61.猫が酷い言葉で締めました
彩ちゃんと神田林さん。
強化された2人のスキルとは――美緒里が言った。
「じゃあまず2人が持ってたスキルなんだけど、彩ちゃんは『身体能力強化』と『頑丈』でいいよね」
「は、はい……」
彩ちゃんの顔が曇ったのは、『頑丈』を持ってるのをプロフィールで公表していないからだろうか。確かに彼女のイメージ的に『頑丈』は隠した方が良い気がする。
「で、パイセンは『身体能力強化』『抜き取り』『隠形』と『エアステップ』」
「はい。スキル間の連携が取れていないというか、スキルを活かしきれていないと思ってます」
神田林さんは、いつもの神田林さんらしい返しだった。
「さっきモンスターを殺してもらったわけだけど、それで彩ちゃんには『頑丈』。パイセンには『抜き取り』と『エアステップ』を強化してもらいました。というわけで、いま2人のスキルはこんな感じになっています」
そう言って、美緒里がスマホを見せる。
開いているのは、さんご謹製のスキルを確認できるアプリだ。
そこに、強化後の2人のスキルがどう表示されてたかというと――
彩ちゃん:『身体能力強化』『鉄壁』『撲殺』
神田林さん:『身体能力強化』『浸透殺』『隠形』『エアステップ・自在』
彩ちゃんの『頑丈』が『鉄壁』となり、更に『撲殺』が追加。
神田林さんの『抜き取り』が『浸透殺』に。『エアステップ』が『エアステップ・自在』になっていた。
「ま、ますます公表できないスキル名になってしまったというか!」
「私も、『殺』とか付いてるんですけど……」
顔を強ばらせる2人をよそに、美緒里はうんうんと頷く。
「うんうん……思った通りね。2人とも戦闘力が足りないのが課題だったっていうか、本来なら戦闘向きなスキル構成なのを活かしてなかったってことなのよ。というわけで、これ着けて」
そう言って美緒里が取り出した装備は、2人の顔をますます強張らせるのに十分なものだった。
「盾に……なんていうんでしたっけ? この、トゲの生えた鉄球が着いた棒は――」
「モーニングスターね」
「私のこれは……ガントレット?」
「うん。耐物理・耐魔法・耐化学変化の効果付きガントレット。使い方を説明すると、彩ちゃんは盾で防いで盾で殴って、モーニングスターで叩き潰す」
「そのまんまだぁ……」
「パイセンのは、長いからDINEで送るね……はい」
「はい。届きました……長文ですね。あらかじめ準備してたんですか?」
「うん。昨日、2時間くらいかけて書いた」
「うぐ……
「うん、そう。2時間かけて書いた説明を5秒で理解されてちょっと複雑かな」
それから、彩ちゃんに盾とモーニングスターの使い方の基礎だけ教えて出発することになった。
ぶんぶんぶん……歩きながらモーニングスターを振り回す彩ちゃんは、この装備を気に入ったようにも見える。
「これはっ……(ぶんっ)キャラに合う合わないを通り越してっ……(ぶんっ)ギャップ萌えが生じるレベルですねっ……(ぶんぶん)」
そんな彩ちゃんを見てると忘れそうだが、彼女はゴブリンに襲われたトラウマで、ダンジョン探索を諦めた人なのだった。そしてその傷はまだ癒えていない可能性が高い――そんなことを考えてる僕を振り返って、彩ちゃんが言った。
「大丈夫ですよ。私、考えたんです」
考えた?
「ダンジョンに行こうと思うだけで、あの日のゴブリンを思い出しちゃって息が苦しくなって……でも何故そうなるんだろうって考えたら、簡単なことだったんです。そしたら『私、大丈夫だな』って思えたんです。だから、またダンジョンに潜ろうって決心できたんです」
そう言って笑う彩ちゃんだったのだが……
「大丈夫?」
「大丈夫……です」
モンスターが現れ、美緒里に「じゃ、ここは彩ちゃんで」と言われた途端、やはりというか、表情を曇らせたのだった。
現れたのは、角ウサギだ。
ジャンプして角で刺しに来る動きは早いけど、直線的だから避けるのは難しくない。そして次の攻撃までの時間も長いから、反撃するのも簡単だ。避けて反撃、避けて反撃を繰り返してればいつかは倒せる、初心者向けともいえるモンスターだった。
「いけます。大丈夫です。いけます。いけます。いけます……えぃっ!」
僕らが見守る中、彩ちゃんは、モーニングスターの一撃で角ウサギを倒した。
しかし、表情は曇ったままで……
「大丈夫……ですか?」
声をかける神田林さんに、彩ちゃんは答えた。
「大丈夫です。でも、これまで戦闘はどらみんに任せてたから抵抗があったっていうか……」
そう言って息を吐く彩ちゃんを、どらみんが飛びついて励ます。
「きゅー! きゅー!」
「ありがとう、どらみん。私も戦えるようになるからね」
「きゅ~~~!」
「これまでありがとう――これからも、よろしくね」
ええ話や……モーニングスターから滴る角ウサギの血さえ気にしなければ。
そう思って周りを見ると。
(((ええ話や……)))
神田林さんも美緒里も小田切さんも、みんなそう言いたげな表情で涙をこらえていた。
そして僕らは進む。
遂にそいつらに出くわしたのは、それから2回の戦闘を終えた後だった。
草むらをかき分け、3匹のそいつらが現れた。
「「「ヒアゥィッヒアゥィッヒアゥィッヒアゥィッ」」」
そいつら――ゴブリン。
彩ちゃんが、トラウマを抱える原因になったモンスターだ。
彩ちゃんを見ると。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ! ひっ! いぃ”っ! ひっ! ふっ! ひっ! ひ! はぁっ! はぁっ!」
息を荒くし、過呼吸の兆候さえ見えている。
しかし美緒里は、そんな彩ちゃんに対して。
「行って! 彩ちゃん!」
そんな! 彩ちゃんは……彩ちゃんは!
