猫とダンジョンのその外へ

91.猫と幼女と伊勢エビと

 木曜日、朝10時。

 探索者協会で解散して『新探索者向けダンジョン講習会4』は終わった。


「では、以上で『新探索者向けダンジョン講習会4』を終了します。以降、みなさんには単独でのダンジョン内での野営が許可されます。ただし、あくまで許可に過ぎません。単独での野営自体が、あくまで緊急時に必要があって行われるものだということを忘れず、当面は先輩探索者の同行のもとで経験を積んでいただきたい。では今後の皆さんの活躍を期待します! 解散!」

 

 講義の終了を告げる一ノ瀬さんには『お疲れ様です』としか言いようが無い。

 探索中、額の上辺りの髪をしきりに撫でてたことを、一ノ瀬さん本人は気付いているのだろうか。


「では光君、次は日曜日ですね! お疲れ様!」

「いや彩ちゃん、僕らは学校で会うのでは!?」

「あ、そうか。ダハハハハハ」


 駅前で神田林さんと彩ちゃんと別れ、歩いて小屋に帰った。


(あの時も、こんな風に歩いて帰ったんだよね……)


 ふと思い出したのは、カレンのことだった。

 カレンに襲われた時も、講習の後、歩いて家に帰ったのだった。

 そうしたら、小屋の前でカレンが待ち受けていたのだ。


「みゃ~ん(元気ぃ?)」

「ふみゃ~お(あんたの顔を見て具合が悪くなったわよ)」

「みゃ~ん(元気ぃ?)」

「みゃみゃ~お(今日は忙しいの。また今度声をかけてね、お兄さん)」

「みゃ~ん(元気ぃ?)」

「みゃ~お(う~ん、お兄さんが遊んでくれたら元気かも~)」


 並んで歩くさんごは、すれ違うメス猫に片っ端から声をかけている。

 モテる男って、こういうものなんだろうね。


 途中で寄ったコンビニで「ほら、ぴかりん……」「意地悪w」「意地悪w」なんて声が聞こえたりもしたけど、僕は上機嫌だった。


 今日は、美織里が東京から帰ってくる。


 もしかしたら、既に小屋で待ってるかもしれない。お腹を空かしてるだろうか。まずは、ごはん。でも先に……いややはり、ごはんが先だろうか。それとも後だろうか。何を食べさせてあげよう――考えてたら、スマホが震えた。


 美織里:ごめん、今日は帰れなくなった

 美織里:人と会う用事ができて、東京を離れられない

 美織里:そっちに帰るのは、明後日になりそう


 深呼吸して、僕は返信した。


 光:分かった、がんばって

 光:食べたいものがあったら言ってね


 また深呼吸して、スマホをしまって、再び歩き出す。

 メッセージのやりとりで、良かったと思う。

 通話だったら、きっと、がっかりした様子が伝わってしまっただろう。


「海に寄っていこう」

「うみゃ」


 それから岸壁で船を眺めたりして、小屋に着いたのはお昼すぎだった。

 帰るなり、文句を言われた。


「なんなんじゃお前ら~。10時に講習が終わると聞いたから待っとったのに~。こんなところで2時間も待たせおって~」


 マリア・ガルーンだった。

 美織里の師匠で、いまは神田林さんたちの師匠でもある、見かけ幼女なクラスSSSトリプルエス探索者だ。


「ええ!? いや、でも……聞いてなかったので」

「ごはん~。ごはんなのじゃ~。わしゃもう腹ぺこちゃんなのじゃ~」


 というわけで、そういうことになった。

 もともと美織里と食べるつもりだった食材があるので、美織里がマリアに変わったこと以外は問題が無い――いや、大問題か。


「どうぞ! お好み焼き風もっちり生地の海鮮かき揚げと、焼きおにぎりです」

「美味なのじゃ~」

「どうぞ! 牛ハツのガーリックステーキです」

「美味なのじゃ~」

「どうぞ! 伊勢エビで出汁をとったスパイシー冷麺です」

「美味なのじゃ~。満腹なのじゃ~。ではいま食べた料理の写真を美織里に送りつけるのじゃ~。『は~い美織里、見てる~? 美織里の食べるはずだったご馳走は、わしのお腹の中で~す』」


 だめだ。

 それ、送っちゃだめなやつです。


「や、やめ、やめ、やめて……」

「もう送っちゃったのじゃ~。んん!? なかなか既読にならんのう……そうか。弁護士さんと会っとるんじゃな」

「弁護士?」

「ぴかりんは知らんでよろしいよ。時が来れば美織里が話すじゃろ。でじゃな。な~んでわしが来たかというと、ぴかりんに話しておかなきゃならんことがあるからなんじゃ~。ほれほれ、猫ちゃんも会話に参加するのじゃ~」


 マリアに呼ばれて、さんごが僕の膝に乗った。

 

「ほれ、これからするんじゃろ? ほらあれ、あの修行」

「魔力の『雑味』を使って精神攻撃してくるモンスターへの対応だね」

「そうそう、猫ちゃん。それなのじゃ~」


 そうだった。ダンジョンで大顔系と戦ったとき、吸い上げた魔力から声がした。それをさんごに言ったら、こう答えたのだ。『レベルの高いモンスターには、あの声あれで相手を支配する奴もいる』と。


