64.猫はいないが厄介は尽きず(2)白扇高校探索部

「今日はあれか? 低層で野営ってことは初心者向けの『3』か。テント張って出たり入ったりするんだろ? そんなことやって何になるってんだよ。下らねえことやらせるよなあ、おい!」


 白扇高校のスペースから現れた巨漢――年齢は、30代半ばといったところだろうか。外見の印象は『爆食系ラーメン店の大将』。白扇高校探索部の指導者なのだろう。


 おそらく、どころか僕の中では確信に近くなっているのだが、『失礼じゃないか!』と美織里をたしなめようとして逆にやり込められた『顧問の先生』というのは、この人に違いない。


「こんなしょうもないことやって金とってるんだから、探索者協会ってのはボロい商売してやがるよなあ。全くいいとこに就職したじゃねえか。馬淵! おい! ぎゃははははは」


 ギャハギャハ笑って言いながら、巨漢は馬淵さんの肩をばんばん叩く。


「はあ。いやあ。鬼丸木先輩。まったくです。はは、はははは」


 それに対して馬淵さんは、苦笑して相槌を打つばかりだった。

 このままでは、いつになったら荷物をどかしてもらえるか分からない。


 そして、そんな光景を見せられてる彼女たちはといえば……


「「「…………」」」


 無言で、無表情だった――僕は思う。いま彼女たちが浮かべている無表情の延長線上に、無言で無慈悲にモンスターを切り裂く美緒里の『殺戮機械キリングモード』があるのだろうと。


 馬淵さんにさんざんな態度をとっていた――もっとも、馬淵さんの言動が余りにさんざんだったのが原因なのだが――彼女たちだけど、巨漢――鬼丸木に馬淵さんがいたぶられるのを見るのは面白くないらしい。


「どうせやってもやらなくても同じなんだからよお。このまま帰っちゃってもいいんじゃねえか?」


 そして鬼丸木の暴言は、僕らのやってることすら蔑ろにするものだった。これまでの講習で、僕は『顔』や巻島と戦った。死んでたとしてもおかしくない戦いだ。いまになって気付いた。僕は、ここまで受けた講習にプライドを感じていた。それは――神田林さんと目があった。頷いた。彩ちゃんと目があった。頷いた。弓ヶ浜さんと目があった。頷いた。僕も頷いた。


 すっと前に出て、弓ヶ浜さんが言った。


「荷物をどけてください。ここは、探索者協会が確保したスペースです」


 それに答えて、鬼丸木が言った――馬淵さんに向けて。


「おい馬淵! 一緒にやればいいじゃねえか。白扇高校うちの実習に混ぜてやるよ。その方がいいだろ。こんな協会の講習なんかよりずっと実践的だぜ? うちは実際に使えることしか教えないからな! 隅っこで俺らのやってること見てるだけでもずっと勉強になるから! そっちの方がずっといいだろ――なあ! おい! 馬淵!」


「はあ、はぃ、はぁ……」


「これは協会の講習です! 定められたカリキュラムを変更することは出来ません!」


「空いてる場所なんていくらでもあるじゃねえか! ほら! あそこにも! あそこにも! そっちに移ってやればいいだけだろ! 違うか! 違わねえよな! 馬淵!」


「は、は……」


「協会の定めたルールを、協会に破れとおっしゃる――分かりました!」


「お、おう。分かったんなら――」


「名刺をいただけますか?」


「……え?」


「白扇高校探索部の関係者の方ですよね――名刺をいただけますか?」


「…………」


 それから、しばらく無言になって。


「馬淵。ちゃんと(もごもごもごもご)しとけよっ!」

 

 吐き捨てるように言うと、鬼丸木は生徒たちの間に戻っていった。


 それから5分も経たず、僕たちのスペースを占領していた荷物は、ひとつ残らず運び出された。



「テントの周りに溝を掘るんですけど、これはテントから落ちた夜露や雨を逃すためです。野営場所を選ぶ際には土の質や土地の傾斜を考慮する必要があるって言いましたけど、そういう水はけのことも理由にあるんですよね」


 ようやく実習が始まると、実質的に、講師は弓ヶ浜さん1人になっていた。

 もう1人――馬淵さんは、無言でうろうろしているだけだった。


「溝には、魔物避けの意味合いもあるとテキストに書いてありましたけど」


「……そう。神田林さんの言う通り。普通のキャンプなら夜露だけなんだけど、ダンジョンだと……ね。次の『4』で経験することになると思うけど、言葉で説明するのは――彩ちゃ、洞口さんは、経験あるんじゃないですか?」


「……はい。企画で野営したときに――動画ではカットされましたけど」


「ですよねえ――聞きたい?」


「「はい!!」」


 僕と神田林さんが頷くと、視界の隅で何か言いたげにしている馬淵さんを無視して、弓ヶ浜さんが説明を始めた。


「夜露っていうのは、空気中の水分が寒暖差によって水滴になるものじゃない? 魔力にも同じことが起こるの。朝方の寒暖差じゃないんだけど、別の何かの理由で、空気中の魔力が飽和して……蟲になるの。朝になるとね、テントの表面に胡麻つぶみたいに小さな蟲型の魔物がびっしり張り付いてるのよ。でもね、テントに付いてるのはまだまし。問題は地面に落ちた分で、これがテントに入ってきて、耳とか口に……」


「「「うええ……」」」


「でもね、これは対策可能で――ああ、そうだ。これはね、事前に教えてもらえないから。講習の『4』で受講生が『ひ~』ってなって、そこで始めて講師が教えるってアイテムなんですけどね……それは唐辛子パウダーと歯磨き粉! 唐辛子パウダーをテントにかけて、歯磨き粉を水で薄めて溝に流すの。そうすると、蟲が歯磨き粉につかまってテントに入ってこれない――さて、講義は以上! ここからは実習です! まずはテントを張るところから始めましょう!」


 テントを張るのは、そんなに難しくない。

 本体の布に骨組みを通して持ち上げれば、それでテントの形が出来上がる。あとは雨避けのシートを被せて、表面がぴんと張るように地面にペグで固定するだけだ。


 ここでも馬淵さんは無視されていたのだけど、最後のペグを打つ工程で、ようやく参加が許されていた。意外だったのは――


(……上手?)


