72.猫はどこかで見ている(3)そして僕らは バージョンA 

72話は2バージョン書きました。

9/8までで、応援の多い方のバージョンを本採用にしたいと思います。


9/9追記 こちらのバージョンの方が応援が多かったため、本採用とします。

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 小屋に入って、そのままシャワーを浴びた。

 全身にかいた気持ち悪い汗を、早く洗い流してしまいたかった。


 極度の緊張からの解放で身体が震えたり、といったことはなかった。


 代わりに――


(緊張の……せいだよね)


 身体の一部分が、凄く硬くなっていた。

 触って、いつもしてるようにすると、すぐ終わったけど。


(全然……収まらない)


 僕の一部分は、硬くなる一方だった。


 つまり、それほどのストレスだったということなのだ。


 いきなり現れたクラスSS探索者と戦い、良くて相打ちという状況に追い詰められた。助かったのは、途中で現れた男――大塚太郎と名乗る男が、戦いをやめるようカレンを説得したからだ。

 

 男が言ってたことを思い出す。『君ってさ、知り合いとか好きな女の子じゃオ○ニーしないタイプだろ』『自分のルールを破ってみるってのも悪くはないもんだぜ』。


 疲れた頭で、そのアドバイスを受け入れようとしたその時だった――浴室のドアの向こうから、声がした。


「光……大丈夫だった?」

 

 いま顔を思い浮かべていた、その人の声だった。


 ●


 美織里がそこにいることに、疑問は浮かばなかった。僕とカレンの戦いを、さんごと美織里が見てただろうということも。それで美織里が駆けつけたのだろうということも、想像するまでも無かった。


 ドアに背を向けたまま、僕は答えた。

 

「大丈夫――大塚太郎さんって人が来て、助けてくれたんだ」

「ああ、あいつ」

「どういう人なの?」

「それは――建人に聞くのがいいと思う」

「大塚太郎さんも、そう言ってた」

「そっか……カレンはどうだった?」

「強かったよ――え?」


 浴室のドアが、開く音の後。

 熱くて重い感触が、押しつけられていた。


「続けて……」


 後ろから手を回して、柔く僕を抱きしめながら、裸の美織里が促す。

 声をうわずらせそうになりながら、僕は続けた。

 

「カレンはとても強くて……」

「うん」

「調子に乗ってたなって、反省した。スキルが生えてたった2ヶ月なのに――いろんな人に褒められて、調子に乗ってたんだと思う。この2ヶ月で、僕は、美織里とも恋人になれて……」


 僕を抱きしめる手が、下がっていく。その部分に触れられるのは初めてじゃなかったけど、こんな風に裸で肌を触れあわせるのは初めてで、そんな状態で触れられるのも初めてだった。


「続けて」


「……でも僕は、まだまだ弱くて。いまの僕では、カレンにはかなわないし。怖くて……怖くて、逃げ出したくなるけど……でも、強く、なりたい。強くなり続けたい……美緒里の側に、ずっといたいから」


「うん……いいよ」


 次の言葉まで、どれだけ経っただろう。

 ほんの、数秒のはずで。

 でもシャワーの音ばかり、聞こえて。

 

「あたしが、光を強くする」


 水音の向こうから聞こえる声は、掠れていて。

 

「でも……あたしも、そう思ってた。あたしと一緒にいるためには、光が強くならなきゃならないんだって。でも……違った。本当は、そうじゃなきゃ――強くならなきゃ、光が、光自身が許さないから。あたしの側にいることを、光が、自分に許さないから。だから、あたしは……」


 今にも、途切れてしまいそうで。

 

「だから……本当は、あたしは光が強くなくたっ――んっ」


 美織里の言葉を、僕は、さっきのカレンみたく首をねじ曲げて止めた。

 唇を離しながら、言った。


「僕は、ぜんぶ美織里のものだよ。だから美織里も……僕のものになって」


 美織里に言われて、先に浴室を出た。

 部屋には既に布団が敷かれていて、そして僕らは、そういうことになった。

 


 それからの数時間で、何度『好き』と言ったのかも、何度言われたかも分からない。



 満ち足りたような顔で、美織里が聞いた。

 

「どうしたの?」

「うん。ちょっと……」


 部屋の中が、いつもより散らかって見えた。

 さんごが動画編集に使ってるパソコンや、撮影機材の置かれてる辺りが、ごちゃっと乱雑になっていたのだ。

 

「そうだ――あれ、撮り直そう」


 ちょっと前から、気になっていた。

 さんごチャンネルで公開する、美緒里との交際を報告する動画だ。


 既にさんごがCGで作ってくれた動画があるけど公開が延期されていて、その間に、なんだか違うような気がしてきて、いま美織里とこうなった後は、尚更そう思えて仕方がなかった。


「3.2.1……スタート」


 スマホをスタンドに立てて、美織里が録画ボタンを押す。

 テーブルを挟んだ向こうで体育座りしてる彼女を見つめながら、僕は話し始める。

 

「こんにちは。さんごパパです。最近はぴかりんって呼ばれてますけど、このチャンネルでもそう名乗った方がいいのかな? コメント欄で、意見を聞かせてもらえると嬉しいです。それで今日は、久しぶりの動画なんですけど……春田美緒里さんとのことです。みなさんもご存じの通り、うーん。もうみんな知ってるって前提でいいのかな。これっていつから……そうか、美緒里の記者会見からか。あれから1ヶ月近く経ってて、美緒里――春田美緒里さんの『付き合ってるも同然』発言からずっと気になってたって人には、ずっと待たせてしまって申し訳ありません。僕は、春田美緒里さんとお付き合いさせてもらっています。僕と彼女は、住んでる場所はずっと違っていて距離があったんですけど、連絡はとりあってて気持ちは遠くなかったというか……むしろ近くて。それで今年の4月から、彼女は僕の住んでる町に滞在していて、気持ち以外も近くなったというか……あの、変な意味ではありませんから。その、どういうことかというと、彼女が探索者をやってることはもちろん知っていて、でも間近で探索者としての彼女を見るまでは、それがただ知ってるつもりなだけだったんだな、ぜんぜん分かってなかったんだなって思えて……彼女がこの町に来るのと同じタイミングで、僕にもスキルが生えて、だからよりそれを思い知らされたというか。そうしたら、それまでの僕はちょっと遠慮してたというか卑屈になってた部分があって、自分の気持ちを無視していたというか……彼女のことを以前より理解できるようになって、それで彼女のことを好きな気持ちにも素直に向きあえるようになったというか……そういうことです。ずっと好きだったけど、一緒にいる時間が増えたらもっと好きになったということです。それで……彼女と一緒にいるということは、探索者としての彼女と一緒にいることで。だから僕も、探索者として強くならなければならないと思っています。彼女は、僕の大切な人だから……本当に、好きだから。これからは、このチャンネルでも探索動画を投稿するかもしれません。いつも応援ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします」


 なおこのとき撮影した動画は、1週間後さんごチャンネルで公開されたのだけど、『絶対に事後』『撮影前にみおりんとやってるの確定』『色を知る年齢か』『死ね』『ぴかりんが汚された』などのコメントが相次ぎ、ツイッピーのトレンドで1位になるほどの勢いで炎上することとなったのだった。

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