179.猫と異世界の兄妹(後)

 立ち会い、と一言にいっても色々な意味がある。


 単純に戦うという意味から始まり、そこから分岐して殺し合い、試合、稽古と様々だ。


 僕とマゼルさんのこれは、試合と稽古の中間といったところだろうか。


 百人近い人達――騎士であったり冒険者であったり、これも様々なのだけど、いずれにせよ戦いを身近にしている人達だ――の作る輪の中心で、僕はマゼルさんと向かい合った。


 僕もマゼルさんも、手にしているのは木剣だ。稽古用ではなく、剣の感覚で使える撲殺用の武器として用意されてるものらしい。


「怪我する前に止めろと、審判やつには言ってある」


 と、マゼルさん。


 それに審判を任された冒険者が頷く。眼帯を着けたがっしりした体付きのおじさんで、彼が『勝負あり』と判断したら、そこで立ち会いは終わる。


 さて――どうしよう。ちょっと迷って、僕は足下を木剣で叩いて言った。


「これは、ナシにします」


 僕の足下に、鉄製のスイカを叩き付けたような穴が、いくつもできていた――『割たれし槌撃ディバイデッド・インパクト』の振るった、威力の痕だ。


「それから、これも」


 今度はマゼルさんの周囲で、やはりいくつもの穴ができた。ただ違うのは、どの穴からも煙が立ち上ってることで――『射撃With雷シワック』の雷撃。


「これも、使いません」


 最後に、マゼルさんの周囲を結界で覆った。結界は不可視なのだけど、自分が何をされたのか、マゼルさんはすぐに気付いたみたいで。


「ああ……そうしてくれ」


 と、固い笑みを浮かべて頷いたのだった。


 僕とマゼルさんのどちらが強いかという以前に、僕が常用してるスキルの大半は、殺傷能力が高すぎて試合に向いてなかった。


 でもそれを使わずに負けるのもなんだか悔しいし、仮に負けた後でそれを――得意なスキルを使わなかったことを言ったりしたら、どんな意図で言ったかに関係なく、負け惜しみと思われてしまうだろう。


 負けることよりも、僕の美意識的には、そちらの方が問題だった。


 さんご:器が小さいんだよ。君は


 さんごの茶々は無視して、改めて僕はマゼルさんと向きあう……あれ?


 声がした。


「可愛い顔して……エグいことしやがる」


 僕とマゼルさんを囲む、見物の輪からだった。

 声は、それだけでなく。


「いきなりあんな凄げぇ技を見せたら……俺なら心を呑まれちまって戦意喪失だぜ」

「見ろよ。マゼル様だって、顔色が悪くなってる」

「あのマゼル様が……だが、無理もない。きっと他にも何か隠し持ってて、ここぞというところで使ってくるに違いないぜ。まったくエゲつないガキだぜ」


 と、僕の評価がなんだか意図せぬ方向に広がってる感じで、居心地悪いことこの上なかった。


「さあ、始めよう」


 言って木剣を構えるマゼルさんの額を汗が伝い、審判が「始め!」と手を上げて、立ち会いが始まった。


 奇しくも僕もマゼルさんも、剣を顔の横に立てる『八相』の構えだった。


(――強い)


 マゼルさんは、さすがに隙が無い。もっとも単純な剣の技量で僕が勝てるとは、最初から思ってなかった。


 僕の武器は『身体能力強化』が与える膂力と反応速度、それからマゼルさんには見せてない、あのスキルだ。


 問題は、どこで使うかなんだけど……


 考えてる一瞬で、マゼルさんが木剣を振り下ろしていた。


「初手からいかせてもらう――『双剣』!」


 双剣――2つの剣。

 いや、2つどころじゃなかった。


 数えると7つの剣撃が、マゼルさんの1振りから放たれていた。


「ふんっ!」


 そのうち2つを木剣で受け、残りはバックステップでかわす。追撃に備えてサークリングすると……


(あれ?)


 マゼルさんは、再び剣を構えるだけで、追ってはこなかった。


 向き合い、距離を整えると。


「『双剣』!」


 このスキルにクールタイムは必要ないらしく、再び放ってくる。


 再び僕も、避ける。


 そして三度――


「『双剣』!」


 今度は、僕も避けるだけではなかった。

 剣撃の圏外に出て、距離を詰め。


「せっ!」


 木剣を振り下ろしたのだが――ガツン!


 何もない宙で、弾き返された。


 更には――ぶん!


 動きが止まったところで、マゼルさんの木剣が僕の胴を狙う。


「しっ!」


 それをなんとか払いのけ、僕は距離を取った。

 これか、と思っていた。


(これが、『双剣』の狙いか――)


 まずは同時に放たれる複数の剣戟。これで仕留められればよし。


 でも『双剣』というスキルの真の狙いは、この後にある。目をこらすと魔力の残滓が見えて、それで分かった。


『双剣』とは、超高速で複数の剣撃を放つスキル。そして、剣撃と剣撃を繋ぐ剣の軌跡に、ほんの数秒の間だけ、魔力で障壁を作っているのだ。


 最初の攻撃を避けて相手がカウンターを放つ。しかし障壁で阻まれ、体勢を崩す。そこへ一撃を喰らわすのが『双剣』というスキルの真に狙うところなのだ。


 対処としては『双剣』を出される前に叩いてしまえばよいのだろうけど、もちろん、騎士団の精鋭であるマゼルさん相手にそれを出来る技術は、僕にはない。


 さて、どうしよう……


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お読みいただきありがとうございます。


『双剣』は 光の『居合重層居合い・マルチプレックス』と似てますけど、同じ場所に複数の斬撃を叩き付ける『居合重層居合い・マルチプレックス』に対し、『双剣』は複数の場所を狙うことが出来ます。


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