3.猫がノリノリで戦いました


「武装……そうだね。ゴブリンと戦うなら、武器がいる」


 モンスターには脅威値というランクが付けられている。その基準は、何人の警官で対処できるかだ。


 たとえば、脅威値1なら警官1人で対応可能。2なら2人、3なら3人の警官が必要になる。なぜ警官かと言うと、全世界の警官が同じ教科書で対モンスター戦の訓練を受けているからだ。


 声が近付いてくる。


「ヒアゥィッ」

「ヒアゥィッ」

「ヒアゥィッ」

「ヒアゥィッ」

「ヒアゥィッ」


 とっくに、声だけではなくなっていた。

 数十メートル先のカーブから、ゴブリンが姿を現していた。


 その数は、5匹。


 ゴブリンの脅威値は、3だ。

 5匹のゴブリンがいるということは、単純に15人の警官が必要ということになる。


「戦うならだけど……逃げるのも無理か」


 ゴブリンは投石が得意だ。そして今いる酷道には石がごろごろしている。背中に石を受けて倒れたところに殺到される未来しか見えなかった。


「まずは防御を固めよう――浮遊盾フロートシールド!!」


 さんごの声と同時に、透明な板が現れる。僕の胸まで隠れるくらいの大きさの、内側に持手の付いた長方形の盾だ。それが2枚。

 加えてパンケーキくらいの大きさの透明な円盤が、こちらは10数枚、僕とさんごの周囲に現れる。


「本当は、その盾も浮遊させて使うんだけどね。慣れないうちは手に持った方がやりやすいだろう」


 浮遊って……それはやっぱり思考で操作したりするんだろうか。

 ということは、あれも持ってるんじゃないか?


「さんご、ファンネ――飛んでいって、ビームで攻撃したりする武器は持ってないの?」

「ああ、浮遊槍フロートスピアか。持ってるけど派手になりすぎる。整備は不十分だけど、この道は生活に使われているんだろう? 破壊してしまったら不便だし、僕らがやったとバレたら面倒なことになるんじゃないか?」

「そうだね。確かに面倒だ」


 隠すのも、正直に話して経緯を説明するのも。おまけにそこに喋る猫なんて要素が加わるとなったら、どれだけ面倒か想像も出来ない。


 と、そんなことを話してる間に、僕らを見つけて――


「ヒアゥィッ! ヒアゥィッ!」


――ゴブリンたちが駆け出していた。


「来たぞ! 光!」


 と、告げるさんごの声は、どこか弾んでいる。

 端的に言ってノリノリだった。


「ヒアゥィッ! ヒアゥィッ! ヒアゥィッ! ヒアゥィッ!」


 と、ゴブリンたちはそのまま突っ込んでくるかと思ったら違った。10メートルくらい先で足を止め、つんのめるような勢いのまま投石してきた。僕らに向かって、真っ直ぐ飛んでくる石。


 それを止めたのは、さんごの操る円盤だ。


「ヒアゥィッ!?」


 戸惑ったような声が、空に響く。月の光しかない夜に浮かぶ円盤は、透明なこともあってほぼ完全に不可視。


 ゴブリンたちには、何もない場所でいきなり石が跳ね返されたように見えただろう。


 しかし驚きながらも足元の石を拾い上げ、投石する手を止めない。そしてその一つ一つが、さんごの操る円盤に跳ね返される――その様を見つめる僕の傍らで、さんごが囁いた。


「とどめは、君に刺してもらうからね」

「え?  そうなの!?」


 投石を諦めこちらに突っ込んでこようとするゴブリンもいたけど、それも円盤が跳ね返した。


「ヒアッ!」


 駆け出した途端、鼻面を円盤に叩かれひっくり返るゴブリン。他のゴブリンも、スネや鳩尾を叩かれ地面に転がる。これなら僕の出番はないんじゃないか……と思っていたら。


「ヒアッ!」

「ヒアゥィッ!」


 仲間が叩かれたタイミングで、その陰から飛び出して円盤をやり過ごすゴブリンが現れた。10メートルなんて、あっという間だ。見る間にその影が大きくなり、僕に飛びかかる。


「うわぁっ!」


 と思わず目をつぶり、僕は盾を前に突き出した。何かが当たる感触があったけど、でも軽い。盾を躱し、掴みかかるゴブリンを僕は幻視した……のだが。


「……あれ?」


 でも、そうはならなかった。

 恐る恐る目を開けると、そこには。


「ヒア、ヒア、ヒアゥィ……」


 と、息も絶え絶えで地面に横たわるゴブリンがいた。手足はあらぬ方向に曲がり、路面に転がる石に削られて皮膚もボロボロだ。


「これ……僕がやったんだよね?」

「『サバイバリティ向上』だけでも、この程度は出来る」


 ドヤ顔のさんごが言う通り、僕はさんごに与えられたスキルで強化されていたんだった。さんごは大したことないように言ってたけど、一撃でゴブリンを倒すなんて凄すぎる。ゴブリンの筋力はゴリラ並みで、探索者でもスキル抜きの力比べは避けるくらいなのに。


「じゃあ、次は2匹いくね」

「ええ!?」


 円盤の防御を緩めて、2匹、さんごがゴブリンを通過させた。


「えい!?」

「「ヒアッ!?」」


 2枚の盾で、2匹とも跳ね返す。1匹は倒れたまま動かない。でも1匹は起き上がって低空タックルを仕掛けてきた。


「ヒァッ!」

「うわっ!」


 盾の下に潜り込んでくるゴブリンに対し、僕は盾を下ろして隙間を塞ぐ。


 すると――さくっ。


「ええっ!?」


 地面と盾の縁に挟まれて、ゴブリンの首が切断されていた。

 さんごが言った。


「その盾は、持手以外は2次元の素材で作られているんだ。縁は厚みを持たず、3次元の存在に触れると切断効果が発生する」

「おお……そうなんだ」


 ということは……


「じゃあ、盾じゃなくて剣の形にすることは出来る?」

「出来るよ。光の利き腕はどっちだい?」

「右」


 と答えると、右手の盾が剣に変わった。試しに地面に突き立てると、何の抵抗もなく刺さった。勢い余ってさんごに当たったりしたら……さんごを見ると、大丈夫だという風に頷いて鳴いた。


「うみゃん」


 残るゴブリンは2匹。


「ヒアヒアヒア……」

「ヒアヒアヒア……」


 どうやらおかしい・・・・と気付いたみたいで、ゴブリンも慎重になっていた。こちらの様子を伺いながら、逃げるか戦うか考えてる風に視線を交わしあっている。


「「ヒアゥィッッッ!!」」


 戦うことに決めたみたいだ。再び投石して、ゴブリンが駆け出す。僕も、盾を前に出して身構えた――その時だった。


「ふんどぅりゃあああああっっっ!!!!」


 叫び声とともに、突如として現れた人影が上空からゴブリンの頭を蹴り潰した。


「やばい! さんご!」

「うん!」


 僕の意図を察して、さんごが盾と剣を消してくれた。


 人影は、女性だった。

 革のスーツに、探索者用のジャケット。

 さっきのゴブリンより、ずっと早い動きで彼女は駆け寄ると。


「っ光っ、光……大丈夫だった!? 怪我しなかった?」


 そう言って、僕を抱きしめる。


 彼女は春田美緒里。

 現役のA級クラスA探索者にして元アイドル。


 そして、あの叔父の娘――僕の従姉妹だった。


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