 ペグを打つ馬淵さんの手つきが、手慣れて上手だったことだ。

 ちょっと驚いて見てると……


「自分は大学時代に探検部に所属していて、鬼丸木先輩とは――」

「あなたの人生の物語に興味はありませんから」


 どこかで弁明に繋がるのだろう語りを始める馬淵さんだったのだが、神田林さんにばっさり斬られてしまったのだった。


 それより気になったのは、視線と声だ。


「マルちゃん、以外と出来てるじゃん」

「彩ちゃんは下手だね。動画で野営してたのにね」

「ああいうのは裏でスタッフがやってて、自分じゃやらないんだよ」

「ぴかりんはどう?」

「全然下手」

「マルちゃんの方がまだましだね」

「あんなのでも、単独で探索できるんだからな」

「うちらの方が、ずっと経験あるよね」

「先生が言ってたじゃん。同じクラスFでも、部活で探索してる奴のFは、一般の奴のDくらいの実力があるって。部活2クラス上説」

「じゃあ俺いまEだから、実質C?」

「俺ら、学校出たら無双できるんじゃね?」


 無能だと思われてる人が実は有能だったり、嫌な人だと思ったら実はいい人だったり――そういう逆転を想定して備えておくのが大人というものなのかもしれない。そしてそういう逆転を期待するのが、逆張りの思考というものなのだろう。


 でも、今日出会った馬淵さんや鬼丸木や白扇高校の探索部員には、そんなの期待できなさそうな気がして、それが僕の心に、どんよりとしたものを生じさせていた。


 テントを張ったら、今日の実習のメイン――野営のシミュレーションだ。


「野営のシミュレーションでは、1人が外で見張りをして、そのあいだ残りの2人はテントに入って休んでもらいます。10分経ったら見張りを交代。順番は――」


 最初の見張り役は、僕がやることになった。

 神田林さんと彩ちゃんは、テントに入る。


 指導するのは、もちろん弓ヶ浜さんだ。


「これはね、今日は時間的に焚き火は無しということで――」


 まずは焚き火代わりのライトを光らせて、それからテントの周りを見回りする。とはいっても辺りは明るく(この時点で午後3時)、見えるものといったら、白扇高校の生徒たちくらいのものだった。


「なにあれ」

「見回りのつもりなんじゃない?」

「えー。意味あるの? あれ」

「さあ? 俺らと一般じゃ違うから」

「ないわー」

「一般って、マジでぬるいんだな」


 そんな声と視線を浴びつつ、見回りを終わらせる。

 それから後の時間は、コンロでコーヒーを淹れながら、弓ヶ浜さんが自分の体験談を聞かせてくれた。


「基本的にね、単独で野営することになってる時点で、危機的状況なのね。普通は野営エリアに行けば、他のパーティーが何組も野営してるから。単独で野営するのは、野営エリア以外の場所で野営せざるを得なくなった……ぶっちゃけ遭難しかけてる場合がほとんどなの。そういう場合にどうしたらいいかは講習の『4』で教えます。それで、今日みたいな野営エリアでの見張りで大事なのは、他のパーティーの見張りとの連携。例えばハンドサインでの意思疎通。ハンドサインは地方によってローカルルールがあったりしますから。始めて行く土地では、まず地元の探索者と仲良くなってそこら辺を教えてもらってから潜るって人もいますね」


 そんな話を聞きながらハンドサインをいくつか教えてもらっていると、10分はあっという間に過ぎた。


「ふわぁ……お疲れ様」

「はい、眠気覚まし」


 寝起きの芝居をしながらテントから出てきた彩ちゃんに、淹れたてのコーヒーを渡す。


「はぁ……いい香り。目が覚めるっていうか、本当にさっきまで眠ってたような気がしてきた」

 

 そんな声を背にテントに入ると、神田林さんが。


「すう……すう……」


 眠ってる演技をしていた。

 目をつぶって、胡座をかいて、腕組みをして。


「ぐう……ぐう……」


 真似して僕も、眠ってる演技をする。


「すう……すう……」

「ぐう……ぐう……」

「すう……すう……」

「ぐう……ぐう……」

「すう……すう…………ごめんなさい」

「え?」


「隣の、あいつらのこと」


 あいつら――白扇高校の生徒たちのことか。


「私がいなければ、あなたや彩ちゃんを見て、あそこまではしゃぐことは無かったと思う。私が一緒だったから、あなたたちまで舐められてしまったのよ――私が、彼らにとって舐めてもいい存在だから」


 そして、神田林さんは話し始めた。

 それは、彼女の人生の、その始まりについての話だった。


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お読みいただきありがとうございます。


ちょっと更新がきつくなってきたので、投稿のペースを落とそうと思います。

週末の連続投稿はやめて、週7話投稿にしたいと思います。


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