81.猫と彼女とダンジョンへ(5)龍族の鎧

 ところで、ニセ丸木は言っていた。周辺区域の避難については『22時45分が目標だ。22時30分までに規模感を出して、それを基に警察が発報の判断をする』と。


 では仮に、22時30分までにダンジョンブレイクが解決してしまったら?


「何も変わらない――とは言わないけどね。まずは、あたしたちが持ち帰ったドローンの映像からダンジョンコアの破壊を確認する。同時に魔素ジオメトリを取り直して、モンスターと思しき魔力の密集が解消されてるのも確認。それから探索者がダンジョンなかに入ってダンジョンブレイク終結の最終的な判断を下す――どんなに早くても、終わるのは午前3時ってところね。その間、グレーな状態でダンジョンを放置するわけにはいかない。周辺区域の封鎖は免れ得ないでしょうね。甘かったわ……OOダンジョンの規模なら敷地内ブロックの封鎖だけでいけると思ったんだけど、まさかあそこまで野次馬を散らせてなかったとは」


「つまり僕らがダンジョンに着いた時点で、周辺の封鎖は規定事項だったというわけだね。ということはステーキは? 僕らのステーキは?」


「安心して、さんご。確かにどんな規模であれ、あたしたちの、あのステーキハウスも封鎖の範囲内に入ってしまう。でもね、22時30分にダンジョンブレイクを収めれば、そうとも限らない――やりようなんて、いくらでもあるのよ。というわけで光、話してる間に2分経って、残り3分――行けそう?」


「大丈夫……あと1分もかからない」


 僕の腰に巻かれたベルト型魔導具――タイフーンユニットの風車が回っている。風車は前方の魔力を吸い込み、魔力に含まれた雑味を精神感応素材イデア・マテリアルとして精製。右腰の貯蔵タンクキャラメルボックスに流しこむ。これまでは貯蔵タンクキャラメルボックス精神感応素材イデア・マテリアルをそのまま取り出していたけど、今日は違った。


 左腰の、ジョーカーユニットだ。


 貯蔵タンクキャラメルボックスに貯められた精神感応素材イデア・マテリアルは、ホースで繋がれたジョーカーユニットへと更に流し込まれ、その精神感応素材イデア・マテリアルをジョーカーユニットが――いま僕の全身は、柔い漆黒に包まれている。さんごが言った。


「僕の世界で、龍族の勇者が着けていた鎧だ」


 精神感応素材イデア・マテリアルは、イメージを与えることで思ったままに加工できる物質だ。そしてジョーカーユニットとは、あらかじめ記録されたイメージを精神感応素材イデア・マテリアルに与え、加工する装置だった。


 ダンジョンコアが、目の前にある。

 

 文字通り、ダンジョンの核となる存在。見たままを言うなら直径2メートル程の、球形の地獄。薄い皮膜の内側は濁った緑色の液体で満たされ、そこでは指先ほどの大きさのコボルト、ナーガ、ゴブリン、バジリスク、グリフォン、サイクロプス――無数のモンスターが苦悶の表情で喉を掻きむしり、身をよじらせている。


 そのダンジョンコアが持つ膨大な魔力を、対峙してからの数分間、僕は腰の風車で吸い続けていた。


 ダンジョンコアが、それに抗わなかったわけではない。だけど吸い上げた魔力で強化した『鎖』や『重力』『結界』、それから最近レベルアップしている『斬撃』で絡め、潰し、撥ね除け、切り裂くことで僕は押し返し、加えてその間も魔力を吸われ続けて、ダンジョンコアの攻撃は力無いものと化していく――そして、完成した。


 全身に牙や爪の意匠をあしらった、黒光りする鎧だ。

 ジョーカーユニットが作ったそれは、ただ身に付けているだけで――


(力が……みなぎる!)


 ダンジョンコアに向けて、踏み出す。

 

 礫のような光弾が放たれてくるが、もう避けたり弾いたりする必要は無い。鎧の表面を包む闇色の輝きに触れただけで霧散する。鎖のごとく連なった剣も同じだ。蠅の形をした妖霧も、無数の顎を生やした触手も、魔力の絶叫を叩き付ける灰色の老婆も、鎧に触れる前に粉々の黒い飛沫と化す。


 気付くと僕は、ダンジョンコアに腕を突き刺していた。

 同時に手の平に生じたのは、美織里に教えられたばかりの、あれだ。


暴食暴虐のヒマワリファイアクラッカー


 もちろん、まだ劣化版に過ぎないのだけど――僕の手の平に生じた魔力の種が、弾け飛んでその数百倍に数を増し、芽を出し、茎を生やし、花を咲かせ、花はダンジョンコアの内部で蠢くモンスターたちを食い散らかし、微細な手足や断末魔の絶叫を放つ顔貌を千千に舞い散らせる。


「終わった――新しいダンジョンコアが、深層に出来た」


 スマホを見る美織里が言ったのと同時に、腕に絡みついていた液体の重みが消え、僕の目の前からダンジョンコアが消滅した。


 さらに同時に――


ダンジョンコアに含まれる程度このていどでは、固着化できる程の魔力は得られなかったようだね」


 さんごの言葉の意味は、こういうことだろう。

 さらさらと崩れ、僕の身を包んでいた鎧は、一握りの砂となって足下に落ちた。


「さあ、あと2分――これが1番大変かもね」


 美織里の言った通り、ダンジョンを出るまでの全力疾走が、今日の探索で1番きつかった。


 そして、22時30分。


 僕らはゲートを囲む人の群れに、歓声で迎えられたのだった。

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