72.5.猫と美少女たちは何気に仲良し
Side:パイセン
「ちょっと行ってくる」
そう言って、みおりんは部屋を出て行った。
講習のあと『ちょっとお話ししない?』と声をかけられて、私と彩ちゃんが連れてこられたのは駅前のホテルだった。大浴場で汗を流した後、みおりんが滞在してるというスイートに案内され、ルームサービスで何か頼んで話をしようということになり……
「ぷへ~。染みる~」
それで初手からビールを頼む彩ちゃんは、どらみんチャンネルでの彼女とは大違いだった。
「白扇高校ってどうだった? バカだったでしょ~? ギハハハハハハ!」
大口開けて笑うみおりんも、流布されてるイメージとは真逆。
まあ、この2人については、いまさら驚かないけど。
若干の寂しさも憶えながら、既に慣れてしまいつつあるのだけど。
問題はこれというか、この人というか、この猫だった。
「光も舐めてるっていうか完全に見下してるよね!『こんなのでも、単独で探索できるんですよ』だってさ。『こんなのでも、単独で探索できるんですよ』! 美織里、帰ったらこのネタで光をからかってやろうよ!」
さんご君だ。
彩ちゃんのドローンに保存された動画を観ながら、小躍りしている。
2本足で立ち、人間の言葉でモノマネの練習をしながら。
「『こんなのでも、単独で探索できるんですよ』!『こんなのでも、単独で探索できるんですよ』!『こんなのでも、単独で探索できるんですよ』――よし! マスターしたぞ!」
さんご君は『さんごチャンネル』という動画チャンネルで、人気の猫だ。クールなイケメンだけどお茶目なところもあるのが可愛いと評判で、私もチャンネル登録している。複数のガールフレンドをはべらかす最近のラグジュアリー路線はいかがなものかという声もあるけど、それでも魅力的な猫であることには――
「美織里! クラッカーにキャビアと酒盗とチーズを乗せたのが食べたい! 注文して!」
猫だよね?
みおりんに聞いてみよう。
「あの、さんご君……彼って?」
「ああ、そいつ異世界から来た宇宙猫だから」
「そうなんだ……」
異世界で宇宙なら、猫が喋ってもおかしくは――おい!
「悪目立ちしたくないからね! 普段は普通の猫を装っているというわけさ! でも彩やパイセンの前なら、そろそろ素の僕を見せてもいいかなって思ってね! こういう席を用意してもらったというわけさ!」
「そうなんだ……」
内心で頭を抱える私の横で、彩ちゃんが3杯目のジョッキを煽って言った。
「ぷへ~。そうなんですか~」
初手から酔っ払ってる彼女に、2本足で立ち人間の言葉を話す猫というのがどの程度のインパクトで受け止められてるかは、私には窺い知ることすらできなかった。
「ぶへ~。ぷひ~」
私にも、いつかお酒を飲み、こんな風に寝落ち寸前の表情で頭をぐらぐら揺らしたりする日が来るのだろうか……
「美織里さん……それで今日のお話しというのは、私たちにさんご君の
「みおりんね、みおりん。『さん』はいらないから。パイセンなんだし。そうね~。それもあるけど、それだけじゃない。これからパーティーを組むにあたって、あなたたちに聞いておきたいことがあったのよ」
「聞いておきたい……こと?」
「ぶっちゃけ、光のこと、好き?」
「え……」
「私は~。ぷひ~。とりあえず、みおりんと変な感じになりたくないし~。そういう感情は起こらない方向で努力するって感じですかね~。ぷは~。4杯目、いいですかあ?」
言葉に詰まる私に対し、酔っぱらいが意外とちゃんとした答えを返した。
「じゃあ、あたしがいなかったら~?」
「それなら~。結婚を前提としたお付き合いであれば~。ぷひ~」
「結婚はダメ! あたしとするから」
「じゃあいいです~。ぷは~」
なんだ、この酔っぱらいたち……『あたしがいなかったら』という前提が、一瞬で消えている。いや、みおりんは素面か。『高度に発達した科学は魔法と見分けが付かない』的な感じで『高度にXXしたみおりんは酔っぱらいと見分けが付かない』というフレーズを捻り出そうとする私だったのだが、しかし肝心の『XX』が思い付かず、それでも『みおりんは普段から酔っ払ってるのと変わらない』と表現するのは、ファンというか元信者であり『みおりんしか勝たん』というコテハンの持ち主だった身としては躊躇われるのだった。
「パイセンはどう?」
「みおりんが、いないなら」
これは、正直な気持ちだ。
逆に、好きにならないでいる理由が無い。最初はみおりんに害なす邪魔くさい虫くらいに思ってたのが、いやだからか、何度かの探索を共にして、もちろん吊り橋効果的なものがあるのも否めないのだけど、それでも間近で接した彼は優しくて、可愛くて、頼もしくて、ちょっと意地っ張りで優柔不断だったりする欠点も含めて、惹かれずにはいられない存在だった。
ああ、でもこれは……みおりんがいなければ好きになるのではなく。
「じゃあ、あたしがいなかったら付き合いたいってことだよね」
「え……あ……はい」
「もう、好きってことだよね」
「…………はい」
そういうことなのだ。
見事に、この平常運転が酔っぱらいみたいなみおりんに、ひっかけられてしまった。
「で、彩ちゃんは? また聞くけど」
「ええ~。私は~。ぷへぇ~」
