74.猫とドイツに行きました
神田林さんの自宅前――
「いやぁ~! マリアちゃんはうちの子になるの~。びええええええん!」
幼女が2人いて、片方の幼女がもう片方の幼女に抱きついて泣き叫んでいる。
しかしもう片方の――泣いてない方の幼女は、実は幼女じゃない。
マリア・ガルーン――クラスSSS探索者で、美織里の師匠だ。
昨日来日して駅前のホテルに泊まるはずだったのだけど、何故かさんごと一緒に神田林さんの家に厄介になってたのだった。
それで僕は小田切さんに頼まれ、さんごとマルア・ガルーンを迎えに来たのだけど……
「
マリア・ガルーンが、幼女――蘭々ちゃんに捕まってしまってるというわけなのだった。
車から降りてきた美織里が、取りなそうとしたのだが。
「こんにちは~。蘭々ちゃんっていうの? 可愛いね~」
「おばさんは可愛くないね。大きいし」
撃沈した。
ちなみに美織里は身長179センチだ。
「ボソッ。このガキ……」
ガキとか言わない。
ところで、神田林さんはまだ帰って――来た。
一目で、状況を察したらしく。
「姪なんです。一昨日から姉が里帰りしていて――申し訳ありません」
マリア・ガルーンに頭を下げる。
しかしその横で、蘭々ちゃんが。
「おばあちゃん、お帰りなさーい」
どうして蘭々ちゃんが神田林さんを『おばあちゃん』と呼ぶのかは、神田林さんの命名にまつわるエピソード(第65話参照)を知ってる僕には、なんとなく理解できるのだけど……
「ボソッ。このガキ……」
ガキとか言わない。
それでもなんとか、さんごとマリア・ガルーンを回収して、神田林家を離れることが出来たのだった。
車が走り出すと、マリア・ガルーンが盛大に愚痴を言い始めた。
「この猫ちゃんに騙されたのじゃ~。本当はホテルに泊まるはずだったのに~。『日本の家庭料理には美味しいものが沢山あるよ。これから師弟関係になるのだし、今夜は彼女の家に泊めてもらったらどうだい?』なんて言われてほいほいパイセンの家に行ってしまったのじゃ~。そしたらこいつは! この猫ちゃんは! 自分がオモチャにされるのが嫌でわしを蘭々ちゃんに差し出しくさったのじゃ~。オヨヨなのじゃ~。アジャパーなのじゃ~」
事情は、だいたい分かった。
ところで、師弟関係って?
「あー、マリアにはパイセンと彩ちゃんの師匠になってもらうから」
と、美織里。
「動画を見せてもらったのじゃ~。将来有望なのじゃ~」
マリア・ガルーンの指導……僕も受けてみたい。
と思ったら。
「ぴかりんには、わしより適任な師匠がおるのじゃ~。もう会ってるはずじゃとて~」
「え?」
嫌な予感がした――そしてこういう予感は、だいたい当たる。
その通りだった。
「大塚太郎よ」
そう告げる美織里の意地悪な笑みに、何故だか僕は、ほっとしたような気持ちになるのだった。
●
美織里の滞在するホテルに着いて、美織里とマリアとはそこでお別れ、と思ったら違った。
美織里が言った。
「降りちゃダメよ。あんたも泊まるんだから」
「え?」
というか、ホテルに泊まるなら泊まるで車から降りなくちゃならないのでは?
会話の迷走が始まりそうなところで、小田切さんが割って入った。
「はいこれ、従兄弟くんの分ね」
渡されたのは、パスポートだった。
「美織里、言ってなかったのね……明日からのこと。今月いっぱい――来週の火曜日までは、美織里はダンジョン&ランナーズの契約探索者なの。で、その間はダンジョン&ランナーズの契約してる施設も使い放題ってわけ。というわけで従兄弟くん。君には明日から、ドイツに行ってもらいます。これから車で東京に行って、そこから飛行機でドイツ! つまりホテルに泊まるっていうのは、ここじゃなくてドイツのホテルにってこと。さあ美織里、荷物取って来ちゃって!」
あの……だったら僕も、荷物の準備が必要なのでは?
