178.猫と生まれかけのダンジョンで(後)

 ウ=ナール達を助けだし。


 地面に横たわらせると、しばらくは呻きをあげるだけだった彼らだけど、それも止む頃には呼吸も安定していた。


「「「…………」」」


 無言で目の前の空間を見つめる彼らを背負い、僕らはダンジョンの出口に向かうことにした。


 前方から足音が聞こえてきたのは、全体の3分の1も過ぎた頃だ。


 かちゃかちゃと金属の擦れる音の混じった、モンスターが立てるのとは明らかに異なる足音だった。


 そして――現れたのは、女の声だった。


「我らは王都騎士団精鋭! ウ=ナール殿の救助に参った!」


 低く、くぐもった声だ。フルフェイスの兜を被ってるからだろう。女は、全身を金属の鎧に包んでいた。


「全員、無事のようだな――ご苦労! ここからは我らが前後を護らせてもらう!」


 というわけで、僕らは女騎士と彼女の連れてきた騎士に護られ、その後の道程を進むことになった。


 かちゃ、かちゃ、かちゃ……鎧の金属が立てる音はダンジョンには不似合いで、不用心にさえ思えて。


 でも精鋭というのは、間違いないのだろう。女騎士が現れた途端、遊撃隊のおじさん達が安堵したのが分かったし、先頭を行く彼女の戦いっぷりもまた、それを物語っていた。


「せいっ!」


 現れたゴブリンの集団が、一呼吸で振られた剣に残らず両断される。


「しっ!」


「はっ!」


 次に現れたハーピーも、リザードマンもそうだった。


 危なげなくモンスターを屠り僕らを導く姿は落ち着きと自信に満ちて、いつしか僕らは彼女の甲冑がたてる音を頼りに危険を察知し、そのリズムで足を進めていた。


 かちゃ。

 かちゃ。

 かちゃ。

 かちゃ。


 しばらくモンスターとも遭わず、鎧のリズムも一定となった頃。


 かちゃ。

 かちゃ。

 かちゃ。

 かちゃ。


「私が……女であればな」


 僕の背中で、声がした。

 ウ=ナールの声だった。


 いまだぐったりした様子で、どれほど意識を取り戻した状態での言葉なのだろう?


 答えず、話したいように話させた方が良い気がして僕が無言でいると、またしばらくして続きの声がした。


「たかが知れた男が、たかが知れた名声を求め……仮に王配になったところで、それは変わるまい……やはり、たかが知れている。しかし、それでも……」


「…………」


「それでも……たかが知れたその場所でさえ、あがいてあがいてあがいて……そうしてやっと……しがみついていられる……その程度の……私は……たかが知れた男で……」


「…………」


「私は……己を以て立つ……己とは……我一人で……非才なる己は……凡百の徒に過ぎず……だが望む己の姿は頂きに一人立ち……一人しか、立てぬ場所であり………諦め切れず……夢への未練を断てず……ああ、私が女であったなら…………英雄に寄り添い立つ一人として……諦めを……折り合いを付けられもしたのだろうが……」


 ウ=ナールの声は、ダンジョンの中で良く響いた。誰に聞かせるつもりもない言葉だからなのだろう。


 同じ言葉を、もっと威勢の良い声で聞かされたなら、不快だったかもしれない。でも意識も虚ろなのだろう彼の言葉からは虚勢を張るような自意識が感じられず、初対面の時の威勢を振りまいてた姿を思い出すと、喩えるなら既に終わってしまった何かについて語られてるような寂しさがあった。


「やっ!」


 戦闘で剣を振る彼女にも、ウ=ナールの声は聞こえているはずだ。僕からは、黒光りする彼女の甲冑の背中しか見えない。


 ウナールの独白を、彼女はどんな気持ちで受け止めているのだろう。


 答えは、すぐ分かった。


 ダンジョンを出て、僕らは待機していた騎士や冒険者の歓声に迎えられた。


 そしてテントに運ばれ横たわるウ=ナールに、彼女は言ったのだった。


 兜を脱いだ顔を近付け――


「楽になれたと思うなよ?」


 と。


「己の器を思い知り、それで『はいはい分かりました』と弁えて、それで我執から逃れて清々とした、坊主みたいな顔で生きていけるとでも思ったか?――図々しい! いいか兄者? 貴様なぞはな、今日やっと繭を破って這い出した虫けらに過ぎんのだよ!」


 え!?


 僕の驚愕は、ウ=ナールを叱咤する言葉でなく、露わになった彼女の顔貌に対してだった。


「マゼル……さん?」


 女騎士は――甲冑に身を包んだ彼女は、僕に結婚式の作法を教えてくれた、そして恥ずかしい姿を見せたり触りあったりした、あのマゼルさんだったのだ。


「ふふ……バレてしまったな」


 絶句する僕に顔を向け、マゼルさんが微笑った。


「王都騎士団3番隊隊長『暴風のマゼル』――それが私であり、こちらが私の正体だ。あちら・・・の私のことは気に入ってもらえたようだが、こちら・・・の私についても良くしてもらえると嬉しい」


 え? ちょっと待って、なに言ってるか分からない……


 僕が困惑にわたわたしてると、テントの外の騎士団員や冒険者――100人近くはいたと思う――に向かって、マゼルさんが声を張り上げた。


「おい見たか! ぴかりん殿の困った顔を! 分かったか!? 私が嘘など吐いてなかったと! 私が言った通り、女らしく着飾りしな・・を作った私に! ぴかりん殿は! 興奮して! 股ぐらの一物をおっ立ててくれたのだぞ! どうだ!? 私も捨てたものではないだろうが! ふははははははは!!」


 豪快っていうか剛毅っていうかマゼルさんって……こういう人だったの?


 なにがなんだか分からない僕は、その後、ウ=ナールとマゼルさんに事情を聞くこととなったのだった。


 かなり、ぶっちゃけた感じで。


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