63.猫はいないが厄介は尽きず(1)不快な協会職員

本日は、20時にも投稿します。

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 そして次の水曜日――『新探索者向けダンジョン講習会3』の日だ。


 僕と、神田林さんと、彩ちゃんは。


「おはようございまーす」

「おはようございます! あれ。今日はどらみんは?」

「今日は私だけってことで、親に預けてきました」

「おはようございます……さんご君は?」

「今日は、美緒里のお供でYYダンジョンに潜ってます」

「へー」

「へー」


 駅前で集合して、探索者協会の建物に向かった。

 いつもの会議室に入ると、今日の受講者は僕たちだけだった。


 講師は、今回も一ノ瀬さんと弓ヶ浜さんだ。

 山口先生が亡くなったのは、当然、弓ヶ浜さんも知ってるはずなんだけど……


「弓ヶ浜きらりです。クラスC探索者で、本日は講師の皆さんの補佐を務めさせていただきます――よろしくお願いします!」


 と、まったく普通の様子だった。

 仕事なんだから当然かもしれないけど、少なからず憔悴してるんじゃないかと思っていたのだ。もっとも、逆に憔悴して見えたとしても、それは僕が弓ヶ浜さんと山口先生の関係を知ってるからそう見えるだけなのかもしれないけど。


 座学は、主に野営の流れについてだった。

 テントの張り方を始めとした詳細な部分については、実習で教えるのだそうだ。


「では、午後のダンジョン探索実習は彼が担当します」


 一ノ瀬さんは外せない用事が出来たということで、午後の実習は別の職員さんに交代することになった。

 がっちりした体型の、一ノ瀬さんよりもちょっと年下に見える男性だ。


「馬淵巌です! 自分はクラスD探索者ですが、昨年、現役を退きました。しかし実力を維持するためトレーニングは行っていますし、協会の仕事でダンジョンにも潜っています! みなさんを指導するのに実力は十分です! 信頼して着いてきてください!」


 後で聞くと、既にこの挨拶の時点で、神田林さんも彩ちゃんも弓ヶ浜さんも、この馬淵さんという人に対して違和感というか不信感、もっと言うなら『イヤだな~』という気持ちを抱いていたそうだ。


 僕らも馬淵さんに自己紹介した後、探索者協会のワゴン車でダンジョンに向かった。


 実習が行われるのは、XXダンジョンだ。


「はい! ではダンジョンに入ります。自分が先導しますが、みなさん『講習会3』を受講する資格があるということですから、それを前提としたペースで探索を行います。自分に着いてこれないのは論外! 脱落者が出た場合は、その時点で講習を中止しますし、再受講についても、受講する資格の有無を厳正に審査するよう協会事務局に進言します! その点を! しっかり! 肝に銘じて! 決して気を抜かないように! 出発! もたもたするな!」


 今回の目的地は、低層の南東に位置する『野営エリア』だ。


 そこだけ地面の起伏が少なく面積も広いことから、探索者が集まって野営する場所になっている。5メートル×5メートルに区切られたスペースをみんなで分け合って使い、協会を通じてスペースの予約も出来る。


「マップチェックを先導者任せにしない! 1人1人が先導者のつもりで! お客様気分が抜けないなら、すぐに帰れ! ただし二度と講習は受けさせないからな! それが嫌だったら死ぬ気で集中しろ! 死んでもいい覚悟で死なないように振る舞え! そういう覚悟を持てないなら探索なんてするな!」


 野営エリアに着くまでには、当然、何度か戦闘を行うことになるわけだが。


「ぶりゃあああ! どっせえい!」


 数日前のGGダンジョンで覚醒した勢いのまま、彩ちゃんがモーニングスターを振るえば。


「ふっ、しっ、しっ…………クリア」


 神田林さんもまた、GGダンジョンで強化したスキルでモンスターを倒しまくる。


 そんな2人に――


「モンスターが倒れても気を抜くな! 残心しろ! 残心! 何度も言わせるな! 負傷したら置いてかれると思え! 仲間のお荷物になってもいいのか!? お前らが気を抜いたせいで仲間が死ぬかもしれないんだぞ! たった1秒注意を切らしただけで、他人の1生を台無しにするかもしれないんだぞ!? 分かってるのか!? おい!!」

