179.猫と異世界の兄妹(前)

 マゼルさんと、それからウ=ナールから聞かされた事情とはこういうものだった。


 マゼルさん達の父親であるガ=ナールはタラシーノ国の宰相で、自分の息子のウ=ナールを次の王様=彩ちゃんと結婚させて王配にしようとしていた。


 これはウ=ナールが成人した数年前からの目論見で、ウ=ナールもそれに相応しい実績を積み重ねていたのだけど、しかしそこへ、僕という邪魔者が現れてしまった。


「龍吾様の下さる動画を見て……これがCGでなければ真実であれば敵うわけがないとは思っていたのだが」


 と、ウナール。


 僕から彩ちゃんを奪って計画を軌道に戻すべく、そう動くようガ=ナールには命じられていたのだけど、実はウ=ナール自身は、半ば諦めていたのだそうだ。


「だからといって……投げ出してしまうわけにもいかなかったのだ」


 初対面でのウ=ナールの僕に喧嘩を売るような態度は、それもあってのことだったのかもしれない。


 そして僕の実力を知り、ウ=ナールと彩ちゃんの結婚が無理だと悟ったガ=ナールが次に企てたのが、僕とマゼルさんの結婚だった。


 ややこしいけど、王配の妻という形で王家に自分たちの血を送り込みたかったかったらしい。


 確かに僕は、彩ちゃんだけでなく美織里やパイセンとも結婚するわけで、そこへマゼルさんが加わるのも、理屈としては可能な話なのだろうけど……


 ふんと鼻を鳴らし、マゼルさんが言った。


「いや、親父殿も無理だとは思ったのだろうが、一応こんな考えがあるのだと、私に伝えてきてな。私は見ての通りの無骨者で、今年成人だというのに騎士団の最年少団長だなどと持ち上げられて浮いた話の1つもない。だが私もこんなではあるが男に興味が無いわけではなくてな。こういった機会でもなければ捨てられる処女ものも捨てられなかろうということで、オヤジ殿の話に乗ることにしたのだ」


 というわけで、僕に結婚式の作法を教える役目をマゼルさんが引き受けることとなり、結果としてああ・・なってしまったわけだけど。


「しかし、こんな私を相手にその気になる男がいるものかと頭をひねりながら会ってみれば……くくっ。あんなにもおっ勃ててくれるとはなあ」


「マゼル。そういうことは……」


 ウナールが苦々しげに窘めるのは、肉親のそういう話を聞くのは嫌だからなのだろう。異世界の貴族といえども、そういった感性は変わらないらしい。


「私から話す事情は、そんなところだな」


 聞いてみると、マゼルさんがどうして性格を偽り僕と会ってたのか、納得出来る内容だった。


 ただひとつ、いまの会話に引っかかるところがあるとすれば……


(マゼルさん、今年成人って言ってたよね……あれ?)


 今年成人? こういう異世界というか西洋的世界ってだいたい15歳が成人だよね? ということはマゼルさんも15歳?


(……僕より年下? まさか……まさかね)


 異世界なんだし、15歳のマゼルさんがこんなに大人びて、あんなにエッチだったのもおかしなことではない……んだろうけど。


 僕がもやもやしていると、マゼルさんが笑って言った。


「で、どうだ? ぴかりん殿は。私を娶る気になってくれたか?」


 おそらく僕に断られてもそうでなくても、マゼルさんは大笑いするのだろうと、そんな気がした。そしてそんなマゼルさんが、とても好ましく思えたのだけど……その前に。


「僕の気持ちよりも、彩ちゃん達が受け入れてくれるかが問題なんですけど……彼女達が嫌だっていうなら、僕は……」


「ああ。彩様達には了解をもらっている。一昨日だったかな。一緒にダンジョンにも行ったぞ。私はそこそこ見込みがあるらしくてな。私がぴかりん殿の嫁に仲間入りしたら、彼女達が手ずから鍛えてくれるそうだ」


 マゼルさんが、再び笑う。一方、ウナールが『げっ』という顔になってるのは、きっとマゼルさんに対して『そこそこ見込みがある』だなんて上から目線で接する人がこれまでいなかったからなのだろう――マゼルさんは、ダンジョンでの戦いぶりからも分かるとおり、それ程の強者だということなのだ。


「ふふ……彩様達の戦いを間近で見て、私も思い知らされたよ。己が凡百の徒に過ぎないとな。しかし、だからといってだ――私は、諦めはせんよ。己がこの程度の人間だと……この程度の人間だからなどとはな――私は違うのだ。そこのしょぼくれた愚兄とはな! ふはははははは」


 マゼルさんの笑顔を見てると、本当に豪快、というか気持ちの良い人なのだと思う。これまで僕が出会った女性にはいなかったタイプで、正直に言えば、彼女に惹かれてる自分を、僕は否定できそうになかった。


 でも彼女と会うのは、今日で2回目で……それで結婚というのは、早すぎる気がする。


 すると、マゼルさんが言った。


「というわけでだ。私は己を見切るような真似をするつもりはない――ぴかりん殿。一手、ご指南頂きたいのだが……よろしいかな?」


 僕を見るマゼルさんの眼光が、ぎらりと強さを増す。そんな目で見られてる僕としては『というわけでだ』の『わけ』が何なのか全く理解できなかった。


 いまの会話のどこに、そんな結末へと着地するルートがあったのだろうか?


 さんご:彼女にとっては

 さんご:自分より強い光と出会って

 さんご:挑まずにいることが

 さんご:『自分を見切った』ということになるんだろうね


『自分を見切った』って?


 さんご:自分の可能性の限界を

 さんご:測って認めてしまうということさ

 さんご:まるで、他人事みたいにね


 そう言われて、分かったような分からないような気持ちになりながら、僕は、渡された剣を構えてマゼルさんに相対したのだった。


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