183.猫と最初のお嫁さん(前)

 五感を封じられた、こんな状態でも感じられることはある――例えば、今いる部屋の広さとか。


 彩ちゃん宅で僕が入ったことがあるのは、彩ちゃんの部屋、リビング、トイレ、浴室、それから――


(仏間?)


 彩ちゃんとスパーリングした仏間。そう考えると、いま僕が感じてる広さも、あの6畳間と同じくらいだった。


(そうか――だったら)


 部屋の中をゆっくり歩いて壁を探し、窓を見つけ。そこから仏壇のある場所を割り出し、僕はその前に立った。


(彩ちゃんのお祖父さんお祖母さん……ご先祖様。春田光と申します。今日、彩さんと結婚させて頂きます。未熟者ですが、どうか見守ってやってください……)


 心の中でお願いして、僕は、仏壇に頭を下げた。


 頭部全体をビニール袋やさんご提供のよく分からない物体で包み、手錠を着け、腰紐を巻かれた状態で……



 再び腰紐を引かれ、部屋を出て。


 五感を封じられても分かるゲートを潜る感触と共に、僕は異世界へと移動した。


 ようやく光や音や嗅覚が戻ったとき、目の前にいたのは、整列して並ぶ十数人の女性達、それから彼女達の前に立つ、凜とした印象の女性だった。


「お目にかかれて光栄でございます、光様。本日のお世話役を務めます、儀式官長補のキ=レモノでございます」


「は、はい! 春田光です!」


 視覚が復活していきなりなのと、ちゃんとした大人に対する緊張で、狼狽えてしまう僕だった。


「お着きになって早々で恐縮でございますが、お召し替えの準備に移らせて頂きます」


 だから後は、レモノさん達にされるがままで――


「まずは、お体を拭かせて頂きます。これには世俗の穢れを取り除く――」お湯で全身を洗われ「香油でございます。お互いの想いが滞りなく伝わり合うようにという祈りが――」ぬるぬるした油をぬりたくられ「各種薬草を挽いた粉です。気の迷いを起こさぬよう邪気を遠ざけ――」触るとひりひりする粉を、身体のあちこちに振りまかれた。


 レモノさんの説明にあわせて、十数人の女性達の手が、僕の身体の表面で、一斉に蠢く。


「はうう……はうう……」


 当然、情けない声が出てしまうわけだけど、それを彼女達は、どんな気持ちで聞いてただろう。


 羞恥に頬を染める僕に、レモノさんが聞いた。


「光様は『ご自身』に自信はお持ちですか?」


 これは……『ご自身』というのは……あれのことなんだろうなあ……僕は答えた。


「はい……それなりに」

「『ご自身』に不安をお持ちの方には、こちらのキャンディーをお渡ししているのですが……それでは必要なさそうですね」


 そう言ってレモノさんが見せたのは、薄紙に包まれた、赤くて丸いキャンディーだった。


「あの、それを飲むと……どうなるんですか?」


 聞くと、レモノさんはこう答えた。


「凄かった……です」


 と、眉をひそめ、心なしか頬を赤らめ、過去形で。


 それだけで、キャンディーにどんな効果があるか、分かった気がした。どんなに凄いかも。



 そんな準備が終わると少しは落ち着いてきて、今いる部屋の様子を眺める余裕も出来た。


 学校の教室をちょっと狭くしたくらいの広さで、白く塗られた壁や天井には、薄く模様が彫り込まれている。


 結婚式の衣装――全裸で腰に布を巻いただけ――の上にガウンを羽織り、血流を速め血管を拡張する効果があるという、アルギニンとかエフェドリンとか、なんとなく成分が分かってしまいそうなお茶を飲みながら待ってると、やがて来た。


「お式の準備が整いました――」


 いよいよ、結婚式だ。



 結婚式をするにあたって、最後まで教えてもらえなかったことがある。


 神殿にある聖堂で、新郎と新婦がエッチなことをするというのが、この世界の結婚式だ。


 今日、僕は美織里と彩ちゃんとパイセンと結婚するわけだけど、つまりそれは、彼女達とエッチなことをするのを意味している。


 もちろん、別々にだ。それは分かっている。でもそれがどんな順番で行われるかは、聞いても教えてもらえなかった。


 最初は、誰とだろう?


 期待と不安でどきどきしながら、僕は神殿に向かった。移動は、徒歩でも馬車でもなかった。


 籠だ。


 時代劇に出てくるような籠に乗せられ、僕は神殿まで運ばれたのだった。


 やはり時代劇みたいに籠の天井からぶら下がった紐につかまって、転げ落ちてしまいそうな揺れに耐える。そうして2,3分も経つと、籠が停まって、地面に置かれた。


 籠の中にいても、僕に向けられる視線がいかに多いか分かった。ざわめきも、それに相応しい。籠で移動したのより、籠が停まってからの時間の方が長かった――それくらいの時間が経った。ざわめきが、一瞬で止んで。


 声がした。


「新郎よ! 猛き己を、陽の下に晒せ!」


 同時に籠が開けられて、僕は外に立つ。


 見回すと、予想してたのよりずっと多い、100人を超えそうなくらいの人が集まっていた。


 神殿は白い建物で、壁にはさっきまでいた部屋と同じ模様が彫り込まれている。


 その入り口の前で、神父とおぼしき太った老人が手招きしていた。


 僕が側まで行くと、微笑んで、神父は続けた。


「新婦よ! 濡れそぼる草むらを、地に広げよ!」


 すると、僕が来たのとは反対の側から、新婦がやって来た。木の盾と槍を持った、女性達を従えて。身長だけで分かった。新婦は、女性達よりも頭2つ抜けて背が高かった。最後に聞いた数値は、確か183センチ。


(美織里だ……)


 僕と結婚する、最初の新婦は美織里だった。


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