71.猫はどこかで見ている(2)謎の男、大塚太郎

 滴る汗は粘つき、僕の身体からは、山に放置された獣の死体みたいな臭いが漂っていた。

 一瞬の緊張が、そうさせたのだ。


「…………『結界』」


 何重もの結界で、まずは囲った。

 僕ではなく、カレンを。


fsfdsjsギョーーーーム……」


 呪文めいた唸り声と共に、カレンが歩み寄ってくる。


 10メートル程の距離を、1歩、また1歩と。

 そして1枚、また1枚と。


 ぱりんと音がしそうな容易さで、結界が破られていく。


 殺すか――と、カレンは言った。その言葉が、どれ程度の本気で放たれたものかも、彼女が何をしようとしてるのかも分からない。


 ただ、確かなのは――


(何かを……されたら終わる)


 ぞわりとした恐怖が、僕から攻撃への躊躇を消し飛ばしていた。

 

 両手を伸ばし、カレンの魔力を吸い上げ。吸い上げた魔力を胸の前に展開した球状の結界に流し込み。そして魔力の光を迸らせる雷撃を、カレンに向けて叩き付ける。 


 ZZダンジョンで、大顔系モンスターを灼き尽くした一撃――


雷神槌打サンダー・インパクト!!」

 

 しかし。


連鎖する鎖の因果チェーンリアクション


 カレンのジャケットの裾から伸びたそれ・・が、易々と雷撃を受け止める。

 それとは、鎖だ。

 真珠色に輝く、細い何本もの『鎖』。


 彼女のこの『鎖』を、僕は知っていた。


 彼女の名は、カレン・オーフェンノルグ。

 アメリカの有名探索者パーティ『C4G』のリーダーでクラスSS探索者。彼女の戦い方スキルもまた、配信や動画でよく知られている。


連鎖する鎖の因果チェーンリアクション


 襲い来る全ての攻撃を魔力の『鎖』で受け止め、文字通り連鎖する動きにより――


 バヂッ!!


 倍加して、相手にお返しする。

 防御と攻撃が一体になったスキルだ。


「ぢぃぃいっ!」


 カレンにお返しされた雷撃を、僕は後ろに飛ばされながら、なんとか受け止めた――右腰の貯蔵タンクキャラメルボックスから溢れ出た、精神感応素材イデア・マテリアルで。


 魔力と共に意思を流し込めば精神感応素材イデア・マテリアルは一瞬で剣の形を取り、僕はそれをカレンの頭頂に叩き付ける。


「でぁああっっっ!!」


 まだ5メートル以上ある間合いを超えてたどり着くそれは、剣と呼ぶには異形。


「『重力』!『重力』!『重力』!」


 だけど遠心力により足される威力は絶大で、更にそこへ、僕は『重力』の重みを乗せる。

 

 しかし――

 

 じゃらりでも、ぬるりでもない。その蠢きを、言葉で表現するのは難しい。迎え撃つ『鎖』が剣を絡みとり、そして。


fsfdslfkjsギョーーーーーーーム……」


 唸り声と共に、剣はカレンの右の手の平に受け止められていた。


 だが、終わらない。

 再びカレンから魔力を吸い上げ、剣に流し込む。


 ぼこぼこっ!!


 魔力に含まれた『雑味』で刀身が膨れ上がり、剣が巨大化する。


「『重力』!『重力』!『重力』!『重力』!」

 

 カレンの膝が、わずかに屈した。


fsfdslrergfkjsギョーーーーーーーーーーーム……」


 しかし、次の唸り声で押し返すと。


fsfdsギョーームfsfdsギョーームfsfdsギョーームfsfdsギョーーム……」


 静止した剣を『鎖』が締め付け――ばりん。

 粉々に砕いてみせた。


「…………」

「…………」


 後ずさり、僕は間合いを取りなおす。

 カレンもまた、数歩下がる。


 僕は貯蔵タンクキャラメルボックスから溢れ続ける精神感応素材イデア・マテリアルで、再び剣を作った。


(ちょっと……入ったか)


 腰のベルトは、敵から吸い上げた魔力の『雑味』で僕が魔力酔いするのを防ぐための魔導具だ。それでも膨大なカレンの魔力を捌ききるのは難しかったらしく、決して少なくはない『雑味』が僕の体内に取り込まれていた。