 

 馬淵さんは叱咤激励の大声をぶつけるのだが、実はここまでの戦闘で、馬淵さんは一度も攻防に加わっていなかった。いや、加われなかったと言った方が正しいだろう。戦闘中の馬淵さんはコンビニの使えないバイトみたいで、率直に言うなら、ただいるだけで邪魔だった。それなのに、いやそれだからか上から目線の大声をぶつけてくる。


 そんな馬淵さんに2人は――


「ぼそっ。そんなに言うなら見本を見せてくれればいいのに……ああ。棒みたく突っ立って大声を出してるのが見本ですか。じゃあ私も、次の戦闘からはそうしてみましょうかね……」

「ちょ、ちょっとパイセン(ぷーっ、くすくす)」


 そんな声と苦笑いを弓ヶ浜さんに向けて見せ。

 そして向けられた弓ヶ浜さんも。


「…………(ぐっ)」


 2人に向けて、苦笑とサムズアップで返す。


 それは、馬淵さんにも見えていただろう。しかし見えても構わない――その程度の相手だと、探索を始めて1時間も経ってないここまでで、彼女たちは馬淵さんのことを舐めてというか見切ってしまっていたのだった。


 こういう時の女性の残酷さや、容赦なさや、連帯の早さについては知ってたつもりだったけど、慄きとともに、僕は改めて思い知らされたような気持ちになっていた。


「ぐぬっ…………前進再開!」


 そして、それでも変わらぬ大声の号令により、僕らは再び前進を始めるのだった。



「あんれぇえ。光ちゃんでねえの」


 声をかけられたのは、野営エリアまで数百メートルといったところでだった。

 80歳過ぎくらいに見える、老人だ。


「こんにちは、源三さん。今日もダンジョン苔ですか?」

「そうよぅ。最近は注文が多くてよぅ」


 源三さんは、僕が住んでる山の、町とは反対側にある村の住人だ。

 以前は、祖父ちゃんに連れられて、よく村に遊びに行っていた。だから村のほとんどの人とは顔見知りで、僕に山菜の採り方を教えてくれたのも、源三さんをはじめとする村の人たちだった。


「ふんじゃよぅ。まぁた遊びに来いよぉ」

「はい! じゃあまた! 遊びに行きますね!」


 ダンジョンの中だし、源三さんとは挨拶だけで別れた。

 そんな歩いてすれ違いながらの、会話とも言えない言葉のやりとりだったのだが。


「げふんげふんっ!」


 咳払いと共に、咎めるような視線が向けられてきた。

 しかしそれも。


「率直に言って?」

「ぼそ。糞の役にも立たない糞野郎」


 そんなフェミニンな悪口によって霧散させられる。

 


 それから5分も経たず――


「あれ?――混んでませんか?」

「混んでますねえ……」

「…………やめてよ」


 野営エリアに着くと、先客がいた。

 僕らと変わらない年齢の、つまり高校生が十数人。

 全員、着ているのは同じデザインの探索者ジャケットだ。


白扇高校はくせんの探索部ですね」


 と、彩ちゃん。

 白扇高校といえば――そうだ。


「……私の高校よ」


 そう言う神田林さんの表情は何も訴えておらず、つまり、顔に表したくないような感情が渦巻いてるということに違いない。


 神田林さんが白扇高校に通っているという情報を得たのは、美緒里からだった。雑談の中で話題になったのだ。『パイセンって白扇高校なんだね~。白扇高校っていえばさあ。日本に帰ってきてすぐ、表敬訪問ってのをされたのよ。協会に呼び出されて何かと思って行ったら、白扇高校の探索部の部長とか副部長とか顧問の先生とかってのが雁首そろえててさあ。『同じ10代の探索者として、春田さんの活躍が報じられるたび刺激を受けています!』なんて言って握手を求めてくるわけ。部長ってのが。で、無視してたらさあ。『失礼じゃないか!』って顧問の先生ってのが怒ってきたから『握手って目上の者から手を伸ばすものですよねえ?』って言ったら3人とも赤くなっちゃってさあ。バカだけどその程度の羞恥心はあったってことなのね。ぎゃはははは~!』。それで気になって調べたら、全国の高校が集まる『高校探索部技能競技会』で、白扇高校は3年連続でベスト4に入ってることが分かったりしたのだった。


