90.5.猫と美少女たちは何気に仲良し(2)

Side:彩ちゃん


「見張り、行ってきます……」


 憔悴しきった様子のぴかりんが出て行くと、テントの中は、私とパイセンとどらみんとさんご君の4人だけになった。


 今日は人目もあるということで、さんご君は人語を喋らず、どらみんも背中にさんご君を乗せて歩くだけで楽しいのか、戦闘中以外は全くの空気になっていた。


 テントの中でも、それは変わらない――外で誰が聞いてるか、分かったものではない。

 だから会話は、突然、スマホで始まった。


 さんご:ちょっと、今後についての話をしようか?

 

 スマホに表示されたメッセージに、私とパイセンは、ついつい正座して答えた。


「「はい」」


 さんご:パイセンは、学校の出席日数って大丈夫?

「ちょっと……キツいかもですね。今週だけで2日休んでますし」

 

 痛いところを突く質問で、それは私にとっても同じだった。

 私とぴかりんは、探索部の活動の一環ということで公休をもらえている。


 でもパイセンは、探索部に入っていない。

 だから学校を休めば、そのまま出席に響いてしまう。

 

 そしてそんな事情を知った上でパイセンを探索に付き合わせてる私にも、さんご君の質問は痛く刺さってくるのだった。


 さんご:学校の探索部に入るつもりは?

「難しいですね――あの人たちに探索者バッヂバッヂを渡したら、最悪、部活以外では探索できなくなるかもしれないですから」


 どこの探索部でも、部員は探索者バッヂを学校に預ける。ダンジョンに入る手続きにはバッヂが必要だから、探索をする時は、顧問に申請してバッヂを返してもらう。


 そして先日、パイセンの通う白扇高校の探索部と、私たちは揉めてしまった。あの鬼丸木という顧問の性格からして、パイセンの申請をすんなり通すとは思えない。


 学校にバッヂを預けるルールは、普通の生徒にとっては問題にならないだろう。しかしパイセンにとっては、探索者としての生殺与奪権を握られるに等しい障害に他ならなかった。


 それを解決する方法も、あるにはあるのだけど――


「転校……すればいいんですけどね。光君たちの学校に」


 パイセンの言った、それが、その方法だ。

 でも彼女が迷ってる間は、背中を押すわけにはいかない。大人の私に許されるのは、歩き出した彼女に寄り添うこと、そして転んだ彼女に手を差し伸べること。そしてもう1つ、間違った選択を間違ってると指摘することだけだ。だから選択自体が間違ってないなら、私には何も言うことができない――彼女の決断を見守るしかない。


 では、このまま行けば留年しかねないこの状況は――選択として間違ってなかったのだろうか?


 間違ってるとも、間違ってないともいえる。安定した人生を望むなら、間違ってる。しかし、そうでなかったのなら、まったく間違ってない――いや、間違ってなかった。10代にしてクラスD探索者になるチャンスを掴み、世界的な探索者であるみおりんのパーティーに加入した。そういう結果が、彼女の選択を正しいものに――正しかったと肯定できるものに変えたのだ。


 だったら、その結果として訪れた留年の危機を逃れるために転校する、それは彼女の人生にとってポジティブな選択のはずなのだ。そしてその選択は、彼女が行わなければならない。最初に踏み出す一歩は――決断する勇気を奮う機会は彼女自身のもので、他人が奪って良いものではない。


 しかし――さんご君が言った。


 さんご:2日じゃないよね?

