため渡された魔導具だ。

 それを使うなと、さんごは言ってるのだ。


「……分かった」


 さんごの言葉に、逆らうつもりは無い。

 一瞬ためらったのは、勇気とか思い切りの問題だった。


「ミツケタ……ミツケタ……ミツケタ……ミツケタ……ミツケタ…………」


 息を吐き――言葉を繰り返す『顔』に、手の平を向ける。


『顔』から、魔力を吸い上げる。


 魔力には『雑味』が含まれていて、この『雑味』が負荷となり、極度に脳を疲労させるのが魔力酔いの正体だ。


 膨大な魔力が流れ込み、僕の全身が輝きを放ち始める。魔力滞留アイドル――体内で飽和した魔力から、身体を守るために起こる現象。『雑味』の負荷は、変わらず今回もあった。でも前回ほどの疲労は感じない。

 

「サイクロンユニットを使っても多少の『雑味』は取り込まれるからね――君も、成長してるってことさ」


『雑味』に対する、耐性が育っているということか。

 今回の僕には、取り込んだ『雑味』を観察する余裕すらあった。


 そうしてみると――


『雑味』の中に、他とは違う淀んだしこりめいたものがあるのが分かった。

 しこりから、声がした。


『ミツ……ケタ……ミツ……ケタ……ミツ……ケタ……』

 

 改めて『顔』を見る。

 もう、全体が見えるほどに近くなっている。

 

「ミツ……ケタ……ミツ……ケタ……ミツ……ケタ……ミツ……ケタ……」


 魔力を吸い上げられ、『顔』は弱っている。

 無数の触手は力無く垂れ、こちらに先端を向ける気配すらない。


「重力」


『顔』が、ひしゃげて潰れる。

 吸い上げた魔力で、強化された『重力』だった。

 

「ジョーカーユニットを使って――大顔系こいつが持ってる程度の『雑味』でも、部分顕現くらいは出来る」

 

 さんごに言われたとおり、僕は『サイクロンユニット』のスイッチを入れる。回り出した風車に、取り込んだ『雑味』を流し込む。『雑味』は『精神感応素材イデア・マテリアル』となり『貯蔵タンクキャラメルボックス』へ。更にそこからチューブを伝って、左腰の『ジョーカーユニット』に届けられる。


『ジョーカーユニット』は、『精神感応素材イデア・マテリアル』を素材にあらかじめ記録されたイメージを具現化――簡単に言うなら、『雑味』から魔導具を作る装置だ。

 

 一昨日のダンジョンブレイクでは、ダンジョンコアから吸い上げた『雑味』で、さんごの世界の『龍族の勇者が着けていた鎧』を作った。でも大顔系が持ってる程度の『雑味』では、同じことは出来ないらしい。


 籠手だった。


 龍族の鎧の、肘から先――籠手だけが、僕の右腕に顕れていた。

 そしてそれを見ただけで、これからどうしたらいいか分かった気がした。

 

「結界」


 魔力の障壁で全身を包み、弱って透明な塊と化した『顔』――その体内に、僕は踏み入っていく。

 籠手で切り裂き、結界で『顔』の組織を灼きながら、まだ僕の中に残った『雑味』の声に耳を澄ます。


『ミツ……ケタ……ミツ……ケタ……ミツ……ケタ……ミツ……ケタ……』


 同時に、から聞こえてくる声にも。


「ミツ……ケタ……ミツ……ツ……ケタ……ミツ……ケ……タ……ミツ……ケタ……」


 2つの声が重なる場所を探して進む。

 すると――あった。


『ミツケ……タ……ミツ……ケ……タ……ミツ……ケ……タ……ミツ……ケ……ケ…………』

「ミツケ……タ……ミツ……ケ……タ……ミツ……ケ……タ……ミツ……ケ……ケ…………」

 

 内と外の声が完全に重なる場所に、それはあった。

 ひときわ大きな『雑味』のしこりだ。


「魔力放出!」


 体内のしこりを放ち、それにぶつけると。


『ミツツ……ツ……ツ……ツ……ミツ……ツ……ツ…………』

「ミツツ……ツ……ツ……ツ……ミツ……ツ……ツ…………」


 2つのしこりが、共食いみたいに絡み合う。

 それは目に見えなくて、でも確かにそこで行われてる争いだった。


雷神槌打サンダー・インパクト!」


 2つまとめて籠手で突き刺し、雷撃で消し飛ばす。


『「ツ……ツ……ツ……………………………………………………………………」』

 

 声が消えたのは、その一瞬後だった。

『顔』の全体から魔力が消え、ただの物体となったのは、更に一瞬後だ。

 

 力を失った『顔』から脱出するのは、ゼリーというより巨大なグミの中を進むようで、入ったときより大変だった。泳ぐような這いずるような無様な姿勢で転げ出た僕に、さんごが言った。


「聞こえたかい?」

「うん……『雑味』から、声が」

「レベルの高いモンスターには、あの声あれで相手を支配する奴もいる」

「洗脳……精神攻撃……的な?」

「それへの耐性を付けるのが、次の課題だ――おっと、無理だなんて言ってくれるなよ? そのための教師だって手配済みなんだからね」


 教師というのが誰なのかは、最近僕の人生に現れた新キャラを思い出せばすぐ分かった。

 ひげ面の、大きくて傷だらけの手を持った、正体不明のあの男だろう。


 それから一ノ瀬さんのところに戻って、ダンジョンを出た。

 

「今日はパスタが食べたいな。シーフードをたくさん使ったやつ」

「…………」


 もはや人語を話すことを隠そうとすらしないさんごと、無言の一ノ瀬さん。

 そんな一ノ瀬さんの背中に――


(いつも苦労をかけてごめんなさい……一ノ瀬さん……でももっと苦労をかけることになると思います……ごめんなさい……ごめんなさい…………)

 

 ただ謝ることしか出来ない、僕なのだった。

 

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お読みいただきありがとうございます。


というわけで、次章では大塚太郎との修行がメインになります。

カレンとの再戦もあるかもしれません。


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