59.猫が反社に可愛がられました

本日は20時にも投稿します。

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「OK。次の金曜の12時ね。迎えに行く――お待たせ、じゃあ行こっか」


 土曜日、以前から予定していたバイクの練習に行った。

 教習所を貸し切って、1日で免許を取れるレベルにするのだという。


「予約してる春田です。バイクの準備は出来てますか?」


 受付で挨拶して、練習コースに。

 練習に使うバイクは、既にコースのスタート地点に停められていた。


 CB400――国産の中型バイクだ。

 暴走族の漫画の主人公がよく乗ってる、あの車種である。


 そして借りたのはコースとバイクだけでなく、指導員さんもで――


「クラッチの切り方なんかは教えてあるから、一本橋とスラロームを重点的にお願いします。免許はアメリカで取らせるつもりなんで、国内の試験のことは考えなくていいです。だから、クラッチは2本指から矯正しないで。ぶっちゃけ、今日はステップ荷重のやり方だけ身に付けばいいと思ってるんで」


 というわけで、美緒里は指導員さんに僕をまかせて、自分はここまで2人乗りしてきたオフロード車でコースを回り始めてしまった。


 ここまで来て、ようやく僕は言葉らしい言葉を発する。


「ということで……よろしくお願いします」

「了解で~す。バイクには乗ったことあるの?」

「ここに来る途中にあった、パチンコ屋の駐車場で……」

「うん! 聞かなかったことにしよう」


 指導員さんは40歳くらいの女性で、どこか美緒里のお母さんと似た雰囲気があった。


「じゃあ、行きましょう~。着いてきて~」

「はいっ!」


 かちっ。ぶるんぶるん。ういいいいいいいいん……CB400のエンジン音は、漫画で描かれてるような爆音ではなく、むしろ静かとさえいえて、エンジンというよりEV車のモーターのようですらあった。


 指導員さんの先導で2,3周コースを回った後、美緒里が注文した一本橋とスラロームの練習に移る。


 まずは一本橋。

 長さ15メートル、幅30センチの鉄板の上を、出来るだけ時間をかけて通過するという種目だ。


 合格は、7秒。

 1回目は、あと数メートルのところで鉄板から落ちてしまったんだけど……


「10……11……12……13……14……15……16。2回目で試験に合格レベルになっちゃったねえ。じゃあ、次からはどれくらい記録が伸びるかやってみようか」


「はいっ!」


「34……35……36……37……38。3回目でこれかあ。じゃあ、もう1回行ってみようか」


「はいっ!」


「190……191……192……うん! ここまで才能あると気持ち悪いね! これはもう競技に出れるレベルだよ」


「はい…………」


「じゃあもう、スラローム行こうか」


 次のスラロームは、等間隔に並んだ障害物パイロンを避けながら出来るだけ早くコースを通過する種目だ。

 

 合格は、8秒。


「うん。いきなり6秒か。じゃあもう1回」


「はいっ!」


「4秒。もう1回」


「はいっ!」


「3秒切ったね……ちょっと待ってて」


 そう言うと指導員さんは、ウイリー&両手離しでコースを回ってた美緒里のところに行って――


「もう教えること無いんで、大型に乗せちゃっていいですか?」

「はい。それでよろしく」


 と、話して戻ってきた。


 それから大型バイクに乗り換えて、また一本橋とスラロームに挑戦した。

 さすがにスラロームはタイムが落ちたけど、一本橋は10分まで伸びた。


「ふにゃあああお」


 その間、さんごはというと、コースの端の待合所みたいな所に置かれたベンチでひなたぼっこしていた。昨日、ガールフレンドたちに詰められたのが応えているのか、今日は口数少なく、口を開いても「どうして世界から戦争がなくならないのだろう……」といった、内省的というか賢者モード的な言葉しか出てこない。最後は小屋から連れ出されて1時間くらい帰って来なかったけど、そこで何があったのかは分からない。


 最後は美緒里のオフロード車に乗り換えてコースを回り、バイクの練習は終わった。


 それから駅まで戻って、用事があるという美緒里とはそこで別れた。


「じゃ、明日は7時に迎えに行く」

「…………」

「何? どうしたの? あたし何か変?」

「別れたくないっていうか……離れがたくて。じゃ、明日」


 そう言って、踵を返す僕に。


「え……あたしもだよっていうか、ちょちょちょ、そんなこと言って即帰るとか、なにそれ、ちょちょちょちょちょ!!」

 

 そんな声も聞こえてきたのだけど、背中越しに手を振って別れた。


 こんな時、どうしたらいいんだろう……駅前だし、人目もあるし。キスとか、ハグとか、出来るわけないし。さんごに聞いても『交尾すればいいんだよ』って言われて終わりだろうし。実際、歩く気力も無いらしく僕の肩に乗ったというかぶら下がったさんごに目を向けると「けっ」と目を背けられてしまった。


 このあと用事があるのは美緒里だけでなく、僕もそうだった。


 歩いて、海に着いた頃には日が暮れていた。

 岸壁に繋がれた漁船に近付くと、人影がいくつか。

 その中の、50歳くらいの人が話しかけてきた。


「よお、光君。久しぶり」

「ご無沙汰してます。もう出ますか?」

「うん。でも慌てなくていいよ。話したいこともあるしさ――ああ、着替えながらでいいから」


 夜なのにサングラスをかけてるこの人は、昔じいちゃんに世話になったという反社の人だ。船の周囲にいる人たちも同じで、Tシャツの袖や襟元からはカラフルな入れ墨が覗いている。


 さんごの首輪から出したウェットスーツに着替えながら、話を聞いた。


「光君さ、こないだ揉めただろ。オヅマなんとかを追いかけてた、東京の半グレと。申し訳ないことしちゃったなあって思ってさあ。東京の兄弟とも話して、もう光君には迷惑かけさせないようにさせるから。それにしても巻島ってのは噂には聞いてたけど相当なもんだったんだなあ。光君に礼を言いたいから紹介してくれって言ってくる奴らがいたんだけど、そういうのは断っておいたからさ」


 それから船に乗って、いつものポイントで海に潜った。


 伊勢エビや蟹や貝類の、生息ポイントだ。


 毎回、大量に漁獲してるのだけど、次来るときには復活している。それが疑問だったのだけど、さんごからダンジョンの魔力が漏れてる場所だと聞いて納得した。


 そして驚いたことに、今日はウニまで獲れた。


 絶対にいるはずのない種であったり組み合わせだったりするんだろうけど、これについてもダンジョンからの魔力が(略)という説明で納得することにする。


 船に戻ると、反社の人たちに可愛がられて、さんごはたいそう機嫌が良くなっていた。


 そうして小屋に戻ったのは11時過ぎ。

 獲ってきたあれこれをクーラーボックスに入れて、準備は終わった。


 明日は、神田林さんや彩ちゃんと、GGダンジョンだ。


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お読みいただきありがとうございます。


光はバイク素人なのでマフラーなんかのことは知りません。


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