「神田林さん、高校の探索部には?」

「……入ってない」

「学校で話したりとかは……」

「しない」

「じゃあ、あまり見られたく……」

「見られたくないし、見つかりたくない」

「うん。分かった」


 そういうことになった。


 しかし――


「あっちの隅に協会が確保してるスペースがある! 他の探索者の邪魔にならないように! 気を付けて! しかし急いで! もたもたするな!」


 馬淵さんに案内された場所に行くと……


「『白扇高校探索部』……」


 そう書かれた荷物が、山積みになっていたのだった。


 探索者協会の予約したスペースであることを示す立て札はあるのだが、その立て札すら隠れるほどの荷物で、5メートル×5メートルのスペースが埋め尽くされてしまっている。


 これでは、野営の訓練なんて到底できない。


「これ、どけるように言ってきますね」


 そう言って弓ヶ浜さんが、白扇高校のスペースに向かおうとしたのだが。


「いや、ちょっと待って! 自分が話しに行く! 勝手なことをするな! 命令系統を乱すんじゃない!」


 しかし馬淵さんが止めて、それですぐ話をつけにいくのかと思ったら。


「…………う~ん」


 腕組みして唸るだけで、まったく動こうとしない。


 それを見て、僕らは馬淵さんを除いた4人で目配せしあった。

 彩ちゃんも神田林さんも弓ヶ浜さんも、視線に込めた意味は僕と同じに見えた。


(((((この人、本当にダメだな!!)))))


 この人はダメだ――この期に及んでは、僕も馬淵さんのことをそう見切るしかなかった。戦闘だけでなく、マップチェックをはじめとしたダンジョン内での所作もお粗末そのもの。それを大声と上から目線の態度で糊塗して虚勢を張る――他人のことをダメだと決めつけて蔑むのは良くないことだとは思うけど――困ったことに、馬淵さんに関しては全くフォローのしようが無かった。


 と、そんなことを考えていると、よく感じる類の視線と声が向けられてきた。


「ねえ、あれ彩ちゃんじゃない?」

「ぴかりんもいるよ」

「みおりんは?」

「ぴかりん、実は彩ちゃんと付き合ってる!?」

「あれ?……あれって!?」

「マルちゃんじゃない!」

「マルセリーニョ、どうしてここにいるの!?」

「おお! マジでマルちゃんじゃん!」


 そういう、視線と声だ。

 しかし『マルちゃん』……『マルセリーニョ』?


 嫌な予感とともに、横を見てみれば……


「…………」


 神田林さんの顔から、表情が消えていた。

 さっきより、更に、ずっと。


 考えるまでも無かった。

『マルちゃん』『マルセリーニョ』とはつまり……


 その時だった。


「おう馬淵!! 久しぶりだなあ。どうした今日は!? あ”ぁ!? 協会の仕事でひよっこのお守りか!? 詰まんねえことやらされてんなあおい!! ガハハハハ!!」


「は、はあ……鬼丸木先輩。ご無沙汰してます」


 白扇高校のスペースから現れた巨漢に、口ごもりながら頭を下げる馬淵さん。

 すべての答えを物語っているような光景に――誰かの声がした。


「ぼそっ、そこで大声出さないでどうするのよ……」


 全く、同意するしか無かった。


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お読みいただきありがとうございます。


講習第3回目の始まりです。

神田林さんが主役のエピソードで、全5話の予定です(最初は3話で終わらせる予定だったのですが、いろいろ書き込んでたら長くなってしまいました)。


面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、

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