180.猫と異世界の諸々と(前)

『双剣』――超高速で連撃を放つのと同時に、剣の軌跡に、数秒間だけ魔力で障壁を発生させるスキル。


(さて、どうしよう……)


 攻略法を考えながら、僕は切り札にするつもりだった『スキル』を使わないことにした。


 そのスキルとは『鎖』だ。


 魔力で作った『鎖』を飛ばすスキルで、これを『双剣』のカウンターで飛ばせば、障壁の隙間を突いて攻撃を当てることも可能だろう。


 でも、その考えは捨てた。


 マゼルさんの『双剣』は、純粋な剣の技術だ。魔力の障壁も、おそらく――


 さんご:あの障壁は、剣のスピードによって大気中の魔力が凝固したものだろうね。決して魔術的なスキルによるものではない。


 そういうことなのだろう。


 だったら僕も、剣だけで――少なくとも剣以外の武器を出したりはせずに戦うことにしよう。


 では、どうするか。


 ヒントは『双剣』を放った後のマゼルさんの動きだ。


 攻撃する僕にカウンターを放ちはしたものの、それ以外の動きを、マゼルさんは見せていない。特に不自然なのは、攻撃を避けた僕を追ってこないところだ。


 僕が連撃を避けたところで前に詰め、追撃を放てば、後は純粋な剣術の技量の差で圧勝できそうなものなのに、マゼルさんは、それをしていない。


(と、いうことは……)


 試せるのは、一度だけだろう。


「『双剣』!」


 マゼルさんの放つ連撃を、まずは避ける。避けてマゼルさんの脇にまわり、僕は木剣を振り下ろした――当然。


 がつん!


 木剣は、障壁に阻まれ弾き返される。


「せっ!」


 カウンターで放たれる、マゼルさんの一撃。

 しかし――がつん!


 これもまた、障壁で阻まれた。


 マゼルさんの木剣が障壁に当たる位置へ、僕が移動していたのだ。


 これまでマゼルさんが追撃してこなかったのは『双剣』の障壁が、マゼルさんの動きをも阻むものだったからだ。


 当然だが、マゼルさんは障壁が消えるタイミングを把握しきってるに違いない。だから障壁の影になる場所にいる僕に、ためらいなく木剣を振り下ろしたのだ。彼女の想定では、そのとき既に障壁は消えているはずなのだから。


 しかし……


『消えて……いないだと?』


 瞬間、マゼルさんの浮かべた表情は、そんな驚きを現していた。


 マゼルさんの想定を超えて、障壁が存在し続けていたのだ。だから、彼女の木剣は弾き返された。ではなぜ障壁が消えなかったかといえば。


『オマエか!?』


 再び、マゼルさんの表情が漏らす。


 その通り――僕が障壁に魔力を与え、消滅するのを妨げたのだ。


 結果として、僕がマゼルさんに与えた驚きは、ほんの数分の一秒だけ、彼女の動きを淀ませるのに成功した。


 それで、十分だった。


 僕は木剣を握るマゼルさんの手を掴むと。


居合重奏居合マルチプレックス


 彼女の肩を押した――スキルによって、加工された力で。


「お、おおおお……」


 逆らえず、仰向けに倒れ込んでいくマゼルさん。


『居合重奏』は、複数の攻撃を1度にまとめて叩き付けるスキルで、攻撃の1つ1つに異なる角度を与えることが出来る。


 これがどういうことかというと、いまマゼルさんは、同時にいくつもの方向から肩を押されている。


 そして肉体は、どの方向に向かって逆らえば良いのか判断できないまま――僕に押されるまま、いま、背中を完全に地面に着けたところだ。


「……終わりだ」


 マゼルさんが言って、立ち会いは終わった。


 気のせいだろうか――僕を見上げるその顔は、どこか楽しげにも見えた。


 彼女が起き上がるのを手伝いながら、気になったことを聞いてみた。


「どうして、剣術だけで攻めなかったんですか?」


 彼女の技量なら『身体能力強化』の差があっても、普通に剣で戦うだけで僕を圧倒できたはずだ。なのに『双剣スキル』の連発で攻めてきたのには、理由があったのだろうか。


 マゼルさんの答えは。


「最後のあれ・・だよ」


 というものだった。


「龍吾様のくれた動画で見た――最後のあれ・・で、さっき私にしたみたく、敵を惑わせたことがあっただろう?」


 あれ・・というのは『居合重奏居合マルチプレックス』のことか。確かに偽カレンとの戦いで(第116話『猫の発注は受けたくない』参照)『居合重奏居合マルチプレックス』を使い、相手の体勢を崩したことがあった。


「剣が触れあった瞬間、あれ・・で崩されたらたまらんと――思ったのだがなあ……結局最後は、あれ・・でやられてしまった」


 僕の動画を、そこまで見ているのか……なんだか嬉しいような申し訳ないような気持ちになってしまう。


 目をすがめる彼女の視線を追って、辺りを見回してみれば――


 僕の勝利で終わった立ち会いに、見ていた騎士や冒険者達の輪は、静かな盛り上がりを見せていた。


「まず、最初の連撃を避ける時点でヤバいだろ」

「最後の攻防の意味、分かる?」

「肩を押してたけど、そんなに力が入ってたようには見えないんだが」

「実は剣撃より組み討ちが得意……とか?」

「そうだな。城内に務めてる連中が、ああいう組技を稽古している」

「にしても『暴風のマゼル』を組み伏せるか……」


 そんなひそひそ話と視線に、ますます僕は居心地を悪くするのだった。


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