(でも多分……これで、生えた・・・


 しかし『雑味』を取り込むのは、害だけではない。『雑味』を取り込むことによって、僕は敵のスキルをコピーすることが出来る。いま自分がどんなスキルを持ってるかは、機具を使って検査しなければ分からない。『ステータスオープン』みたいな、便利なコマンドはない。

 

 でもいまそれは、確実に僕に生えてた――そういう感覚があった。


 右手に1本、左手に1本。

 新しく作った剣を、僕は構えた。


fsfdsギョーームfsfdsギョーームfsfdsギョーームfsfdsギョーームfsfdsギョーームfsfdsギョーームfsfdsギョーームfsfdsギョーーム……」


 唸り声が、長く連なる。

 いまカレンの両手は、濁った銀色に包まれている。


 この状態で使われる彼女の攻撃スキルは、こう呼ばれている――『不純なる水銀アマルガム


「喰らってみるか? ウユニ塩湖の地下に広がるダンジョン……その最下層に棲む大龍すら、腐らせ、這いつくばらせた、私の拳を」


 知っている――C4Gの動画で、何度も見た。


 強大な打撃と、凶悪な毒性を叩き込む拳だ。

 喰らってみるかと問われても、そんなの――


「嫌だ!」


 としか答えられない。

 転がって避けると、頭上をカレンの拳が通り過ぎてくのが見えた。

 

(思った通り――そんなに速くない!)


連鎖する鎖の因果チェーンリアクション』で敵の攻撃を無化しながら『不純なる水銀アマルガム』を喰らわす。

 大物喰らいのカレンの、それが戦い方スタイルだ。


 だから、速さはそれ程でもない。


連鎖する鎖の因果チェーンリアクション』がある限り攻撃を避ける必要は無く、彼女の拳が届く場所に敵を留めるのは、C4Gの他のメンバーの役割だからだ。


fsfdsギョーームfsfdsギョーームfsfdsギョーーム!」


 連打する拳と、足を絡め取ろうとする『鎖』を避けながら、その時を待った。距離が、5メートル以上離れていること。そして僕が、いつでも駆け出せる状態にあること。まだだ。まだだ。まだだ。まだだ――来た!


「――『鎖』!」


 いま僕に生えたばかりの、まだ正式な名も知らぬスキルが『鎖』となってカレンの『鎖』に絡みつく。もちろん『連鎖する鎖の因果チェーンリアクション』には到底及ばない稚拙なスキルだから、すぐに無化される。


 しかし、それで十分だった。

 

「でぇい!」


 投げつけた右手の剣が、カレンに迫る。

 カレンはそれを左手で受ける――その寸前。


「『鎖』!」


 僕の伸ばした『鎖』が剣の鞘を叩き、軌道を変え。

 迎え撃つ銀色の手を逃れた刃は、カレンの顔面へと――やはり、その寸前。


 がちり。


 飛来する剣を、カレンが歯で噛んで受け止めていた。


「『重力』!『重力』!『重力』!」


 そして僕は、止められた剣に『重力』の重みを乗せる。


fsfgfdgfdgfdsギョーーーーーーーーーム!!」

 

 カレンの首の筋肉が、夜目にも分かるほど盛り上がる。

 僕が間合いを詰め、残った左手の件で斬りかかると――がきん。


fsfgfdgfdgfdgfdfdsギョーーーーーーーーーーーーーーム!!」


 カレンは強引に首を振り、口に咥えた剣で、僕の剣を迎え撃ったのだった。

 同時にカレンの左手――『不純なる水銀アマルガム』の拳が、握りしめられるのが見えた。


「『重力』!『重力』!『重力』!『重力』!『鎖』!『鎖』!『鎖』!『鎖』!」


 僕は『重力』と『鎖』で、それを止める。

 すると今度は――右だ。

『重力』でも『鎖』でも止められない。

 そう確信せざるを得ない程の魔力が、カレンの右拳に凝縮していく。


雷神槌打サンダァアアアア・インパクトッッッ!!」


 カレンの右拳が通るだろう場所に結界を置き、カレンから吸い上げた魔力を全部流し込む。『雑味』のことなんて考える余裕は無い。魔力酔いで飛びそうになる意識を必死で引き留めながら、僕は叫んだ。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 カレンの唸りも、既に叫びに等しくなっていた。


fsfgfdglfdjgdgfdgfdギョーーーーーーーーーーーーーーム!!」


 結界は既に限界に近く、溢れ出た魔力の迸りにカレンも僕も灼かれている。


 あと10センチ――いや5センチ。

 カレンの右拳が前に進めば、何もかもが終わる。


 後は、最後にどちらが立っていたかの勝負だ。


 カレンの拳が進む。

 1センチ。また1センチ。また1センチ――あと1センチ。


(美緒里……美緒里!!)


