178.猫と生まれかけのダンジョンで(前)
尻尾と翼を生やした巨人。
ダンジョンボスを、単純に表現するならそうなるのだろう。筋肉質な人型を、ゴブリン、コボルト、ハービー、リザードマンの特徴が飾っている。
「ぼぴー、ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ、ぐるっぐるっぐるっぐるっ……」
鳴き声も、姿に相応しく色んなものが混ざっていた。
身長は4メートル――この巨体なら、多少動きが遅かったとしてもリーチで十分以上に補える。だけど、それ程の強さは感じない。
(
ただ単純に倒すのであれば、雷系のスキルの一撃でいけそうだった。
(でも――)
いま僕がいるのは『生まれかけ』のダンジョンで、さんごによると、モンスターに喰らわせた攻撃がダンジョンの成長に影響を与えるのだという。
たとえるなら、僕が『
だから事前に、このダンジョンでは単純な打撃以外は使わないと決めていた。
(
単純な、フィジカル頼みの打撃でいくしかない。
そして、問題はもう1つ。
「うあ……あ……ああ…………」
「ああ……ああ……あ……」
「あ……うあ……あ……あ……」
ダンジョンボスの胸板で呻きをあげる、彼らだ。
ウ=ナールを始めとした数人――モンスターに攫われ、ダンジョンボスに取りこまれつつある彼らは、辛うじて表に残された顔を残して、全身をダンジョンボスの胸板に埋め込まれている。
完全に取り込まれれば、顔すらも呑み込まれ、呻きすら漏らせなくなるのだろう。
もともとダンジョンに潜ったのも、彼らを救い出すのが目的だ。ダンジョンボスを倒しても、彼らが死んでしまったのでは、騎士団に先んじて僕が寄越された意味がない。
「ダンジョンボスを殺して、それからウ=ナールを助けるのは? さんご?」
聞くと、毛繕いしながらさんごが答えた。
「難しいね。打撃や出血のショックで、彼らも道連れになる可能性がある」
「だったら?――『重力』でダンジョンボスを押さえつけて、その間に助けるのは?」
「『重力』をダンジョンが学んだら厄介なことになる……ここは、力ずくで抑えるしかないね」
「力ずく……僕の『身体能力強化』で、出来るかな?」
「さすがに無理だろう。でもスキルでなければ――君には、その手段があるだろ?」
「スキルでなければ……」
スキルでなければ、ダンジョンに学習される心配はない。そして、その手段とは……ああ、あれか。
「
答えは、飛んできた
受け取った
「
|機械式拡張型包括強化育成服《Mechanical Extended Gather Augmented Nurture Equipment》――MEGANE。
眼鏡型のそのアイテムは、純地球産の
めいっぱいの『身体能力強化』をかけた上でこれを着れば、確かにダンジョンボス――身長4メートルの巨人を組み伏せるのも可能かもしれない。
さんごが言った。
「ウ=ナール達が下敷きになったら不味い――仰向けに倒そう。まずは翼をもいで」
言われた通り、僕はダンジョンボスの背中をもぐため跳んだ。ダンジョンボスは反応すら出来ず、背後に現れた僕が両脇に翼を抱え、肩甲骨を蹴って身体を伸ばし――ぶちぶちぶちっ! 翼を根元の肉ごと引き抜いたときになって、ようやく。
「ぼぴぃいいいいっ!!」
悲鳴をあげながら、ダンジョンボスが僕に目玉を向ける。
背後の宙に舞う僕を、振り払おうとするのだが――でも毛むくじゃらの腕が粉砕したのは、残像だった。
「次は右腕を折って!」
「おう!」
僕は着地して、既に次の攻撃に移っている。
「ふんっ!」
「ぎゃぎゃぁあああっ!」
振り下ろされる拳を正拳突きで迎撃して、脇固めで肘を折り。
「尻尾を潰せ!」
「ぼあぁああああっ!!」
尻尾を手刀と前蹴りで吹き飛ばすと。
「右足を折れ!」
「ぎいいいいいいいっ!」
木の幹みたいな右足を、ミドルキックで蹴り砕いた――と、遊撃隊のおじさん3人を見れば。
「「「お、おお……」」」
みんな、目を丸くしていた。
そんなおじさんの胸に飛び込むと、さんごが仕上げの指示を出した。
「転がせて――右側から体当たりして、それから首を押さえて!」
言われた通りに体当たりすると、ダンジョンボスは左側――無事な側の手足を下にして横倒しになった。その首を抱えて、僕はダンジョンボスを地面に押さえつける。
「ぐ……ぐるっぐるっ……ぐぅうう…………」
起き上がろうとするダンジョンボスだけど、無事な側の手足が下になってるから、暴れれば暴れるだけ仰向けに近付くだけだった。せめて尻尾が無事なら、地面を叩いてうつ伏せになり、そこから立ち上がるのも可能だったのだろうけど。
「さあ、これで掘り出して」
言ってさんごがおじさん達に渡したのは、
それを使っておじさん達がダンジョンボスの胸板を裂き、ウ=ナール達を助け出すことに成功したのは、その十数分後のことだった。
その直後、僕の腕の中で乾いた音が鳴り、ダンジョンボスは絶命した。
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