124.猫と久々の探索です(4)ミシガンの100の検証

「『肉が生き返った』って……こういうことですか」

「モンスターの肉……『モ肉』。だから……モンスターとして認識された?」


 彩ちゃんと、神田林さんが呟く。

 すると猪川さんが、はっとした顔になり。


「だから、ゲートを通れたのか!」


 そういうことなのだろう。


 レストランに飛び込んだ黒い球は、モンスターの肉を纏うことによりゲートの審査を通過。そしてダンジョンに入り、いま僕らのいる第2層を目指しているのだ。


「一度外に出たモンスターが、またダンジョンに戻ることもある――それと同じ扱いということか」


 と、二瓶さんも納得した顔だった。

 そんな時だった。


「ぶつぶつ……ダンジョンコアは発生するモンスターの数……どころか発生位置まで管理している。ぶつぶつ……そこへ外部からモンスターが侵入したら? え?……どうなる?…………あ」


 天津さんが、ゆっくりと顔を上げると聞いた。


「みなさん……『ミシガンの100の検証』って、知ってます?」


 すると、神田林さんも。


「あ……不味いかも」


 天津さんと神田林さん。

 2人の顔が、みるみる青ざめていったのだった。



 ミシガン州とダンジョンの関係については、地理の教科書に書いてあった。


 ダンジョン由来のテクノロジーにより、アメリカでは五大湖周辺の産業が活況を呈した。特に顕著だったのがミシガン州で、デトロイトの復活はその代表例だ。


『ミシガンの100の検証』とは、その流れに乗って開かれた学術会議だった。


 世界中のダンジョン研究者が集り、ダンジョンに関連する100の議題が検証された。


 ミシガン州にある大小様々なダンジョンを会場とし、スキルを持たない参加者のため、事前にトレーニングキャンプまで行われたそうだ。


 今から7年前のことで、特にダンジョンコアについての研究は、この会議によって大いに進展したといわれている。

 


「……そこで検証が行われたんです。ダンジョン内のモンスターの分布を人の手で操作出来ないかって。グランドラビッズダンジョンで捕まえたモンスターを、デトロイトダンジョンに放したんです。つまり元々いなかったモンスターを、他のダンジョンから連れてきた。その結果――」


 その結果?


「なんというか、その……」


 天津さんが口ごもる。

 僕らに伝わる言葉を探しているのだろう。

 

 しかしその横で、あっさりと、神田林さんが言った。


「ダンジョンが……バグった」


 ダンジョンが、バグる?

 みんなが『?』となったその時だった。

 

「これは――何色だ?」


 鹿田さんの呟きに、どう答えたら良いだろう。


(バグるって……こういうことか)


 空の色彩が、まさにバグっていた。


 虹色とか、玉虫色とかさえ呼べない――赤と青と黄を乱雑に塗り重ねたような色彩で、空が塗り潰されていた。


「これって……レポートで見たミシガンのよりも…………凄くない? いや、どう見ても凄いんだけど!?」


 と、天津さんの声――『ミシガンの100の検証』で何が起こったのか、僕は知らない。でも確かなのは、それと同じかそれ以上のことが、今ここで起こりつつあるということだった。


 元々このダンジョンにいなかったモンスター――『肉』の群れが、足を踏み入れることによって。


 さんごが言った。


 さんご:デバッグモード……

 さんご:なるほど、そういうダンジョンか

 さんご:となると次に来るのは……


 次の言葉を、待つまでもなく分かった。

 

 海から。

 空から。


 無数の『手』が生えてきた。


 そして――砂浜からも。


 子供のそれくらいの、小さな『手』が生えていた。

 当然、僕らの足下からも。


「「「「「「「「…………っ!」」」」」」」」


 全員が無言になったのは、今日ここに来るまでの経験からに違いない。何もかもわけが分からない。そんな状況で、不用意に動いたら終わりだ。それが分かってるから、目に力を込めて、軽口や大声で不安を誤魔化したくなる感情に必死で耐えているのだ。


「動くな。やりすごせ。3分も経てば終わる」


 静かな声を放ったのは、二瓶さんでも天津さんでも大学生グループでも彩ちゃんでも神田林さんでも僕でもなかった。


 でもそれが誰のものなのか問いただすこともなく、みんながそれに従った。理由は、やはり経験からだろう。経験から、さんごが放った声を――その声が言うことを信じて良いと判断したのだ。


「いま行われてるのはオブジェクトの精査だ。異物と認識されたら連れていかれる・・・・・・・


『手』が、僕らの全身に触れて、探る。

 その手つきは意外と雑、というより淡泊だった。


 1分。


 服や顔に、ちょんと触れただけで『手』は退がっていく。

 動きは遅く、どこに触られるかも予想出来た。

 だから、触れられるその一瞬だけ覚悟を決めて、耐えれば良かった。


 2分。


 僕らは、全員、海を向いていて。

 海からの『手』は前から。空からの『手』は上から。砂浜からの『手』は下からと、やってくる方向も決まっていた。  


 2分30秒。

 

 どこからどこへ向かうか分かってる『手』を目で追って、小さな指先に触られる、その一瞬を耐える――そんな作業を繰り返すうち、僕らに向かってくる『手』は、ほとんど無くなっていた。


 3分――もう少しで。


 だけど、僕らは忘れていた。

 海と空と砂浜――前と上と下だけではないことを。


 後ろを。


「!!」


 反射的な動きだったのだろう。

 気配に首だけ曲げて目をやると――


「ぶわぁっ!」


 鹿田さんが、盾で『手』を振り払っていた。

 後ろから来た『手』を。


 丘の向こうから、伸びた『手』を。


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お読みいただきありがとうございます。


社会科は、地理も日本史も世界史も壊滅的に駄目だった私です。


デトロイトっていったら、映画『ロボコップ』で観たイメージしか無いんですけど、いまはどうなってるんでしょうかね。


なお、光が地元のダンジョンに持ち込んだ山菜モンスターはどうして大丈夫だったのかという疑問については、次回の後書きで。


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