4.猫と配信されました

 美緒里は僕の従兄弟で、あの叔父の娘だ。


 叔父は、僕の両親と仲が悪かった。

 というか、叔父が一方的につっかかってギスギスしてたというのが正しい。


 僕の父さんに対する叔父の対抗心は子供の頃からだったそうで、僕に対しても叔父さんのあたりはきつかったんだけど、美緒里はまったく逆で、初めて会った6歳の頃から、やたらと距離が近かった。もっとも叔母さんが言うには、美緒里は人見知りなのだそうだけど。


 東京在住の美緒里と会うのは年1回。10歳で美緒里は探索者となり、才能を見出されてここ数年は海外を拠点に活動している。でも年に1回会うのも、距離の近さも変わってなかった。スマホのメッセージは毎日送りあってるし。


「ねえねえ! こっちのゴブリンは光がやっつけたの!? スキル生えたの!? どんなスキルが生えたの!? ねえねえ!!」


 僕にスキルが生えたことについて美緒里に説明するとしたら、さんごのことまで話さなければならない。しかし、それはいいんだろうか。さんごが異世界から来たしゃべる猫だなんて、美緒里も僕みたく受け止めてくれるだろうか? そういうモンスターとして討伐しようとしたりはしないだろうか。


 最初の異常な出会いだとか、その後の意外にすんなり進んだ意思疎通だとか、これまで学校の検診ではまったく生えてなかったスキルを『携行型スキルシステム』というので与えて貰ったりだとか、一緒にゴブリンと戦ったりだととか、諸々まとめて言うなら吊り橋効果的なものによって、僕はさんごのことを受け入れてしまってるわけだけど――その場の勢いと言うか、考えてみるとかなり危うい状態にあるとも言えるわけだけど、それはさておき。


 そんな心の動きは、僕だけのものなわけで。

 当然、美緒里には適用されるはずが無いわけで。


 むしろ客観的に、さんごを排除すべき異常な存在と判断する可能性が高いわけで――美緒里に踏み潰されたゴブリンの死体が、視界の中で存在感を増す。


 さて、どうしよう……いや。


(待てよ?)


 途方に暮れかけた僕の中で、ある考えが閃いた。


(美緒里に、全部話す必要なんてあるんだろうか? そもそも、美緒里にさんごのことを話さなければならないという前提自体が――おかしい?)


 見ると、さんごが悪そうな顔で口元をふにょんとさせている。


「…………」

「みゃ」


 よし、それで行こう。


 美緒里に、全部話す必要なんて無い。

 自然にスキルが生えたと言い張って、さんごのことは隠し通せばいい。


 と、決意を固めたその時――僕は気付いた。


「ねえ、いま……配信してるの?」

「してないよ。あれは記録で録ってるだけ」


 美緒里の背後に、球体が浮かんでいる。


 ダンジョン産のテクノロジーで作られた撮影用ドローンだ。

 探索者の背後で録画するのはもちろん、インターネットでの配信も可能だ。


 美緒里の配信チャンネルは、僕もよく見ている。


 配信頻度は少ないけどチャンネル登録者数は200万人以上で、投げ銭される額は毎回凄まじい。特にゾーンに入った時の、無表情でモンスターを切り刻む殺戮機械キリングモードに魅せられてる人の数は半端なく、美緒里は『日本の切り裂き姫』の異名を世界に轟かせている。


 スマホでアプリを立ち上げ、美緒里のチャンネルを開くと。


「これ……配信中だよ」

「ええっ!? やだっ! あたしっ! またっ! これっ!」


 美緒里は強さや美しさと同時に、こういう操作ミスうっかりが多いのでも有名だった。

 まだ情報公開されてないダンジョンの探索を初手から配信してしまったりとか。


 そういうギャップがまた、人気を呼んでいるのだけど……


 スマホに映ってるのは、美緒里の後頭部と青ざめた僕の顔と、さんご。コメント欄には、世界中の言語で『死』を意味する言葉が流れている。誰に向けてのものなのかは、考えるまでも無い。


「スマホ貸して!」


 探索者用のスマホを取り出してあたふたする美緒里からスマホを取り上げて、配信停止ボタンを探す。

 でもこれは、悪手だったみたいだ。

 画面でわちゃわちゃする僕と美緒里の姿は、更に距離が近くなっていた。


 更にドローンが勝手に移動してアングルを工夫する――僕と美緒里の親密さを強調する方向で。

 コメント欄に踊る『死』の文字が更に増える。


 それに紛れて『猫ちゃんかわいい』も。


「終わった?……終わったよね!?」

「終わった……終わった! これで配信終了!」


 半目で『死』から目を逸らし、なんとか配信を終了した。

 配信アプリの画面が止まり、今日の同時接続数や投げ銭の額が表示される。


 僕が1年に使う生活費の5年分くらいだった。


(お金って……)


 思ってたら、着信があった。

 スマホを美緒里に返すと。


「はーい。ういういーっす。はーい」


 横から聞いてても適当と分かる相槌をうって、美緒里が通話を終えた。


『ちょ、待て! 美緒里! こら!』


 と大人の女性の声が聞こえたけど、美緒里は無視だ。

 まったく堪えてないって顔だった。


「今日は調査で来たんだけどね。いったん基地に戻る――じゃ、後でね」


 そう言って美緒里は、崖を飛び降りて去ったのだった。


 そして僕は、ある事実を確信する。


「叔父さん……僕を追い出したこと、まだ美緒里に話してないんだな」

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