「!…………」


 パイセンの顔色が、変わった。

 口ごもり、まぶたを震わせている。


「どういうこと!?」


 私は、身を乗り出して聞いていた。

 自分でも分かるほど、声がうわずっていた。


「これ……火曜日に……学校に行ったら、私の席が…………こんなになってて」


 俯いて差し出されたスマホには、写真が表示されている。

 破壊された、机と椅子の写真だった。

 机の天板は2つに割られ、脚は四方にねじ曲げられている。

 椅子も同様で、まっすぐ立たせることなど2度と出来ないだろう。


 大学時代、体育会系の屈強な学生が酔ってこういうオブジェを作るのを、見たことはあった。しかし、高校生でこんなことが出来るとしたら――浮かんだ答えを、苦い思いが塗り潰す。


 鬼丸木がネットに上げた模擬戦の写真に、私がコメントしたのが金曜日の午後だ。コメントに付けた動画には鬼丸木の投稿を全否定して笑いものにするような、白扇高校の惨敗する様子が映されていて、狙い通りに白扇高校が笑いものになって、その結果がこれ……このザマだ。


「みのりんや光君や、彩ちゃんもいる学校に通うのは絶対に楽しくて、幸せすぎて、それって本当にいいのかなって思ってて……そうしたらこんなことがあって……ますます、転校していいのかなって思えてきて…………こんなことをする人たちから、逃げていいのかなって…………やられたまま新しい学校に行って、いいのかなって。でも、こんな学校に居続けるのは嫌すぎて……写真を撮って、そのまま家に帰って、お父さんもお母さんも、学校と話がつくまでは休んでていいって言ってくれて……でも、このままじゃ…………あいつら、絶対に言いふらすから。自慢するから。勝ち誇るから。MTTのあいつを追い出してやったって。神田林トシエを泣かせてやったって。あいつは、泣きながら逃げ出したって…………」


 私は、馬鹿だった。

 大人として、子供が選択する機会を尊重する。

 そんなご大層なことを言って、しかし自分のやったことのツケを大事な仲間に回してしまっている。


 白扇高校の探索部を笑いものにして、その影響がパイセンに及ぶことも、考えてはいた。しかし彼女なら――10代にしてクラスD探索者になるチャンスを掴み、世界的な探索者であるみおりんとパーティーの加入するほどの彼女なら、そんなのは平気で跳ね返し、笑い話にしてくれると思っていた――そういう甘い思い込みで、こんなことになる可能性を見過ごしていたのだ。


「パイセン、転校しよう。逃げたことになんてさせない。私と一緒に、白扇のやつらを泣かせてやろう。私がお世話になった弁護士の先生、紹介するから。みおりんもそういう伝手持ってるはずだし。競技会でも、やっつけてやろう――私たちの探索部で!」

 

 彼女は子供で、私の仲間だ。だったら、共に戦って守る――スキル持ちと分かりB大村を追放されるまで、私は、そうしてきたのだ。どらみん任せの配信で子金を稼いで、なんとなくの就職活動に失敗して、すっかりヌルくなった自分は捨てよう。気丈で、しかしまだ少女の脆さも残した彼女を守るためにも。


「はい……転校します」

「うん! 頑張ろうね!」

 

 頷くパイセンの肩を、私は抱いた。

 すると、さんご君がこう言ったのだった。

 

 さんご:そこで提案だけど、転校するのは来年度にしてはどうだろう?


 え、でもそれだと留年……

 

 さんご:留年するのを前提に、来年3月までの半年を探索に費やすんだ

 さんご:そうすれば探索者としてスキルアップできるし

 さんご:留年した上で転校すれば、光と同じ学年

 さんご:いや、同じクラスにだってなれるかもしれないよ?


「!!」

 

 その瞬間、ギラリと目を光らすパイセンを見て、私は思った。


(やっぱこの子、強いわ)


 まあ、大丈夫でしょ。


===========================

お読みいただきありがとうございます。


次回から第6章が始まります。

光と同様、彩ちゃんと神田林さんも強くなっていきます。


第5章はアニメで言えば劇場版のイメージで書くつもりでしたが、第6章と合わせて第3シーズン扱いになりそうです。


第6章は、謎の男とのダンジョン外での修行がメインになります。

あとは、イデアマテリアのMTT以外のメンバーとの絡みですね。

もちろん、美織里とのいちゃいちゃも!


異世界の姫騎士は、第8章か9章で出したいのですが……


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