82.猫と彼女とダンジョンへ(6)いろいろ食べました

 ダンジョンから出た僕らを迎えたのは、拍手と歓声だった。


「「「「「「みおりん! みおりん!」」」」」」

「「「「「「ぴかりん! ぴかりん!」」」」」」

「「「「「「さんご! さんご!」」」」」」


 まるで僕らがダンジョンコアを破壊したのを、既に知ってたかのようだった。

 答えは、ゲートを取り囲む野次馬の向こう――作戦本部で苦虫を潰したような顔をしている、エセ丸木とその部下たちだった。


「普通は、録画だけですよねえ?――今回は、何か? 特令でも? あったんですかぁ?」

「いや、その……既に言った通り、不手際としか。原因は不明で……現在、確認中としか…………」


 美織里の嫌味に答えるエセ丸木の顔色は悪く、顎からは粘っこそうな汗が滴り落ちていた。


 エセ丸木によると、僕らがダンジョンブレイクを収める様子が、配信されてしまっていたらしい。美織里の言う通り、こういった緊急の任務では配信は行われない。悲惨な映像をばら撒く可能性が高いからだ。だから通常は、ドローンが録画した映像を探索者協会がチェックして、問題が無いとされたものだけが公開される。


(さんご……普通に喋ってたよね!?)


 今回の探索では、さんごが普通に人間の言葉を喋っていた。これまで隠していたさんごの正体が露見してしまうかもしれないのだ。それで何が起こるかは想像すら出来ないわけだけど――さんごに目をやると。


(大丈夫……なの?かな?)


 さんごはウインクして、身体を揺らしてみせた。


「じゃああたしたちは、あそこで休んでるから。何かあったら呼んで」


 そう言って歩き出す美織里の後を、僕とさんごも追う。

 美織里が向かう先が、どこだったかは言うまでも無いだろう。


「23時に予約してたんだけど、ちょっと早く着いちゃった。それとさんごこの子もいいかな? とっても大人しくて、いい子なんだけど――」


 店の前でダンジョンの様子を伺ってた店員に笑いかけると。


「は、はい! もちろんです! どうぞ!」


 店員は、ドアを開いて店内へと招く。

 即決したところを見ると、ただの店員じゃなくて結構えらい人だったのかもしれない。


「ありがとう」


 にっこりと笑う美織里に、僕とさんごも続く。

 そして、店内に入ると同時に。


「……お疲れ様」


 誰かの声がして、それに続き、決して大きすぎない拍手がステーキハウスを満たしたのだった。



「テンダーロインに、シャトーブリアンに、サーロイン。それから温野菜、季節のサラダ、ライスを3人前。あとはビーフシチューと牛タンシチューを1つずつ。飲み物はウーロン茶をピッチャーでお願い。そうだ、サーブも3人前――ここって、ジャガイモが美味しいのよ」


 テーブルに案内されて座ると、それまで気付かなかった疲れがどっと出て、ステーキなんで食べられるのかといまさら心配になった。でも店内を満たすニンニクと牛の脂の匂いを嗅いで、注文する美織里の声を聞いてたら、みるみる食欲が湧き上がってきて――店員さんに何か耳打ちし、クレジットカードを渡して、それから僕を見て、美織里が言った。


「でしょ?」


 ウーロン茶で乾杯して前菜のサラダをつつきながら「ドイツの食事は、緑が足りないのよね」「そういえば、生野菜を食べた記憶って無いね」なんて話してる間にステーキが来たので、3種類をシェアして食べた。首輪から出たナイフとフォークで肉を食べるさんごに「へえ」「ほお」と他のテーブルから感心したような声があがる。「あの子でしょ? 凄いたらし・・・の」「うん。ジゴロ猫のさんご君」とか。肉汁なんて溶けた脂肪に過ぎないなんて言ってドヤ顔する人がいるけど、それがどうしたと言いたくなる旨味と歯ごたえに陶然となる。


 そして店員さんがサーブしてくれる、ジャガイモ料理も絶品だった。


「ここのサーブは本当に美味しいのよ~」

「あっ。ドイツでジャガイモ食べたっけ?」

「食べなかったわよね~。ドイツに行ったのに」

「このマッシュポテト、全然、エグ味が無くて美味しい……下処理がいいんだろうね。調理の途中で無駄に水に漬けたりしてないんだよ」

「ジャガイモ自体いいのを使ってるのよ、この店は」


 その後出て来たシチューも美味しくて、更にソーセージを追加で頼んで、デザートのシャーベットを食べ終えた頃には、閉店時間の0時に近くなっていた。


 その間、お会計をする他のお客さんが、みんな驚いたような顔でこちらを見ていて、その理由は、さっき美織里が店員さんに耳打ちしてたのと、そのとき渡してたクレジットカードを思い出せば、なんとなく察することが出来た。


 それから1度、警官が店に入ってくると、僕らの姿を見て帰った。

 それを横目で見送り、口でもにゅもにゅさせてたシャトーブリアンを飲み込むと、美織里が言った。


「ここらを封鎖するから店を閉めろって言いに来たんだろうけど……封鎖の発報どころか、検討する以前にダンジョンブレイクが終わったわけだし? そうそう強気に追い立てるわけにも行かないでしょ」


 なるほど、22時30分までにダンジョンブレイクを終わらせたのには、そういう狙いがあったわけか。


「子供の頃……あたしがアイドルやってた頃ね、仕事の後、ママとこの店に来てたんだ。あたしはいつも、ハンバーグとステーキのセットを頼んで……」

「また来ようね」

「……うん」


 ステーキハウスを出て――


「じゃあ、あたしたちは近場で待機してますから。何かあったら連絡ください」


 エセ丸木に告げ、僕らはダンジョンを離れた。


「全部終わったって電話が来て終わりでしょ」


 と、美織里は言う。

 では、僕らはホテルに帰って――ステーキも食べたことだし、後は。


 銀色のサーフボードが飛び立つ。


 品川のホテルには、5分も経たず到着するだろう。

 でも……そういう気分ではなかった。


「さんご、透明化、お願い」


 サーフボードが降りたのは、ホテルではなかった。

 美織里が子供の頃住んでた、マンションの屋上だ。


「「……うん」」


 僕らは、頷きあう。

 ホテルではなく、ここで――僕も美織里も、そういう気分になってたのだ。


 いつからだろう?


 ふと、ステーキを咀嚼する美織里の口元に目を奪われてしまったあの時だろうか。それとも指に付いたマッシュポテトを舐めとる僕を見る美織里の目が、一瞬ギラリとしたのに気付いたあの時だろうか。


「では、存分に楽しんでくれ」


 軽口を叩きながら消えたさんごを照れくさく見送りながら、僕らは屋上で身体を重ねた。ジッパーを下げて美織里のレザースーツの前を開くと、真っ白な胸が露わになる。思わずガン見して動けなくなった僕に、横に背けた顔を赤くして、美織里が言った。


「意地悪……しないで」


 そして翌日、またも僕らは、お互いの顔を見れなくなってしまう事態に陥るのだった。


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お読みいただきありがとうございます。


今回登場したステーキハウスにはモデルがあるのですが、もう10年くらい行っていません。WEBサイトを見ると、コロナ禍を乗り切って健在なようで嬉しい限りです。美緒里の言ってる通り、この店でサーブされるジャガイモ料理、特にマッシュポテトは絶品です。


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