 さんごが言った。


「でもそういった技を使って来るのは高レベルのモンスターだから、耐性をつけようにも練習相手がいない。でも、いきなり高レベルのモンスターで試すのも不味い――というわけで、君たち・・・を頼ることにしたのさ」

「うんむ。確かにそうなのじゃ~。ぶっつけで高レベルのモンスターは無謀すぎてあじゃぱ~なのじゃ~。でじゃな、ぴかりん」

「はい」

「これからわしが話すのは、ダンジョンの外の話なのじゃ」

「ダンジョンの……外ですか」

「そうじゃよ。これまでぴかりんが目にしたスキルも、戦った相手も、その出自はダンジョンにある。言い方を変えれば、ぴかりんの考える『戦い』はダンジョンを基準にしているし、ダンジョンと無関係の相手やスキルは1つも無い――そうじゃろ?」


 言われてみればそうだ。これまで僕が戦ったモンスターや、凶刃巻島みたいな探索者。そして彼らが使うスキルも、すべてダンジョンに関係している。そしてそれらについて語るネットの掲示板や情報サイトにしても、ダンジョンがあるから存在していて、僕が『戦い』について考えるとき出てくる名前で、その世界の外で知ったものは1つも無い。


 しかし――マリアが言った。

 

「しかしじゃ。その外があるのじゃよ。ダンジョンの外の世界……いや『業界』と呼ぶべきなんじゃろうなあ。ダンジョンの外の『業界』には、ぴかりんがまだ知らないモノが沢山ある。猫ちゃんの言う『練習相手』――低レベルにも関わらず魔力で精神攻撃を喰らわせてくるモンスターだって、外の『業界』にはアホほどおるのじゃ」


 では外の世界――いや『業界』とは?


「なあ、ぴかりん。この世界にダンジョンが現れて、何年経つ?」

「10年です」

「そう、10年じゃ。ぴかりんの年齢では『もう10年』と思うかもしれん。しかし大人の尺度では『まだ10年』『たった10年』に過ぎん。じゃがの、その10年で人間は探索者協会という組織を作り、全世界に展開させた。ダンジョンから漏れ出るモンスターを駆除し、前触れも無く起こるダンジョンブレイクにも即応する体制を作り上げたんじゃ。ダンジョンが出現してからの『たった10年』で――じゃぞ?」

「そんなの……考えたことも無かったです」

「無理もないのじゃ。それはあまりにも速やかで、鮮やかとさえ言ってもいい、世界中の国家・組織の連動だったのじゃ。では、そんな奇跡的な業をなしえたのは何が――いや、誰の働きがあったからなのか」

「……もしかして?」

「そう。わしじゃよ。正確にはわしを含む『第0世代探索者』とでも呼ぶべき者たちの働きによるものなのじゃ。この世界にはな、ダンジョンが出現する前からダンジョン――『迷宮』があったのじゃ。作ったのは太古の文明や宇宙人、国家や結社。『迷宮』は世界中にあっての。当然、それに関わる生業をする者もおる。宝探しトレジャーハンター迷宮踏破者ダンジョンランナーといった連中じゃな。更にそこへ陰陽師や魔道士といった魔力の扱いに長けた者たちが加わり、歴史の中で蓄えた知見や技能、財を持ち寄ってダンジョン出現という未曾有の危機に立ち向かった。その結果が『たった10年』でダンジョンの押さえ込みに成功しつつあるこの世界であり、その者たちこそが、わしを含む『第0世代探索者』なのじゃ――そうそう、大塚太郎も『第0世代探索者』でな。『練習相手』に関しては、あいつの方が伝手を持っとるから、ぴかりんの指導役に推薦したんじゃ~」


 その時、スマホが震えた。

 送られてきた、メッセージは――


 美織里:伊勢エビ出汁の冷麺、食べたい……


「美織里からです」

「み、美織里、怒っとる?」

「分からないです」

「は、はよ返事して! 返事!」


 光:美織里には、牛骨出汁の冷麺を用意してたんだけど

 美織里:両方食べたい

 光:両方作るね


「あまり怒ってないみたいです」

「ほ、本当に!? わしの方は既読無視なんじゃけども!!」


 美織里:修行の話は終わった?

 光:うん。第0世代探索者の話も聞いた

 美織里:大塚太郎はうさんくさい奴だけど

 美織里:あいつと修行すればカレンには勝てるから


 カレンが、また襲ってくるかもしれないわけだ。

 僕もその可能性は忘れてなかったけど、美織里も同じ考えなら確実だ。

 それにしても……

 

 光:カレンは、何がしたいんだろう?

 美織里:欲しいものがあるのよ

 美織里:カレンのスキルを、あたしが奪っちゃったんだけど

 美織里:それと同じのが欲しくて日本に来たんだと思う

 美織里:光を襲ったのは、探りを入れたんじゃないかな

 美織里:ダンジョン&ランナーズもカレンが弱体化したままじゃ困るから好きにさせてるんでしょ


「み、美織里、何か言ってる? わしのこと何か言ってる?」


 その後、マリアはようやく返信があったと喜んでたのだが、夕食の後、またも美織里に料理の写真を送って既読無視されるのだった。


「うわわ~。美織里~。既読無視はやめてくれなのじゃ~。わし、寂しくて死んじゃう!」



 その夜、恐ろしい夢を見た。


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お読みいただきありがとうございます。


第6章のスタートです。

この章では、大塚太郎との修行がメインになります。


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