5.猫とごはんを食べました
じいちゃんの家から追い出されたことは、美緒里に話していない。
子供の頃から、美緒里とはSNSのメッセージで連絡をとりあってる。
去年の秋、叔父に家を追い出された時は(美緒里が怒るかな)と思った。『光になんてことするのよ』なんて怒ってくれるかと思ったのだ。
でも、美緒里の態度は変わらなかった。
それまで通り、海外で通ってる学校でのことを話したり、配信の感想を訊いてくるだけだった。
ムカつかなかったといったら嘘になる。
でもすぐ、叔父が僕のことを美緒里に話してない可能性に気付いた。
叔父に聞いてみると『美緒里には俺から話すから、お前は余計なこと言うなよ』とのことだった。(ふーん)と僕は思い、それからは全くの
もともと叔父のことを面倒くさいとは思っていても、恨む気持ちはそんなに無かった。
小屋で暮らし初めて、1ヶ月も経たずに消えてしまうくらいに。
それに紛れて、僕は錯覚してしまったのだ。
記憶が改竄されたと言ってもいい。
事態の発覚→美緒里激怒というイベントが、既に終わってしまったことであるかのように。
(美緒里は怒るだろうなあ)
(どんな風に叔父さんを罵るんだろう)
(『どうして話してくれなかったの!?』って、僕も怒られるんだろうなあ)
なんて想像してたのが、想像しているうちに、既に現実で起こった出来事であるかのように錯覚してしまっていたのだ。
そして。
『今日は調査で来たんだけどね。いったん基地に戻る――じゃ、後でね』
さっき美緒里が言った瞬間、その錯覚に僕は気付いたのだった。
「詳しく聞かせてくれよ? 家に帰ってからでいいからさ」
そう言うさんごは、たいそう悪そうな顔だった。
僕たちは、山の小屋に帰った。
小屋とはいっても、8畳くらいの部屋にキッチンとトイレとシャワールームの付いた立派な一軒家だ。外には物置と、露天の五右衛門風呂もついている。
玄関の前に放ってあった鞄や山菜入りのビニール袋を拾って小屋に入る。一瞬さんごの身体が光ったのは、きっと靴を脱いだりするのと同じ行為なのだろう。
「なかなか良い住処じゃないか」
カーペットの上を転がるさんごは、上機嫌だ。
「天ぷらって気分じゃなくなっちゃったなあ。そうだ。さんごは、どんなもの食べるの?」
「なんでも食べるよ!」
「じゃあ、こんなのは?」
「問題ないね!」
冷蔵庫から出した玉ねぎやシーフードミックスを見せると、前足でちょんちょん触ってさんごが答えた。
「じゃあ、僕と同じものを食べても大丈夫かな」
「そうだね。ところで、さっきの少女が言ってたことだけど――」
美緒里と僕の関係や、じいちゃんが亡くなってからの僕の境遇については、料理をしながら話した。山菜と玉ねぎとシーフードミックスのオイスターソース炒めと冷奴が出来る頃には、大体の事情が説明出来た。
「なるほど。この家にかかる税金は遺産の中から支払われているわけか」
「弁護士さんが処理してくれてる。生活費はいったん叔父さんに渡されて、そこから毎月手渡しされてるんだけどね」
さんごは自前のフォークとナイフで器用に食事している。というか正確には、さんごの首輪から生えたそれっぽい器具が、器用に食材を切り分け、口まで運んでいた。
「おおよそは理解できた。どうやら僕がすべきなのは――」
とんとん。
さんごの声を遮って、ドアがノックされた。
間違いなく、美緒里だろう。
どんな表情になっているのか。
激怒か。
それとも、激怒を通り越した泣き顔か。
「は~い……美緒里?」
「うん。ここ、子供の頃に来た時より綺麗になってるわね」
美緒里の表情は、笑顔だけど虚無だった。
目に光の無い、配信でここぞという時に見せる
ブーツを脱ぎ捨てると、どかどか部屋に上がり、テーブルの料理からエビだけ5つくらい拾って食べてから、美緒里は言った。
「なんとなくね、おじいちゃんの家には住んでないんだろうなってのは、気付いてたのよ」
「うん」
「割と最初からね――父さんと電話しててさ、光と代わってって言っても、いつも『光は出かけてる』って言われるし。じゃあ光から電話するように言ってって頼んでも、全然、光には伝わってないみたいだし。そもそもね、空気感が違うのよ。光が一緒に住んでるって空気感じゃないわけよ。電話で話してるだけでも分かるのよ。そういうのは」
「うん」
「それでね、調査で日本に帰ることになったから、なんにも告げずに家に行ったわけ。ほら、私が来るって分かってたらさ、きっと小細工するじゃない
「うん」
「だから、いきなりおじいちゃんの家に行ったらさ、やっぱり光はいないわけでしょ? まあ、さっき山で会ってから1時間も経ってないし、まだ帰ってないのかなって解釈も出来たけど――光の部屋さ、物置になってたよ?『あのタイヤ』の上にダンボールが積まれててさ……ぶっ殺してやろうかと思った」
『あのタイヤ』というのは、じいちゃんが宝物にしてたタイヤのことだ。F1マシンのタイヤで、むかしF1が日本で開催された時、有名なレーサーにサインして貰ったのだという。じいちゃんの家にはそれを飾るための部屋があって、僕も美緒里もその部屋が好きだった。
「あの家は、もうだめね。光には、あそこに住んで欲しくない。あたしも、住みたくない。光が住む場所は、あたしが用意する。その時は、あのタイヤも持ってくる――それまでは、あの家に置いておいてやる」
「叔父さんとは、話したの?」
「うん。最初は『光が勝手に出ていった』っていってたんだけど『本当に?』って訊いたら『話し合った上で出ていった』って言うからさ。『何を?』って訊いたら『お互いに気を使わなくて済むように』って」
「そうか……実際、一緒に住んでる方が大変だったかもね」
「『かもね』?」
「うん。ほぼ……確実に。絶対に」
「だよね」
話の舵取りを間違えると、僕も詰められそうだった。
「――うん、決めた」
「?」
「迷ってたんだよね。今回は、調査でこの町に来たんだけど、その後どうするか迷ってたんだ。でも決めた。調査が終わった後も日本に残る。それでなんだけど――」
言葉を切って、美緒里が笑った。
既に
そのまま5秒くらい笑みをキープして、美緒里は口角を元の位置に戻した。
そして言った。
「その猫ちゃん、普通じゃないよね?」
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