180.猫と異世界の諸々と(後)

 それから馬車で、異世界転移の施設に戻った。

 マゼルさんとウ=ナールも一緒だ。


 馬車を降りるタイミングで言った。


「結婚のことは……考えさせてください」

「分かった」


 僕の答えに、マゼルさんは、はにかんだように笑う。


 まずは美織里達との結婚式が先だ。彼女と結婚するにしても、いまこのタイミングで結論を出してしまうのは違う気がした。


 マゼルさんの笑みも、そんな理由を分かってのものなのだと思う。


「さんご様、光様、ありがとうございます。愚息がお手を煩わせまして、お礼の申し上げようもなく、また席を設けさせて頂きたく存じます……」


 出迎えるガ=ナールは、思ったよりも普通の様子だった。もっと大袈裟に喜び感謝を伝えてくるか、平伏して詫びてくるかと思ったのだ。


 さんご:立場を抜きにした、これが彼の素の態度なんだろうね。子供の親として、本当に君に感謝しているんだよ


 そういうものなのだろうか……


 一方、彩ちゃんのお父さんはといえば、ガ=ナールの後ろで腕組みしている。でも表情はにやにやしていて、明らかに面白がってる様子だ。


 お父さんが言った。


「こっちもこっちで大変でさあ……帰ったら話すから。飯でも食いに行こうぜ」


 言われるまま、お父さんと一緒に異世界を後にした。いつもの揺れる水面状のゲートを潜るときに振り向くと、マゼルさんが初めて見るような表情になってて、目が合うと小さく手を振った。


「では……また明日」


 僕も手を振ってゲートを潜ると、僕らの世界では時間が経ってなくて、異世界に行ったときと同じ、まだ夕方にもなってないような時間だった。


「おーい、メシ行くぞ!」


 お風呂を貰った後、お父さんがお母さんに声をかけて、僕、お父さん、お母さん、さんごの4人で外食に出かけた。


 彩ちゃんはまだ帰ってなくて、というか今夜は美織里達とホテルに泊まると聞いている。


 お父さんの運転するアウディで連れてかれたのは、川沿いにある中華料理店だった。町中華とは違う、僕らの街基準では、ちょっと高級な店だ。


 お父さんは常連らしく、さんごもいるからということで個室に案内された。


 王将や日高屋や後楽苑には絶対に無い、くるくる回るテーブルを囲むと、車の中で予約してそのとき注文も済ませたからか、すぐに料理が運ばれてきた。


「俺さ、このトウモロコシのスープって好きでさ。受験で東京に行ったとき、そっちに住んでる叔父さんがメシ食わせてくれてさ。結構高い中華。その時にトウモロコシのスープが出てさ。初めて食ったんだけどめちゃくちゃ美味かくてさ」


 本題に入ったのは、そんなお父さんの、特にオチのない話の後だった。


「この間、彩とあっちのダンジョンに行ったろ? あの時さ『ダンジョン常駐騎士団』ってのがいたよな? あいつらはこっちでいうダンジョン庁みたいなところの下の組織なんだけど、ウ=ナールは、そこの結構上の方にいてさ」


 ダンジョン庁の、エリートということか。


「でさ、マゼルは『王都騎士団』って言ってたろ? ダンジョン常駐騎士団と王都騎士団は別の組織でさ。なんていうかこっちでいうと、消防署と自衛隊みたいな感じでさ。消防署と自衛隊がどうかは知らないけど、結構、バッチバチでさ」


 ダンジョン常駐騎士と王都騎士団の、仲が悪いということか――そう思って聞いてたら、さんごが補足してくれた。


「タラシーノ国は、複数の国が同時に併合されて出来たんだけど、常駐騎士団と王都騎士団は、創設者の出身国が違うんだよ」


 なるほど。複数銀行の合併で出来たメガバンクで、出身銀行ごとに派閥が出来るようなものか。


「それでさ。ガ=ナールは常駐騎士団と王都騎士団の両方で子供を出世させて、どっちの勢力が強くなってもいいようにしてたんだけど、ウ=ナールがあんなことになっちゃっただろ?」


 今回の、モンスターに攫われた失態のことか。


「それで、王都騎士団の方が盛り上がっちゃってさ。あんな腑抜けが上にいる常駐騎士団になんてダンジョンを任せてられないから、そっちの管理も王都騎士団に任せろって言い出したんだよ」


 いや、ウ=ナールが攫われたのって、今日の朝ですよね? 話が早すぎませんか?


「虎視眈々っていうかさあ……狙ってたんじゃないの? 常駐騎士団側の人間が、ヘマやらかすのを」


 そんなタイミングで、ウ=ナールの失態があったわけか……


「ま、そんだけでもないんだけどさ」


 え?


「ウ=ナールはけっこう優秀でさ。親父のガ=ナールの後を継いで宰相になるんじゃないかって言われててさ。それが不味かったんだよ」


「ナールは、北方国の性だよね。さっき見た王都騎士団の旗にも北方国由来のデザインが入ってたけど、その関係でかな?」


「そう。さんご、そうなんだよ。王都騎士団を作ったのは北方国出身の貴族でさ。ガ=ナールも元北方国の出だから、宰相になった時も元北方国の貴族が後ろ盾になったんだよ。その流れで、次の宰相は王都騎士団から出そうって話になってたんだけどさ。そこへ常駐騎士団にいる息子に後を継がせますなんてなったら、ふざけんなって話だろ? ウ=ナールと常駐騎士団の両方が目を付けられてたんだよ」


 異世界も、いろいろ大変そうだった。


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お読みいただきありがとうございます。


東京で受験? 彩ちゃん父って江戸時代の人だったんじゃなかったかな~って思われるかも知れませんが、そこは色々あるんだよ、ということで……


王都騎士団の他にも王宮騎士団と近衛騎士団というのがあるんですが、全国的に影響を持ってるのは王都騎士団だけで、王宮騎士団と近衛騎士団は権威はありますけど権力はそんなにないです。


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