「それもそうね……男の子なんて、スマホとパスポートだけあれば大丈夫でしょくらいの気持ちだったわ。てへっ」
いや『てへっ』じゃなくて……ところでドイツへ何をしに行くんだろう?
答えは、トランクケースを手に早くも戻ってきた美織里からだった。
「車の運転を習いに行くのよ――ニュルブルクリンクにね!」
●
そしてほぼ24時間後、僕はドイツにいた。
ドイツのニュルブルクリンク――そこにあるサーキットに。
レースだけでなく自動車メーカーのテストコースとしても使われていて、世界で一番過酷なコースとも呼ばれている。通称は『緑の地獄』。僕が走るのはインダストリアルプールという時間帯で、見てると街では見かけないような塗装の外車が、時々ジャンプしたりしながら凄いスピードで走っていた。
ちなみにサーキットに着くまでの僕の運転歴は、空港からサーキットまでの100キロ強。
レンタカーで、美織里の指導を受けながらだった。
「これくらいアクセル踏めれば、そこそこいけるんじゃない?」
「にゃー」
というのが、美織里とさんごからの評価だ。
教習所でオートバイを練習したときと同じで、サーキットでもインストラクターと車をまとめてレンタルする。もっともお金を払うのはダンジョン&ランナーズで、往復の旅費も経費で落ちるから、実際に僕らが使うお金は道中での飲食にかかった分だけらしい。
インストラクターが話すのは、当然、ドイツ語。
「ダンショー・ノウヒン・ピカリン」
よく分からないけど、最初はインストラクターの運転でコースを回り、それが終わったら僕が運転する番だ。
「ダデスクート・シュメラバシュライミン・ドゥベスタデンティーヤ・ピカリン」
やはり何を言われてるかは分からないけど、怒られてるのではないみたいだ。
「ジーニ! ジーニ! ジーニ! ピカリン!」
何周かコースを回ると、ドイツの猫をナンパするさんごを撮影してた美織里に、インストラクターが声をかけに行った。
「ちょっと~。光、来て~」
僕も呼ばれて行くと、美織里が、僕にはもう「ジーニ! ジーニ!」としか言わなくなったインストラクターを見て。
「この人、あんたのファンなんだって。カレンと戦ってる動画も観たけどそれ以前から。それで志願してあんたのこと教えることになったんだけど、ぶっちゃけ天才だから、ベンツだけじゃなくていろんな車に乗せてあげたいんだって」
「えっ!? 僕が乗ってる車ってベンツだったの!?」
「そうだよ。
それから僕は、ポルシェとかBMWとかマクラーレンとかスバルとかの凄い車を運転させてもらった。それと楽しかったのは、サーキットというのがイメージしてたよりも路面がでこぼこしていて、小屋の近くの酷道を思い起こさせたことだった。
「「「「「「ジーニ、ジーニ。ピカリン、ジーニ」」」」」」
練習を終えて車を降りると、なんだか偉そうな人たちが寄ってきて握手攻めになった。
美織里によると、このサーキットの関係者や、ダンジョン&ランナーズのヨーロッパ支社の人たちらしい。
「光――よくやった」
そう言って美織里が浮かべた笑みの意味が分かったのは、夕食の時だった。
予約したレストランの前で、僕らを待ってる人がいたのだ。
「おーい、ぴかりん。久しぶり~」
「オッメ、エ”ッレェオドゴマエ”ニナッデルデネノ」
「また会えて嬉しい……欧州へようこそ」
赤松さん、ガルシアさん、山際さん――ファストファインダースの3人だった。
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お読みいただきありがとうございます。
ニュルブルクリンクで運転を練習するのは以前から考えていたのですが、ようやく書けて良かったです。
光に運転の才能がある理由については、そのうち書ければ思います。
面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、
フォローや☆☆☆評価、応援などよろしくお願いいたします!
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