60.猫はドラゴンと無邪気にあそぶ

 約束通り、美緒里は7時に迎えに来た。

 

「おはよー、従兄弟くーん」


 今回も、ダンジョンへの移動は小田切さんの運転する自動車で。

 小屋を出発して、次に向かうのは駅の向こうの住宅地。


 神田林さんの家だ。


「おはようございますぅ。小田切と申しますぅ。これ、詰まらないものですけど、どうぞ皆さんでぇ」

「あらあらこれはご丁寧に。今日はうちの子がご迷惑おかけしますぅ」


 小田切さんが、神田林さんのお母さんにお土産(とらやの小形羊羹10本入)を渡して、出発の儀はそれで終わった。

 

 次は、川沿いの道を走って先日も行った公園へ。

 そこで待ち合わせしていた彩ちゃんとどらみんを乗せて、自動車は町を離れた。


 GGダンジョンへは1時間半。


 車中で、まずは初対面同士の挨拶を終え。

 その後は――


「ふにゃーん」

「可愛い……」

「きゅきゅっ」

「可愛い……」

「にゃーお」

「可愛い……」

「きゅーきゅー」

「可愛い……」


 両手をさんごとどらみんに占領された神田林さんの呻きに近い呟きと。


「えっ! 4割って少ないんですか!?」

「探索者側の取り分は、最低でも5割ね。私が大学受験した頃に5当6落って言葉があったけど、それならこれは5当6外――事務所の取り分が5割以下なら真っ当で6割以上なら外れっていうのが常識よ」

「そうなんですか……」

「どらみんチャンネルは、始めて1年だっけ?」

「はい。始めて1ヶ月で収益化して、それからすぐ、いまの事務所と契約したんですけど……」

「他の事務所からは? 誘いは無かったの?」

「他の事務所からも誘いはあったんですけど、ゼニキンさんや培養チャンネルさんも所属してる大手だからって、家族が……」

「契約更新の時に、話し合った方がいいんじゃない?」

「そうなんです。案件のインセンティブが少ない気がして、明細を要求してるんですけどなかなか返事が無くて、あれ?って思ってたところだったんですよ。でも私がダンジョン配信できなくなって、ちょっと強気に出れなくなっちゃってて……」