「うりゃああああ!おぇええええええええ!!」
え?
「どぅりゃああああ!!ぅおらあああああ!!」
ええ!?
ゴブリンに向けてダッシュすると、まずは1匹目をシールドバッシュで吹き飛ばし、転がったところにモーニングスターの一撃。
「どぅらぁああああ!!」
頭を潰された死体を飛び越え、2匹目の胸をモーニングスターの先端の鉄球でへこます。
「うぉりぇええええ!あ”っ!あ”っ!」
3匹目にシールドバッシュした後、こらえたそいつのつま先を盾の縁で潰し、再度のシールドバッシュで昏倒させ。
「え”ぁっ!え”ぁっ!え”ぁっ!え”ぁっ!」
転がってる2匹を、交互にモーニングスターで叩いて潰したのだった。
ちょっと自分が何を見てるのかよく分からない状態のまま、僕は美緒里に聞いた。
「あの、美緒里、あれって……」
「本人に聞いてみなさいよ」
というわけで、彩ちゃんが息を整えるのを待って、聞いてみた。
答えは――
「私、どうしてダンジョンに行こうとすると動悸が止まらなくなるのか考えたんです。ゴブリンに襲われた時のことを思い出しちゃうからなんですけど、そういう気持ちを見つめてみたら……気が付いたんです。これは『恐れ』じゃなくて『怒り』なんだって。あの時、パニックになってゴブリンに抗えなかった自分が許せなくて、認めたくなくて……これは、そういう気持ちなんだって。それで、この怒りを収めるにはゴブリンを殺して殺して殺しまくるしか無いって分かってたんですけど、でも、それって私のキャラと違うし……そんなこと、してしまっていいんだろうかって躊躇ってたんですけど。でも、ダンジョン探索部のお話を頂いて思ったんです……『もう、殺るしかない』って」
というものだった。
(キャラと違うって……その割には生き生きとしていたというか……すごく自然にゴブリンに襲いかかっていたような……というか、突然あらわになった、そういう
彩ちゃんの答えにもやもやしてると、スマホが震えた。
いつもの、グループチャットだ。
美緒里:彩ちゃんは、中学から大学まで柔道をやってたのよ
美緒里:↑アメリカ協会のデータベースに書いてあった
出ました――また出ました、プロフィールに無い設定が。
美緒里:21歳の時にスキルが生えて引退したけど
美緒里:もっともその直前に五輪強化選手と試合の前に揉めて
美緒里:試合中に殴り合ったあと
美緒里:タップしてる相手を締め落として
美緒里:大問題になってたから
美緒里:追放も時間の問題だったみたいだけどね
なるほど……キャラと違うっていうより。
美緒里:そういうキャラなのが分かったから
美緒里:彼女がゴブリンを恐れて
美緒里:震えてるわけじゃないってのも分かった
美緒里:そういうキャラは
美緒里:相手を叩き潰すことでしか怒りを昇華できない
美緒里:日常での彼女は穏やかな性格であっても
美緒里:戦いにおいては
さんご:正真正銘の狂戦士ということだ
さんご:僕らと出会ったときも
さんご:ゴブリンを恐れてではなく
さんご:どらみんが行動不能になったことに
さんご:驚いてパニックに陥ってただけなんだろうね
キャラ通りの行動だったということか。
「このスキルと装備をもらって、決心が付きました――これからは、このキャラで攻めていきます! 角ウサギを倒したときは、可愛いくてちょっとためらっちゃいましたけど……でも、こんなゴブリンみたいな醜いモンスターだったら、平気で殺れますから!」
ということだった。
その後の戦闘で、神田林さんのスキルも見せてもらったけど、こちらも凄い強化がされていた。
そして午後4時を過ぎたあたりでダンジョンを出て、僕らは帰路に着いたのだった。
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