185.猫と3番目のお嫁さん(前)

 行為の後、パイセンと話しながら、僕は彼女の身体を撫で回していた。


「光くん、触るの好きだよね」

「触ってると、気持ちいいし」

「……ビーズクッション的な?」

「それとは違うと思うけど」


 パイセンの身体は柔らかくて滑らかで、触ってて気持ちよくて、飽きない。もっともそれをいったら美織里や彩ちゃんの身体も同じで、女性の身体とは、そういうものなのかもしれなかった。


 でもこんなに気持ちよくてどきどきして幸せな気持ちになれるのは、好きな人だからに違いない。


 そんな僕の心を見透かした様に、パイセンが笑った。


「……ふふっ」


 ふと思うのは、彼女が普通の女の子だということだ。美織里や彩ちゃんと違って、パイセンには彼女達のような常人離れした気質や背景がない。


 探索者も、美織里や彩ちゃんに比べればほとんどが普通の人で、才能を除けば、パイセンもまた普通の側に留まるはずの人だったと思う。


 でもそんな彼女が、さんごや宇宙の精神生命体、異世界人との出会いや冒険に出くわすことになった、そのきっかけ――責任は、僕にあるのだ。


「……変なこと、考えてない?」


 頬を突かれて見ると、パイセンが笑っていた。ついさっきまでとは、違うように見える笑みで、彼女は言った。


「光くんは、何も悪くないよ。っていうか感謝しかない……私は、光くんと出会わなかったら、あの街で大人になって、悪い人にすらなれない、ありがちな良い人で終わってたと思う。ううん。ありがちな……公私ともにそつがなくて、でも心の中では不満だらけで、他人が馬鹿に見えて、でもそんな自分の馬鹿でなさは――自分は他人と違うって想いは、SNSで有名人を論破することくらいでしか満たせない、そんな……ありがちなしょっぱいオタクになって、しょっぱい人生を送ってたと思う……だから、光くんは……そうでない人生に、その入り口に私を立たせてくれた恩人で……その恩人が私の好きな人で……私を好きになってくれて……なんだろう。やだな……だから光くんは、こんな、涙が出ちゃうくらい、嬉しくて……幸せな気持ちにしてくれる……そういう人、です」


 部屋が明るくなるのを待って、廊下に出た。


「お楽しみ様でございます」


 ガウンを受け取ると、廊下にまた香が焚かれているのが分かった。


 出口に向かって歩きながら、思い出すことがあって、僕は言った。


「そうだ。パイセンのご両親にも挨拶しないとね――結婚したんだから」


「そうね……ん?」


 一度は頷いたパイセンだったけど、すぐに僕を見上げて。


「挨拶されても、逆に困るんじゃない? だって、結婚っていっても異世界でだし。私達の世界じゃ何が変わったわけでもないっていうか……エッチ……するようになっただけだし。言うの? うちの両親に。『娘さんと付き合ってます! これからばんばんエッチするので、挨拶に来ました!』って」


「それは……ないね」


「……でしょ?」


 真面目な顔で言うパイセンは、いつものクールな彼女に戻っていた。でも、以前から思っていたことではあったのだけど、そこがたまらなく――


(可愛い)


 と思ってしまう僕なのだった。



 そして再び控え室に戻ったのだけど、当然、パイセンも一緒だった。


「みおりん、にやにやしないで」

「ごめ~ん(にやにや)」


 寝椅子で身体を拭きながら、パイセンが美織里に抗議する。僕らが部屋に入る直前まで、美織里は世話役の女性達と仲良くなったらしく、なにやら盛り上がっていた。


「パイセン、背中拭いてあげるね」

「うん。ありがと」


 いちゃいちゃしてるともいえる二人の横で、僕は自分で自分の身体を拭く。美織里は『これってさ、本当は新郎新婦で綺麗にしあうんじゃない?』と美織里は言ってたけど、そうでもないんじゃないかと、僕は思い始めている。


 並んだ寝椅子で、裸になって、でもお互いに触れもせずそれぞれに自分の身体を拭く――これが、結婚生活というものの距離感なんじゃないかとか。


 そんなことを考えながら、三度準備を終え、僕は神殿に向かった。


 ●


 神殿前に集まる人は、既に結婚式なんてどうでもよくなってる感じだった。


「「「「「あでー、ぼでー、ぽひーぽひー」」」」」


 酔っ払った彼らからは、1つとして意味ある言葉が紡がれていない。屋台の店員も、注文はとらず、手を上げてる人のところに行って品物を置き、彼らの懐に手を突っ込んで金を奪っていくだけだ。


 唯一、変わらないのは神父だけだった。


「新婦よ! 濡れそぼる草むらを、地に広げよ!」


 呼ばれて登場したのは、彩ちゃんだ。


 彼女の登場の仕方が誰に倣っているかは、消去法でも、故事の内容からも予想が付いていた。


 タラシーノ国の初代王『イーサン・ド・スケベーヌ1世』の妃『マニエラ』『モエラ』『セリア』。


 美織里が『マニエラ』に習い、パイセンは『モエラ』だった――残るは『セリア』一人。


 彩ちゃんが倣うのは『セリア』で間違いない。


 そして彩ちゃんが『セリア』に倣うなら、どんな登場をするかも予想が出来た。


『セリア』には、テイムしたドラゴンを駆って奔走していたという故事がある。


 だから当然、彩ちゃんも。


「きゅ~~~~~!!」


 声のする方を見れば、そこにはどらみんに跨がる彩ちゃんがいた。


=======================

お読みいただきありがとうございます。


面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、

フォローや☆☆☆評価、応援などよろしくお願いいたします!

コメントをいただけると、たいへん励みになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る