猫と彼女と新事務所
73.猫がいぬ間にいちゃいちゃします
翌朝、目を覚まして。
隣にいる美織里を見て、僕は言葉を失う。
先に目を覚まして僕を観察してたらしい、美織里が聞いた。
「どうしたの?」
「うん……」
「言って」
「美織里が……綺麗で……可愛いから…………驚いて」
「ふーん、そうなんだ」
美織里が身体を起こして、一瞬、頬が触れあった。
とても、熱かった。
それから別々にシャワーを浴びて、朝食を食べて、7時をちょっとまわった頃。
「は~い、小田切エクスプレスで~す」
美織里の制服や諸々の衣類の入ったバッグが、玄関から放り込まれた。
元ダンジョン&ランナーズのマネージャー、そしてこれからは美織里の新事務所の社長になる、小田切さんだ。
中に入ってお茶でもと思ったけど固持されたので、外までコーヒーを運ぶことにした。
「すいません、小田切さん……急に、こんなことになって」
「え~、いいわよう。探索者も半分は芸能人みたいなものだから、こういうのは慣れてる。でも、美織里にこういう日が来るとはねぇ…………う”っ、う”う”っ、う”う”う”う”っ」
俯いて肩を震わせ、小田切さんは――笑いをこらえていた。
「でも、良かったわぁ。相手が従兄弟君で。君じゃ無かったら……君みたいな子を美織里は探し続けてたと思う。本当はね、初めて君に会ったとき、ぞっとしたのよ。君みたいな……こんな子は、他にはいないなって思ったから。だから、君とこうなれなかったら、きっと美織里は、見つからない相手を探して彷徨い続けることになってた。それか、最初から探すこともせず、諦めてたか。そんなの誰にでも言えることなんだけど……ほら、あの子は極端だから。ああ、そうそう。さんご君はどうする?」
さんごは、神田林さんの家に厄介になってると聞いた。
「神田林さんに連絡して、迎えに行くつもりですけど」
「それがねえ……迎えに来いって言ってるのよ」
さんごが? さんごが人の言葉を話せるのは、神田林さんと彩ちゃんには教えたと美織里に聞いたけど――小田切さんにも?
「あー、ごめん。昨日、教えてもらった。でも神田林さんのご家族にまで教えるわけにはいかないから、あちらのお宅では喋ってない――はず。迎えに来いって言ってるのはね、『マリア・ガルーン』」
マリア・ガルーンはクラスSSS探索者で、美織里の師匠だ。
普段は中南米のダンジョンを中心に活動している。
その彼女が――
「来日してたんですか!?」
「昨日ね。本当は金曜日のはずで、そういう予定でホテルを取ってあったんだけど……まあ、無駄にはならないんだけどね。そうそう。従兄弟君も、来週の月曜は東京に来てくれるのよね?」
「はい。その予定ですけど」
「多分、時差ぼけで酷いだろうけどよろしく」
時差ぼけ……マリア・ガルーンが、時差ぼけで変なことになってるとか?
