90.猫と僕らのひと区切り 7月1日のあれこれ

 そして水曜日――7月1日。

 

 僕は『新探索者向けダンジョン講習会4』を受講した。

 講師は一ノ瀬さんと、もう1人は初めて会う職員さん。


 受講生は、僕と神田林さんと彩ちゃんだけだった。

 

 いつもみたいな座学は無く、YYダンジョンに現地集合してまず深層に。

 一ノ瀬さんたちが『休憩』している間に、やはり現れた大顔系を倒した。


 その後は中層を探索してから、低層の野営エリアに移動。

 ここで野営するのが、今回の講習の一番の目的だ。


 前回みたいなトラブルもなく、野営の準備が終わったところで16時。講師が準備したモンスターの肉を調理して、夕食を終えたら、就寝時間の21時までは自由行動だ。


「でも、あの話が嘘だったとは思わなかったよ」

「彩ちゃんは、知ってたんじゃないですか?」

「えへへ。まあ、ねえ……」

 

 驚いたのが、前回の講習で弓ヶ浜さんが教えてくれた『朝方にテントに付いた魔力が蟲になって中に入ってくる』とか『それを防ぐために歯磨き粉と唐辛子パウダーを使う』とかいった知識がまったくの嘘だったことだ。


 講師が言ったことをどれだけ真面目に聞いてるかのテストで、騙されて歯磨き粉と唐辛子パウダーを持参した生徒が講師に笑われながらも褒められるという、そういう趣向なのだそうだ。


「ネットで検索しても出てこないから、変だとは思ってたんですけどね……」

 

 とこぼす神田林さんは、僕と同じで騙された組だった。


 そんな雑談をしながら、神田林さんと彩ちゃんは、スマホで動画サイトを開いている。

 僕も、ネットの掲示板を開いていた。

 

 美織里の新事務所立ち上げの記者会見は17時から。

 始まって、既に1時間近くが経過していた。

 

 

【ダンジョン探索者・春田美緒里を語るスレVol.1736】

287:名無しの探索者

昨夜は盛り上がりましたなあ

みおりんの新事務所の最後のメンバー

みおりんが彩ちゃんと組むのはこのスレでも予想されてたわけだが

 

288:名無しの探索者

まさか彩ちゃんだけじゃなく、新キャラの美少女まで現れるとは……


289:名無しの探索者

≫288

正確には新キャラじゃないけどな

ぴかりん絡みで話題になってたし


290:名無しの探索者

まあ、そのぴかりん絡みの動画で正体が分かったわけだが


291:名無しの探索者

≫290

大顔系との戦いと、白扇高校との模擬戦の映像から起こしたアニメだったけど、確かにぴかりんの話題を追ってないと分からんかっただろうな


292:名無しの探索者

しかし本当にあの子なのか?

ショート動画の拡散具合が半端ないことになってるけど

これでもし違ってたら大問題じゃない?


293:名無しの探索者

これな


みおりん新パーティーメンバーの戦闘

https://dantube.com/shorts/XprsPds3mv9

みおりん新パーティーメンバーの模擬戦

https://dantube.com/shorts/LhjhKds2mv6

みおりん新パーティーメンバーの漫才(当時小学生)

https://dantube.com/shorts/DlklOyt5mv7


小学生時代の動画まで探してくるとかどんな嗅覚よ


294:名無しの探索者

≫293

お笑い板では、謎の天才美少女として伝説になってたらしい

まあコンテストにエントリーしてる時点で謎でもなんでもないわけだが

テレビ局や芸能事務所からのアプローチは親御さんが断ってたそうだ


295:名無しの探索者

≫293

ぴかりん関係の動画だとクールな感じなのに、めっちゃマシンガントークですやん


296:名無しの探索者

本家爆笑王が意味あり気な囀りしてるな

https://twippy/honke_bakushouo/post/12894769~


297:名無しの探索者

≫296

誰?


298:名無しの探索者

≫297

大物放送作家

中川武夫の弟子といえば分かるか


299:名無しの探索者

なおさら分かんねーよw

誰だよ中川武夫って


300:名無しの探索者

≫299

レジェンド放送作家

奥目の中川といえば分かるか


301:名無しの探索者

だから分かんねーよ!


302:名無しの探索者

会見、どこまで進んだ?


