70.猫はどこかで見ている(1)僕もあの子も中2病

 協会の建物を出ると、さんごを連れた美緒里が待ってた。


「お疲れ~。悪いけど、あたしらは話があるから」


 というわけで、彩ちゃんと神田林さんは美緒里に連れられてどこかへ。さんごも美緒里と一緒に行ったから、僕は1人で小屋に帰ることになった。


 夕暮れの町を歩いて、山へ。


 すれ違う大人の女性に「かわいい」なんて言われたり、道の反対側の歩道から女子中学生に指を指して笑われたりするのも、そろそろ慣れっこになってきた。少なくとも男子中学生の集団にウザ絡みされなかった分だけ、今日はずっとマシだ。


 歩きながら考えてたのは、さっきの模擬戦のことだった。


 山口先生のことは、考えても仕方の無いことだと割り切っている。錯乱して喚きちらす弓ヶ浜さんが他の職員さんに取り押さえられるのを見ながら、神田林さんも彩ちゃんもうんざりした顔になっていた。あれはきっと、僕と同じ心境に至ったのだと思う。探索するたびに異常な事態が起こっているのだ。その1つ1つに心を煩わせていたのでは疲れて仕方が無い。


 試合に話を戻すと、僕の相手は三谷さんという人で、彼は白扇高校探索部の部長だった。

 美緒里に握手を求めて無視された、あの人である。


 彩ちゃんが(僕的には)わけの分からないポイントの取り方をされてたので、シンプルな戦い方で行くことにした。


 簡単に言えば、打撃と締め技だ。


 投げと関節技を除外したのは『必要以上に相手にダメージを与えることを目的とした攻撃』みたいな反則を取られるのを恐れたからで、だからフィニッシュは、バックチョークで行こうと決めていた。


 最初に感じた通り、三谷さんはあまり強くないというか、率直に言って弱かった。


「噂は聞いてるよ。君、強いんだってね。緊張してるみたいだけど大丈夫! 楽しんでいこう!」


 そう言って両手剣を構える三谷さんの前で、僕は模擬戦用の剣を捨てた。


「え?」


 そして戸惑う三谷さんの顔に――すぱん。

 ジャブを出すと、あっさり当たった。


「え? ふぇ? えへぇ?」


 ぱん、ぱん、ぱん――3発ジャブを当てたところで、半ば呆けたようになってる三谷さんの顔面を掴む。

 そしてその口中に『重力』を発生させ、下に引っ張った。


「ほぼぇえぇ………」


『重力』に逆らえず、真っ直ぐ下がってく三谷さんの顔。

 体は折れ曲がり、くの字になり、中腰を超え、くの字の角度はハサミが閉じてくみたいに狭まって、時計の針に喩えるなら、最初は12時30分だったのが、最後は6時20分くらいになっていた。


「えう”ぅ……えう”ぅ…………あ”ぁ…………」


 手を離して解放してやったのは、これ以上やったら『必要以上に相手にダメージを与えることを目的とした攻撃』と見做されかねなかったからだ。


「あ”ぁ……あ”はぁ……はぁ……はぁ……」


 荒い息を吐く三谷さんは棒立ちで、でも僕は何もしなかった。ただ見つめていた。この人が最初に口を開いたとき、分かった。さっき、聞こえてきた声。『あんなのでも、単独で探索できるんだからな』。それと、同じ声だった。


 だから――鼻と鼻が触れそうなほど顔を近づけて、僕は言った。


「こんなのでも、単独で探索できるんですよ」


 そして三谷さんの反応を待たず背後に回り、バックチョーク。

 腕が首にまわった時点で三谷さんがタップして、試合は終わった。


 と、そんな試合を回想して僕が思うのは――


(恥ずかしい……)


 ただ、それだけだった。


 なんなんだこの回想の中の僕って奴は! 傲慢極まりない、中二病的な態度は! ああ怖い怖い怖い……録画されてなくて良かった。美緒里やさんごに見られたら絶対真似される――『こんなのでも、単独で探索できるんですよ』。ひぃいいいいい!!


 赤面極まりない状態で山菜を刈り、小屋に着いた頃には完全に日が暮れていた。


(あれ、美緒里……じゃない)


 小屋の前に、人が立っていた。

 正確には、小屋の横の五右衛門風呂の前に。


 こちらに背中を見せた姿は探索者ジャケットと革のスーツに包まれた女性のもの。

 でも、美緒里ではなかった。

 美緒里よりだいぶ背が低くて、スタイルも幼い。


 声がした。


「最高の場所、最高のタイミング……そのモノがなにより大切にしているモノを破壊し尽くす。可能であれば目の前で。目の前が無理なら、そのモノが幸福の絶頂にあるその時に。未来への希望に輝く瞳を一瞬で曇らせる。幸福を慈しむためのその場所に、破壊し尽くされた幸福を残置して見せつける」


 中2病くさいその言葉に、嫌な予感がした。

 腰の奥が痛いほど引きつり、持ち上げられた胃袋が横隔膜を圧迫する。


「っ!…………」


 息が荒くなりそうなのを堪えながら、取り出したベルト型の魔導具を腰に巻く。スイッチを入れる。風車ファンが回り出す。前方の魔力を吸い込み、魔力に含まれた雑味が精製され、精神感応素材イデア・マテリアルとなり、右腰の貯蔵タンクキャラメルボックスに流れ込んでいく――ばくん!


 貯蔵タンクキャラメルボックスが、弾け飛んだ。

 彼女が振り向いたのと、同時にだった。


「それは止めておけ――人の闇を、勝手に覗くな」


 いま僕の全身は、光り輝いている。意識してないのに、勝手に魔力滞留アイドルが始まっていた。勝手にそうなるのは体内の魔力が飽和したとき、それからスキルが急速に成長したときだと聞いている。過剰な魔力やスキルの成長から、身体を守るための反応だと。いま僕は、そういう状態になっていた。彼女から直接魔力を吸い上げようと考えただけで、そうなっていた。


 彼女の髪は、頬の辺りで揃えられていて。彼女のジャケットは、肋の辺りまでの丈しかなくて。彼女のブーツは、太ももの半ばまで脚を覆い――


 そして彼女の左目は、眼帯に隠されていた。


 僕は、彼女を知っていた。


(これが……クラスSS探索者ダブルエス!)


 彼女は、C4Gのカレン。

 美緒里が所属していたパーティのリーダーだ。


 カレンが言った。


「――殺すか」


 滴る汗は粘つき、僕の身体からは、山に放置された獣の死体みたいな臭いが漂っていた。

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