「光とエッチしたくない?」
「したいですけど~。ぷは~。結婚するまでは誰ともしないと決めてるので~。光君となら結婚してもいいですけど~。ぽひ~。何杯飲んでも効く~」
さらっと凄い情報が開示されたような気がするけど、無視しよう。
それより、みおりんの言いたいことが、なんとなく分かった気がした。
「みおりんは……私たちを、春田君の側室にしたいんですか?」
「そうそう。これから、光には女が群がってくると思うのよ。異世界の姫騎士とか。だから、光のなんていうか浮気スロットっていうか、そういう枠を、あたしの好……あたしの嫌いじゃない……この子ならまあいいかなって人に……あなたたちに埋めてもらおうと思って」
「さらっと酷いこと言ってますね。他人をなんだと思ってるんですか?」
「うっう~ん。うっ、うっ、う~~~ん」
私の抗議を、ぞんざいな唸り声で誤魔化すみおりん。
そんなみおりんに、一番気になることを、私は聞いてみた。
「じゃあ、みおりんは……もしも春田君が、たとえば私を好きになって……それでみおりんが一番じゃなくなっても、いいんですか?」
みおりんは、即答だった。
「それは大丈夫。あたしは初めて会った6歳の時から光が好き――光が好きなの。あたしの10年の愛に、あなたたちが勝てるとは思わない」
そう答えた一瞬だけ、みおりんの目が素面に戻った。
まあ、もともと素面なんだけど。
さんご君が声をあげたのは、その時だった。
「では3人とも、いずれは光と交尾するということで――これを観て欲しい」
空中にディスプレイが現れ、映像が表示される。
それは、動画サイトのライブ配信だった。
チャンネル名は『Karen’s Style』。
そして配信のタイトルは――
『美緒里の彼氏とかいうチビのジャップをこらしめにいく』
画面では、D4Cリーダーの
これから何が始まるかは、明白だった。
さんご君が言った。
「光の真皮下に結界を予備展開――Ⅲ度以上の熱傷、もしくは身体欠損が予想された時点、もしくは
「いいわ……カレン程度なら、これで問題ない」
答えるみおりんの顔は――ああ、きっとそうなのだ。
ZZダンジョンの大顔系モンスターや、YYダンジョンの凶刃巻島。ダンジョンで春田君が危険な目に遭うたび、彼女は助けに来た。その姿は自信満々で、焦りの欠片も見えなくて。でも、その直前――彼を助けに向かう、その直前は、きっと。
「光……光……光……大丈夫……光は大丈夫だから…………光……光……光…………大丈夫……絶対…………光……あたしが…………あたしが……………………」
こんな顔と声で、不安と戦っていたのだ。
でも……どうしてだろう?
みおりんは、どうして今すぐ、春田君を助けに行かないのだろう?
そんな疑問を見透かした様に、さんご君が言った。
「僕らは、光を強くしようとしている。そのためには、経験が必要だ。光に経験を与えるため、だから僕たちは、光に訪れる、ある程度までの危険を見過ごし、光自身に対処を行わせている」
それは酷く機械的な、古い翻訳ソフトが吐き出したような台詞で、言葉の繋がりのぎこちなさは、言葉が指している以外の何かを表してるようにも感じられた。
『カレン・オーフェンノルグ』と春田君の戦いは、数分で終わった。
「ちょっと行ってくる――パイセン、悪いんだけど、今夜は、さんごを預かってくれないかな」
そう言ってみおりんは壁をすり抜け、次の瞬間には銀色のサーフボードに乗って空を飛んでいった。
直感でも、予感でもない。
みおりんのそんな姿を見て、私は、未来を誰より先に見たような気がしていた。
これから、彼女は春田君に抱かれるのだと。
今夜、2人は結ばれるのだと。
画面に映る春田君は凜々しくて可愛くて――素敵で。視聴者の『私もF○CKして~!!』というコメントに、胸の奥が痛くなる。私が、この人の恋人になれたら。本当に、みおりんに許してもらえるのなら。たとえ、彼の1番でなくても――さんご君が言った。
「美織里以外が、光の1番になることはないだろう。でもそれを思い知らされるような、残酷な事態は訪れないと思う。光も美織里も優しいから――ねえ。君たちだって、そうだろう? 少なくとも、僕にはそう思えるんだけどね」
私は、全身が熱くなってるのに気付いて、頬に触れると灼けるようだった。
その時だった――ばん!
「いつまで待ってればいいんじゃ~。わしゃもう待ちくたびれたんじゃ~。オヨヨッ! 美織里がおらんではないか~。やい猫ちゃん! こりゃどういうことなんじゃとて~」
クローゼットから、おかっぱ頭の幼女が飛び出したのだった。
私は、彼女を知っていた。
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お読みいただきありがとうございます。
これで第4章は終わりです。
以前にも書きましたが、この作品は2章でアニメ1シーズンくらいのイメージで考えています。第5章は劇場版のイメージで行きたいですね。
面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、
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