303:名無しの探索者

≫302

まだメンバー紹介で、いまはぴかりん。

それが終わったら、後はみおりんのパーティーだけ


304:名無しの探索者

最初に紹介されたのがマリア・ガルーンってのは驚いたけど

大御所→中堅→若手って順番だと思えば納得


305:名無しの探索者

≫304

2番目は尾治郎だったしな

 

306:名無しの探索者

マリア・ガルーンを紹介するとき、みおりんが「ピカッと光ってダダーンとなるのがいいと本人が申しておりましたので、その様な紹介映像にしました」って言ったら、本当にピカッと光ってダダーンって文字が出てから動画が始まったのには笑った

 

307:名無しの探索者

ぴかりんは……こういう方向性で来たかあ

儚いというか、あざといというか、お姉さんホイホイというか


308:名無しの探索者

≫307

圧倒的なまでの、ヤられる、抱かれる、食われる感


309:名無しの探索者

≫308

花びらの中で寝転んでるのは、確かにヤったのではなくヤられた後

 

310:名無しの探索者

戦闘でのつよつよなイメージとのギャップを狙ったんでしょうなあ


311:名無しの探索者

ジゴロイメージのさんご君とのギャップもな

この2人のバディとか、想像をかき立てられてたまらん


312:名無しの探索者

≫311

ミクシブで、さん×ぴかが上がりまくってる


313:名無しの探索者

来た!みおりん


314:名無しの探索者

MTT!


315:名無しの探索者

MTT!

 

316:名無しの探索者

【速報】みおりんの新パーティー名はMTT!

Miori Top Teamの略!


317:名無しの探索者

やっぱりあの子か!

 

318:名無しの探索者

え……彩ちゃんってこんなに綺麗だった?


319:名無しの探索者

パイセンって子、美人過ぎない?


320:名無しの探索者

ちょっとこれ……

アイドル売りしてる探索者は戦々恐々だろ?


321:名無しの探索者

≫320

それな

戦っても勝ち目無いし、コラボしても公開処刑だし



 美織里の記者会見が終わったあたりから、周囲で野営してる探索者が、やたらと僕らのスペースの前を行き来するようになった。


 一ノ瀬さんたちの「講習中ですから、ご遠慮ください」という声も聞こえる。


「今日はもう、見張りの順番が来るまでテントに入ってていいよ」


 というわけで、20時から美織里が出演する配信は、テントの中で見ることになった。


 

「石原草人のSHOW’S ROOM。今日のゲストはこの人で~す」

「はい。ダンジョン探索者の春田美織里です」

「まず僕と春田さんの関係を話すと、実は初対面ではないんですよ」

「あ~『春風のVISITORS』時代に」

「僕が地下アイドルのコンピレーション盤の選曲をやったときに、収録させてもらったグループを集めたライブがあって。そのとき舞台で絡んでるんですよね」

「ありましたね~、そういうの。あたしは『春風のVISITORS』ではっていうか、アイドル時代はいっさい歌わせてもらえなかったんですけどね。下手だったから」

「下手だったから!」

「『春風のVISITORS』っていうのはコンセプトが特殊で……」

「日本の80年代のロックの名盤をアルバム1枚まるごとカバーするという」

「そうそう。しかもメンバー全員小学生ですよ!? 小学生に『ぼくら~

の~愛~は~、嘘じゃ~ないよね~』なんて歌わせるんですよ!?」

「上手いじゃないですか」

「え~(笑)」

「ほら、コメントでも『上手い』『上手い』って」

「いや~、そうかな~。でも当時は下手としか言われなかったですけどね」

「確かにプロデューサーの大地さんの好みとは違ったかもしれないですけどね」

「今なら分かりますけどね。大地さんの好みは、硬質でちょっと聞いただけだと一本調子で、でも実は……って感じのボーカルだから。あたしをスカウトしたのも、見かけからそういうのを期待したんだろうけど、いざ歌わせてみたらこういう……泥臭い?」

「泥臭い(笑)」

「こういう歌い込んじゃう感じだったから、あてが外れたって感じだったんじゃないかなあ……ん? M☆A☆K☆U☆R☆A?」

「あ、いいです。そういうコメントは読まなくても」

「ああ、枕ね。枕営業……そういうのは無かったです。少なくともメンバーに、そういうアレをしてきたことは無かったですね。あるとしたら……メンバーのお母さんかなあ。それも無かったと思うんですけど、うちのママ――母は、めっちゃ口説かれてましたけどね」

「おおう」

「あたしがアイドルやめた後なんですけど――母が亡くなったときには、大地さん、お葬式に来てましたから。棺桶に、めっちゃ分厚い手紙を入れようとして怒られてましたけどね」