「でも、復帰するんでしょ?」

「はい。復帰できたら……したら!」


 彩ちゃんと小田切さんの、そんな会話だけが聞こえていた。


 一方、美緒里はといえば。


「すう……ふにゅふみゅ……すう……ふにゅふにゅ…………」


 可愛いだけで、何の情報も含まないいびきをかいて爆睡していた。


 しかし、GGダンジョンに着くと――


「じゃあ、まずは挨拶からいってみよう!!」


 と、いきなりその場を仕切りだしたのだった。

 まあ、これはいつものこととも言えるけど。


 神田林さんと彩ちゃんに指示を出し――


美緒里「こんにちはー! みおりんです!」

神田林さん「パイセンです!」

彩ちゃん「彩です!」


 と、動画の冒頭みたいな挨拶を練習し始めた。


「うーん。彩ちゃん、順番的にオチ担当なんだから、ちょっとアイデアが欲しいかな」


 というわけでテイク2。


美緒里「こんにちはー! みおりんです!」

神田林さん「パイセンです!」

彩ちゃん「(振り向くと、おさげを斜め上に持ち上げて)つのっ!」


「いいわね! じゃあもう1パターン!」


美緒里「こんにちはー! みおりんです!」

神田林さん「パイセンです!」

彩ちゃん「(振り向くと、おさげを横に引っ張って1本の棒に見えるようにして)頭に槍が刺さった人っ!」


「う~ん! もう1パターン!」


美緒里「こんにちはー! みおりんです!」

神田林さん「パイセンです!」

彩ちゃん「(振り向くと、上に持ち上げたおさげの先端だけを前に向けて)ナメクジっ!」


 おそらく、前に向けたお下げをナメクジの触角に見立てたのだろう。

 これを小田切さんが、


「『角』は良かったわね」


 と評して、とりあえずこの茶番は終わった。


 いつも通り手続きして、ゲートをくぐる。 

 GGダンジョンはフィールド型なため、中は広くて明るかった。


「みゃーおみゃーお」

「きゅーきゅきゅきゅー」


 先頭を進むのは、背中にさんごを乗せたどらみんだ。

 2人とも、先日の公園で見せたチャラさが嘘みたいに消えている。きっときついお説教を喰らわされたのだろう。さんごはガールフレンドたちに。そして、どらみんは彩ちゃんに。


「3回目の講習は、2時間くらいかけて野営をシミュレーションするっていうか、一通りの段取りをなぞるってカリキュラムなのよ。今日はそれのリハーサルもいいかなって思ってたけど、パイセンたちが一緒なら、もっと他にやることがあるんだよね」


 美緒里が言うのに合わせて、さんごが首輪ストレージリングから取り出したのはテーブルとクーラーボックス、それからバーベキューセットだった。


「聞きたいんだけど、2人とも、自分でモンスターを殺したことって無いよね?」

「はい……いつも、どらみん任せで」

「私は、ZZダンジョンで、大顔を1体倒しました」

「そっか。ということは、2人とも未体験だね。大顔は、数に入れなくていいから。あれって、大本の一番デカいのを倒さないとカウントされないんだよね」

「そうなんですか?」

「そうだよパイセン。モンスターを倒すと周囲の魔力が消費されるんだけど、それを計測した資料があって、大顔の分体を殺した場合は消費量ゼロだったんだって。それでね、スキルを獲得する条件について有力な仮説があって――」


 そこから美緒里が説明したのは、以前僕も聞かされた『スキル未取得の状態でダンジョン内のモンスターを斃した場合、最も高い確率でスキルが付与される』という仮説だった。もっとも、神田林さんも彩ちゃんも既にスキルを持っていて、これには当てはまらないと思われるのだが……


「実は、この仮説には続きがあって『では、既にスキルを持っている人間が初めてモンスターを倒した場合は、どうなるんだろう』って研究をした人がいるのよ。で、こっちはメインの仮説が腫れ物扱いされてるせいで無視されがちなんだけど……こういう結果だったの。『始めてモンスターを倒した際の方法が、サブスキルとなってメインスキルに影響を与える』って――というわけで、今日は2人にモンスターを殺しまくって、スキルを強化してもらいま~す」


「……え?」

「モンスターを殺しまくるというのは――それ以前に、1体倒すのも私たちには大変だと思うんですけど」


 2人が当惑するのは当然だけど、僕はその答えを知ってるし、そのための準備もしていた。


「というわけで――光、お願い」

「うん」


 クーラーボックスから取り出した品々を、テーブルに並べていく。小屋の冷蔵庫にあった山菜に、昨夜海で獲った伊勢エビ、蟹、ツブ貝、アワビ……これらの食材の正体を教えると、神田林さんも彩ちゃんも、当然驚いた。


「これがモンスター!?」

「普通の――普通の豪華な食材にしか見えないんですけど」


 にやにやする美緒里を尻目に、僕は言った。


「見てれば分かるよ……すぐにね」


 すると訝しげな顔をする2人の目の前で。

 テーブルの上の食材は、ダンジョンの魔力を取り込み。


『ぎぐぐぐぐぐぐぐ』

『ぼんももももももももももも』

『きじゃっじゃっじゃっじゃっ』


 見る間にモンスターっぽく姿を変え、声を上げ始めたのだった。


「「うわあ……」」


 どん引きする2人に、僕は言った。


「僕は、ずっとスキルが生えなかったんだけど……ダンジョンの中でこの山菜――モンスターを料理して、始めてスキルが生えたんだ。だから2人も、これを料理すれば、美緒里の言う通りスキルが強化されると思うよ」

