163.猫が言うには低レベル(前)

 異世界の貴族は、顔に力を込めて大声で話すことでしか、強い感情をアピールできないらしい。


 とりあえず、現時点で異世界について理解できたのは、その点だけだった。


「彩様ああ!! お会いするのはああ!! これがあああ!! 初めてですがあああああ!! いつもおおおお!! 動画を見ておりますぞおおお!! みおりんよりもおおお!! パイセンよりもおおお!! 彩様あああ!! あなたが1番んん!! 美しいいいいいい!!」


 ウ=ナールという貴族の青年が、彩ちゃんに迫る。


 彩ちゃんとウ=ナールの間には僕がいて、このまま僕が避けなければ、僕の肩とウ=ナールの肩がぶつかるだろう。


 それは、ウ=ナールも分かってるはずだ。


 でも彼は、そんなの気にも留めない様子で、ずかずか彩ちゃんに近付いてくる。


 ウ=ナールは長身の偉丈夫で、おまけに侯爵の長男だ。彼とぶつかれば誰でも跳ね返されるか、ぶつかる前に自ら避けてたのだろう。これまでは――でも僕は、そうではなかった。


 ウ=ナールと僕の、肩と肩が触れた。


「(ぼそっ)重力」


 どかっ。

 がしゃっ。


「…………」

「…………っ!!」


『重力』で数倍の重さとなった僕を、跳ね返されて倒れたウ=ナールが、目を見開いて見上げている。


 そんな彼を見下ろす僕は、どんな顔をしてただろう。思い当たるのは、凶刃巻島とオヅマのトラブルに巻き込まれたときだ(第52話参照)。


 あのときに似た―― 


(おもろしくない)


 そういう想いがあった。


 でもそれも、一瞬のことだった。


 何もなかったかのように立ち上がると、ウ=ナールは再び彩ちゃんに向けて――違った。


「誰だ、お前」


 僕の前に立ち、見下ろして言うウ=ナール。その表情が、彼の素なのだろう。だらりと顔の筋肉の力が抜けて、10歳も年をとったように見えていた。


 それで頭に浮かんだのは、遊郭の花魁言葉についての豆知識だ。花魁言葉の独特な語尾やイントネーションといった特徴は、日本各地から売られてきた花魁の出身地を客にさとらせないためなのだという。


 この世界で会った貴族――ガ=ナールやウ=ナールがやたらと力んだ顔や声で話していたのは、きっとそういった、彼らの素の表情や、そこから窺える人間性を隠蔽するためなのかもしれない。


「光君、行きましょう」


 彩ちゃんが、僕の腕を抱いて引っ張った。お父さんのところに行って「ダンジョン、もう入れるの?」と。「いいんじゃねえか?」そうお父さんは答えたのだけど、一応、現場の人の話を聞いてからということになった。



 モンスターが溢れた場合に備えてなのだろう。ゲートの前では、楯を持った数十人の男女が、半円状に並んで待機していた。


 僕らが案内されたのは、そんな彼らを見守る位置に立ってるテントだ。


「どうぞどうぞ。こちらが対策本部でございます」


 テントの中央には大きなテーブルが置かれていて、それを数人の偉そうなおじさんと、その部下らしき人達が囲んでいる。テーブルの上に広げられてるのは、ダンジョン各層の地図なのだろう。要所要所に、色を塗った木片が置かれていた。


 状況を説明をしてくれたのは、ダンジョン常駐騎士団団長のパ=セリというおじさんだ。


「深層の最後部は狂大猿バーサクモンキーの縄張りだったのですが、これが大鬼蜘蛛オーガスパイダーに敗れ、狂大猿の眷属が中層に追われました。これが玉突きとなり、中層のモンスターが上層に溢れているというのが現状です」


 ダンジョン常駐騎士団とは、僕らの世界でいうダンジョン警備隊みたいなものだろうか。団長の彼も貴族なのだそうだけど、ガ=ナール達とは違って顔や声に過剰な力がこもってはいなかった。


「大鬼蜘蛛は、本来、このダンジョンにはいないモンスターです。先日、隣国の騎士団が訓練で訪れていたのですが、おそらく彼らの衣類や荷物に潜んでいた幼体が成長したものと思われます。そして、狂大猿と大鬼蜘蛛は非常に相性が悪い」


「相性?」


 相槌をうつ感覚で僕が聞くと、テーブルの反対側から、鼻で嗤う気配があった。誰が放ったものか、確かめる必要はなかった。


「狂大猿と大鬼蜘蛛の特性を知っていれば、出てこない質問ですな――そんなことも知らない輩に、いくら説明をしてやっても無駄というもの。ましてや探索に加えてやったところで……」


 言って再び鼻で嗤うウ=ナールに、僕は。


(普通に話せるんだ……)


 くらいにしか思えない。

 失礼な態度に憤るにしても……


「「「(はらはら……)」」」


 心配そうな様子で僕らを伺うガ=ナールとワ=レールとダ=レールを見てしまうと、強く言える気がしなかった――なんだか気の毒で。


 もっともそんなことを思っていられるのは――


「大丈夫です。ダンジョンブレイクを討伐したおさめた経験もありますから、なんとかなるでしょう」


 そう言って笑えるだけの自信があるからだった。


 いまこのテントやゲートの近くにいる人間で、僕より強い人はいない。あくまで直感なのだけど、何故だか自信があった。


 加えて――


 さんご:放置しておいた人工衛星のログを見る限り、過去300年間、この世界に君より強い人間は現れていない。そうであったかもしれない人間も、既に衰えている。


 さんごからのそんなメッセージも自信の裏付けになっていた。


 だから、ウ=ナールに――


「大した自信家であるがな……いいことを教えてやろう。役者は役者に過ぎない。どれだけ強者を演じたところで――それが自分の強さだと錯覚したところで――そんなものは、ニセモノの、まがい物の強さに過ぎないのだよ!」


 そんなことを言われたところで、全然、イラッときたりは――する。役者とかニセモノと言ってるのは、僕の動画をCGだと思ってるからだろう――というか知ってるんじゃないか、僕のことを。つまり僕のことを知ったうえでニセモノと断じ、舐めて、侮辱しているのだ。このウ=ナールという男は。


 一方、さっき目の前で見せられて、僕の強さが動画通りだと知ってるガ=ナール達はといえば。


「「「(ひぃい……なんてことを!)」」」


 ウ=ナールの暴言に、顔を青くしていた。


 そして僕は、そんなガ=ナール達に同情してというか、彼らを嫌いになれない自分に気付いて、内心でため息を吐くのだった。


 さっきから気になってたことを、さんごに聞いてみた。


 光:ねえさんご。異世界って、もしかしてレベル低いの?


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