「お待たせ――ウッシ」
「ウッシ」
美織里と小田桐さんが、拳でハイタッチする。
制服に着替え、朝の陽光の下に現れた美織里は、光り輝いていた。
言語を超越した、異次元の存在。
そんな風にしか表現できないくらい、清らかで、美しくて。
(こんなに綺麗な人に、僕はなんてことを……)
昨夜、自分が美織里にしたことを思い出して罪悪感を抱いてしまうほどだった。
さんごとマリア・ガルーンを迎えに行くため、小田切さんには放課後迎えに来てもらうことになった。
「ほら……何か忘れてない? ほら」
歩き出すなり催促され、腕を組んで学校へ。
クラスのみんなは一目でさとったようで、一瞬、教室が静まりかえる。
「まあ、そういうことなんだけど! 情報解禁は7月1日だから。石原章人で話すからそれまではツイッピーもdigdogも無しってことでよろしく~」
席に着くと、建人と目があった。
健人は、恐ろしいものを見るような目をしていた。
それで、昨夜聞いた言葉が蘇った。
『俺について知りたければ、美織里か建人にでも聞いてみることだな』
大塚太郎と名乗る、謎の男の言葉だ。
それで美織里に聞いたら『健人に聞いて』と言われたんだけど……
というわけで休み時間に、建人から、大塚太郎について話を聞くことにした。
健人によると――
「ああ、大塚太郎な。そうだな……どこから話すかなんだけど……3年前かな。始めてあいつに会ったのは。月に1度、お袋が家に帰らない日があったんだよ。だからその日は、俺も塾の帰りに12時くらいまで遊んでから家に帰ってたんだけど……美織里はもう家にいなかったし、親父は俺が何やっても文句なんて言えないから……俺はもう、その頃には180センチ以上あったし、補導もされないから、普通に街をふらふらして。そしたらさ……見ちゃったのよ。お袋と大塚太郎が、ホテルに入ってくとこを」
え!? それって不倫――あの叔母さんが!?
「息子としてはショックでさ……朝になってホテルから出てくるとこを捕まえて聞いたんだよ『こいつ誰だ!?』って……そしたらさ、お袋……『あなたのお父さんよ』って。そうなんだよ……大塚太郎は、俺の実の父親だったんだよ。離婚して、俺の養育費のことなんかで会ってるうちにまた仲良くなって、月1で会ってヤってたって――聞いたら、俺が1歳の頃からって。思わず言ったよ『だったら俺のこと育てろや! 再婚しろや!』って。そしたら大塚太郎が――『俺、ウザい奴だぜ』って。3年前より前までは休みの日の昼間に会ってたっていうんだけど、お袋の仕事が忙しくなって夜に会うようになったって……ああ、あとお袋と今の親父は偽装夫婦だから。結婚する前も後も1度もヤってないって言ってた」
建人から得られた情報は、以上だった。
濃過ぎて甥としてかなりショッキングな内容ではあったけど、結局、カレンの戦いに割り込んできた謎の男としての大塚太郎については、まったく参考にならない話だった。
(もっとも、大塚太郎について知らなくても――謎の男のままでも、何も困らないんだよなあ……)
そんなことを考えながら廊下を歩いてると、声をかけられた。
「おお春田君、ちょうど良かった」
校長先生だった。
何かと思ったら――校長先生の横に立ってる、小柄な人が頭を下げた。
「7月からダンジョン探索部の顧問を務める、洞木彩です――よろしくお願いします」
彩ちゃんだった。
彼女は、7月から僕の高校で非常勤講師として働くことになっていて、同時にダンジョン探索部の顧問になることが決定しているのだ。
「洞木先生は7月1日から働くことになってるんだけどね、その日は探索者協会の講習があって出勤できないそうなんだ。それで先に挨拶だけでもということで、今日は来てもらったんだけどね。春田君は――ああ、その、講習というのはもしかして」
「はい。一緒に受講します」
「そうか。怪我しないように、気を付けてね。じゃ、行きましょうか。洞木先生」
「はい」
というわけで、校長先生の後を歩くスーツ姿の彩ちゃんは、メイスと盾でゴブリンをミンチにする探索者とはとうてい思えなかった。そういえば、別れ際になんだか意味あり気な目で僕を見てたけど、あれはなんだったんだろう?
(もしかして、美織里とのことを彩ちゃんも……いや、知ってると考えない方が不自然か)
その後、特にトラブルも無く放課後になった。
小田切さんの運転する車で神田林さんの家に着くと――
「いやぁ~! マリアちゃんはうちの子になるの~。びええええええん!」
幼女が幼女に抱きついて、ギャン泣きしてたのだった。
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お読みいただきありがとうございます。
今回から新章スタートです。
この章も18話+閑話で終わる予定です。
なお、ダンジョン絡みのエピソードは77話から始まる模様。
面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、
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