「そ、そうだったんだ……それなら」

「信じるしかないわね。疑ってたわけじゃないけど、あなたがそう言うなら説得力が増すというか……」


 どうやら、心のハードルは越えられたみたいだ。

 僕が調理道具を出そうとすると、美緒里が言った。


「さっきも言った通り『始めてモンスターを倒した際』の方法が重要なのよ。だから2人には、あたしの指定した方法でモンスターを料理してもらいます」


 そして取り出されたのは、バケツが2つ。

 まずは、その片方に水を注いで――


「パイセンは、この水の中に食材を入れて、握りつぶして」

「切る、とかではなく?」

「うん、握りつぶすの。『水の中で』っていうのが重要だから気を付けてね。それから、1回握りつぶすごとに、手を水から出すようにして。どちらかというと、こっちの方が重要だから忘れないように。水に手を入れて、握り潰して、出す。入れて、握って、出す――この繰り返しで」


 そして、彩ちゃんにはバケツとカマボコ板を渡し――


「こっちは水とか入れないでいいから。食材だけをバケツに入れて、カマボコ板で潰して。カマボコ板をこう……真っ直ぐ叩き付けるみたいな感じで。それを中心にして、横の狭い面も時々使うようにして」

「はい……ところでこれって…………」

「こんな風に潰して、食べられるんですか?」

「食べられるんじゃない?っていうか、食べるのはあたしたちじゃないし」


 そう言って美緒里が見る先には、どらみんと戯れるさんご。

 さんごは、カマボコとか鶏しんじょといった練り物が大好きだ。


「あの、では……」

「私たちは、何を……」


 そういえば、食事はこちらで用意するから何も持ってこなくて良いと伝えたあったのだった。


「それは、光が作るのよ!」

「えっ! 光君が!?」

「ぴか……春田さんが!?」

「そうよ! 光! 今日のメニューは?」


 机に並べた鍋を指さしながら、僕は答えた。


「まずメインは、伊勢エビの丸ごとフライ。山菜のピクルスを混ぜたオーロラソースをかけて食べてもらいます。それからツブ貝を焼いたのに、アワビのパエリア。蟹は味噌汁に入れて使います」


「そ、そんなに、光君が……」

「作ってきたの!?」

「いえ、これから作るんですけど」


「「そ、そうなんだ~」」と言いながら、2人がバケツで食材を潰し始めたのは、それから十数秒後のことだった。


 更に十数分後、2人が潰した食材を、美緒里と小田切さんが片栗粉を混ぜて丸めて揚げ団子を作り始める。そして神田林さんと彩ちゃんには、新たな課題が与えられていた。


「ふう。ふう。今度はレジャーシートに並べた食材を、すりこぎ棒で叩き潰すとか」

「ふう。ふう。私なんて、拳とか、手のひらとか、つま先とか、足の裏とか、膝とか、肘とかでですよ。棒があるだけマシですよ」


 ところでここまで触れてなかったけど、食材が潰される=殺されるたび『ぎじ~』『いじゃ~』『あび~』と食材から悲鳴が上がっている。でも最初は嫌そうにしてた2人だけど、途中からどうでもよくなったみたいだ。


 そんなこんなで、1時間半も経つと食事の準備が出来た。

 まだ11時にもなっておらず、昼食にはまだ早い時刻だったのだけど。


「「「「うっま~~~~~!!」」」」


 と、僕の作った料理は満足してもらえたようだ。

 そして、神田林さんと彩ちゃんが潰した食材の揚げ団子も。


「んにゃあ~~~~っ!!」

「きゅきぃ~~~~っ!!」


 と、さんごとどらみんに大好評だった。


 ところで最初の目的を忘れたわけではない。

 休憩後、昼過ぎから始まった探索で、強化された神田林さんと彩ちゃんのスキルは、大活躍することになるのだった。


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