「(笑)」

「あ、小田切さ~ん。いえ~い」

「小田切さん……新事務所の社長という」

「はい! あたしの新しい事務所『IdeaMateria』の社長をやってもらってます。小田切さんとは雑誌の?」

「雑誌ですね。僕が『シティ・コーリング』っていう雑誌の編集部にいたときの後輩で、一緒に仕事をしてたのは僕が独立するまでの2年間くらいだったかなあ」

「へ~え。どうでした? 当時の小田切さんは、っていうか『シティ・コーリング』ってどういう雑誌だったんですか?」

「映画や舞台のスケジュールとかCDのレビューが載ってる情報誌だったんですけど……コメント来てますね『みおりん、情報誌ってわかる?』――分かりますか?」

「分かんないですね。ポータルサイトみたいな感じですか?」

「そうですね。いろんな情報が載ってて、通販の広告なんかも載ってる……」

「それを紙でやるってエグくないですか?」

「当時はそれが普通だったんですよ!」

「小田切さんがそういうことやってたのって意外ですね。おかげで今日は呼んでいただけたんですけど」

「いえいえ。誰をゲストに呼んで欲しいかアンケートを取ると、必ず春田さんの名前が出てくるんですよ」

「え~、まったく聞いてないですよ、そういうの。だ~れが悪いのかな~」

「コメントに名前が出てますよ」

「あ~。個人じゃないんですよね~」

「以前の事務所を辞めるということで、かなり突然みたいでしたけど、大丈夫でしたか?」

「大丈夫でした。まあ、全部クリアーになったのは昨日だったんですけど」

「昨日!」

「コメント、みんな詳しい人ばかりですね。うん、うん、うん……大体、そんな感じ。それを読んじゃうと問題になるから、読みませんけど。え~! これは読んでもいいけど、なんで知ってるの!? あいつが義弟とか」

「義弟さんのことは、話していいんですか?」

「いいですよ。あいつも名前で売ってく世界を目指してるんだし」

「義弟さんは、子役だったんですよね」

「そうですね。現場ですれ違ったことがあるくらいだったんですけど、それが何故か兄弟になって。いまは格闘家になるのが夢みたいで、まあ頑張ってますよ」

「コメントで『義弟君はアマチュア究斗の全国大会に出るらしい』と……凄いじゃないですか」

「強いかどうかは分かんないけど、身長は190センチ超えてますね。あいつバカだから、あたしが小学生の時に言った嘘をまだ信じてるんですよ」

「嘘?」

「初めてオ○ニーする年齢が遅ければ遅いほど背が高くなるって言ったら、それをまだ信じて実行してるっぽいんですよね」

「うわ~(笑)」

「これ、あいつの彼女からの情報だから間違いないです。イケメンはイケメンですけど、あたしの好みからは凄いスピードで遠ざかってますね――え? 好み? それは彼氏を見てくださいとしか」

「彼氏って言っちゃっていいんですか?」

「いいですよ。元々、この配信で発表するからって言ってるし。彼のチャンネルでも報告する予定ですから――え、いま公開された? うそ! ちょっと見ていいですか? 石原さんも見てくださいよ!」

「いいですよ。配信中に動画を観るという…………………………………………………うん。誠実な人柄が伝わってくるというか、コメントでも言われてますよ。『優しそう』『優しそう』『ぴかりん、優しそう』って」

「確かに優しいんですけどね。ときどき、すごく…………意地悪、っていうか」


 ●


 コメント欄を流れる『意地悪』『意地悪』『赤くなったみおりん可愛い』『どういうシチュエーションで?』『意地悪ぴかりん』『みおりん照れてる』『照れながら言う『意地悪』とは?』といった文字を見ながら、僕は絶句していた。


 顔を上げると。


「「意地悪」」


 間近にいる神田林さんと彩ちゃんふたりにも言われてしまった。

 それから見張りの番でテントを出れば、他のテントの探索者にも。


「よお意地悪、よろしくな」


 翌朝、ダンジョンを出る帰り道でもすれ違う探索者に。


「お、意地悪。お疲れ~」


 とにかく、こうして僕は『新探索者向けダンジョン講習会4』を終え、『クラスD昇格者向け講習』の受講資格を手に入れたのだった。


===========================

お読みいただきありがとうございます。


これで第5章は終わり。閑話を1回挟んで第6章のスタートです。


気付いたら、この作品も25万字を超えました。こんなに長い小説を書くのは初めてなので(これまでは公募で原稿用紙700枚ほどの作品を書いたのが最長です)、ここから先はどうなるのか全く分かりません。


ともあれ、まだ構想の三分の一も書き終えておりません。

どうぞ、気を長くしてお付き合い下さい。


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