 涼やかとさえいえる声がしたのは、その時だった。


「やめだやめ。もう、それくらいでいいだろ」


 手が、僕の肩を抱くように触れていた。

 傷だらけの、大きな手だった。


「これ以上、恥をかくこともないだろ――ほら」


 同じ手が、カレンの肩も抱いている。

 手の持ち主は長髪でひげ面で長身の、スーツを着た中年男だった。


 くたびれた様で、どこかしゅっとした感じもする、癖の強いイケメンだ。

 

 気付くと、僕の中で猛ってた魔力は静まり全身の光は失せ、雷神槌打サンダー・インパクトの迸りも霧散していた。


 カレンの両手もまた、銀色ではなくなっている。

 

 男が言った。

 

「ほら、君も見ろ――また、有名になっちまったぞ?」


 そう言って男が見せたのは、スマホの画面だった。

 動画配信サイトのアプリで、そこには僕と男とカレンが映っている。


(まさか――配信中!?)


 見上げて目に力を込めると、おそらく数百メートル以上の高さで、ドローンが浮かんでいた。

 ということは……アプリに表示されているチャンネル名は。


『Karen’s Style』


 カレンの個人チャンネルだった。

 そして現在の配信に付けられたタイトルは――


『美緒里の彼氏とかいうチビのジャップをこらしめにいく』


 だった。


 男の親切でなのだろう、表示中の画面は日本語に翻訳されている。

 もちろん、コメントも日本語になっていた。


『クラスFのチビにいい勝負されて、カレン、いまどんな気持ち?』

『やっぱり美緒里の方が強いんじゃね?』

『名前だけSSのカレンさん、チィーッス』

『カレンが強いのは認める。しかしこれだけは言わせてもらおう。対 人 戦 は 激 弱』


 多くは、僕を倒せなかった――倒せていないカレンに対する揶揄、侮蔑で。

 そして、僕に触れたコメントもあった。


『このチビ、本当にクラスFかよ!?』

『この子、めっちゃ可愛い顔して、めっちゃ強いじゃん!』

『美緒里はこんな子のチ○ポを毎晩楽しんでるのよ! 羨ましい!』

『私もF○CKして~!!』


 コメントは世界中から来ていて、国籍も表示されてる。

 それにしても……


『ショタ顔ドスケベぴかりん兄貴!! 最強!!』


 という中国からのコメントは、元はどんな文章だったのだろう?


「マジで、もう止めとけ――怖い物が、出てきちまうぜ」


 そう言って男が顎で指したのは、小屋だ。


 間近であれだけの戦いがあったというのに、小屋にはまったく損傷が無かった。

 小屋は、外にある五右衛門風呂も含めて、さんごが強化を施している。


 男が言う『怖い物』とは……おそらく。

 

「それとも、クラスSS探索者カレン・オーフェンノルグの伝説――グロ画像で終わらせるか? 分かるだろ? 死に神の鎌は、最初からお前の首筋に当てられている。世界の薄皮を破りし7つの頭を持つ獣は、いつだってお前を喰い殺すことが出来る……まだ必要か? 言わなきゃならないか? わざわざ俺が顔を晒して出て来たのは、お前を――」


 ぶつり。


 配信が、終わった。


「帰る――次は、殺す」


 そう言ってカレンは去り、その後ろ姿が見えなくなった頃、男が言った。


「なあ、君?」

「はい?」

「君ってさ、知り合いとか好きな女の子じゃオ○ニーしないタイプだろ」

「えっ!? どうして分かるんですか!?」

「ふっ。俺も、男をやって長いからな――さて、そんな俺からのアドバイスだ。たまには、自分のルールを破ってみるってのも悪くはないもんだぜ。じゃあな」

「あの、あの、あなたは……」

「俺は大塚太郎。俺について知りたければ、美織里か建人にでも聞いてみることだな」


 そう言って、男もまた暗闇の酷道に去っていった。

 僕にはもう『どういうこと!?』と喚く気力すら残ってなかった。

 

 疲れた、のひと言しかなかった。

 

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