95.猫は隠れて見てました(2)
「木佐くんはさ、ぴかりんが失敗して憑かれちゃった時に祓ってもらおうと思って呼んだんだけど必要無さそうだし、次にいくのは戦闘力抜きだとガチでヤバいとこだから――ああ、そこそこ」
と、連れてかれたのは一軒家の前だった。
ブロック塀の向こうに、窓が見えて。
「「「fdsjffdsf……っ!;lkl……っ!vcmv……っ!」」」
その内側では、必死の形相の男たちが、窓を叩いて叫んでいる。
聞こえてくる声と男たちの口の形が全く一致してないのが不思議であり不気味だった。
「いいねえいいねえ。テンション上がるねえ」
ポケットから取り出した鍵束をじゃらじゃらさせながら、大塚太郎が言った。
「ここはさ、通称『人食い屋敷』――住んでる奴が、いつの間にか居なくなっちゃうってので有名なんだ」
玄関のドアが開く。
薄暗い廊下の、一番奥に階段が見えて。
その前では。
「ぎっ、ぎぎゃっ、ぎ、ぎぎっぎぎぎぎぎ…………」
痩せた女が、直立不動の姿勢でこちらを見ていた。
大塚太郎が言った。
「加藤栄子――死因は餓死だ」
女――加藤栄子を良く見れば、痩せてるどころではなかった。
肌はひび割れ、剥き出しの眼球まで干からびている。
指先にぶら下がってるのが爪の残骸だと気付いて、始めて僕は、探索者の強化された視力を恨んだ。
「うお~い、入るぜ~」
女の視線を無視して大塚太郎が開けたのは、奥から2番目のドアだった。
位置を考えれば、あの部屋に違いない。
「「「う、うわぇう、うわぁああああっっっ!!」」」
部屋の奥に固まって逃げたのは、さっき窓を叩いてた男たちだ。
今度は、声と口が一致している。
スマホ、ジンバル、ビデオカメラ、三脚、LEDライト――床に散乱してるそれらが、男たちの素性を教えてくれた。
「…………配信者?」
配信サイトで活動してるのは探索者だけではない。収益化の条件を満たさない、いわゆる底辺配信者を含めれば、むしろ探索者以外の方が圧倒的に多いはずだ。例えば、以前関わったオヅマ獣壱なんかもそうだ。そして主に dotubeというサイトで活動してる彼らは、こう呼ばれていた。
「「「は、はいはいはい! はい! そうです! 僕たち『dotuber』なんですぅうう!!」」」
話を聞くと、彼らはオカルト系のチャンネルを運営していて、心霊スポット探索動画を撮るため、この『人食い屋敷』を訪れたのだそうだ。
「僕の従兄弟が、この街で不動産屋をやっていて、それで取材したいって言ったら、物件を掃除するためってことで鍵を借りてくれたんです。ここに済んでる人ってすぐにいなくなっちゃって、その度に業者に頼んで掃除してたそうなんですけど……業者に、断られるようになっちゃったって。その……いなくなっちゃうそうなんです。清掃で入った、業者の人も」
渡された水を飲みながら、配信者が言った。
大塚太郎が聞いた。
「で、ここに来て何日目だ?」
「もう3日目です」
「ここから出ようとは?」
「で、出られないんですよ! 玄関から出たと思ったら、あの廊下の奥の……階段の前にいて! 凄い寒気がして!」
「ほう……じゃあさ。どうして、俺らを呼んだ?」
「え?」
「さっき、俺らを呼んでたよな。窓を叩いて。それで俺らがこの家に入ったら、俺らも外に出れなくなってたかもしれないよな――そういうこと、考えなかったのか?っていうか、警察とかお前の従兄弟の不動産屋に電話して、外から窓を割ってもらって脱出するって発想は無かったのか?」
聞かれた男たちは――
「「「…………あ」」」
本当に『その発想は無かった』って顔だった。
まあいい――大塚太郎が続けた。
「責めてるわけじゃない。お前らは、そうさせられてただけだ。で――最後にもう1つ、いや2つ教えてくれ。お前ら、何か見たか?」
「いえ……やたらと寒気がするだけで」
「そうか。じゃあ、これが最後だ。お前ら、どうしてこの部屋にいた?」
「それは、ここだけ――この部屋だけは、寒気がしなかったから」
「正解だ。教えてやるよ――この家で、この部屋でだけ誰も殺されなかったんだ」
「「「!!」」」
「じゃあ、俺らは――いやその前に、お前らこれを着ろ」
言って大塚太郎が取り出したのは、タイツだった。
手足はもちろん、頭部にまでぴったり張り付くフードの付いた、全身タイツだ。
「防霊迷彩タイツ――商品名は『芳一くん』だ」
タイツには、全身余すところ無くお経がプリントされていた。
「「「わ、わあ……有り難そう」」」
ガリガリだったりムチムチだったりする身体に、配信者たちがタイツを着けていく。
その間、僕は大塚太郎のお手伝いをしていた。
部屋に、結界を張ったのだ。
「うお! やっば! やっば……」
そう言う大塚太郎の声は、どこか楽しげだった。
壁にお札を貼るのだが、貼ったそばから黄ばんで剥がれ落ちてしまうのだ。
「ぴかりん、ちょっと魔力頼むわ」
どういう意味かは、考えなくても分かる。
大塚太郎がお札を貼るのと同時に――
「ふん!」
お札に向けて、魔力を放出する。
「いいぞ! いいけど、もっと『圧』をかける感じで」
見ると、お札の端が、僅かに黄ばんで剥がれかけてた。
では――貼り直されたお札に、もう一度。
「ふぅん!」
アイロンをかけるようなイメージで、魔力をただ放出するのではなく、凝固させ押しつける。
すると――今度は剥がれない。
「よし! さすが、ぴかりん!」
大塚太郎が『ぴかりん』と呼ぶ度、配信者たちの肩や背中がぴくりと動くのが分かるのだが、あえて無視して作業を続けた。
「ふぅん! ふぅん! ふぅん! ふぅん!」
そうして5分も経たず、四方の壁と扉にお札が貼られ。
「これで、15分は保つだろ」
ということになった。
「じゃあ行こうかぴかりん! 幽霊退治――まずはリビングからだ!」
●
「この家はさあ、殺人事件があったんだけど人数が凄くてな。1日で5人死んじゃったんだよ。そのとき住んでたのは木山正人って男だったんだけど、こいつが女を6又かけててさ。女同士で話し合おうってことになって、6又かけられてた女が全員この家に集まったんだ。名前は、浅田透子に伊藤康子、上田洋子に江藤祐子、それから大石昌子に加藤栄子だ」
リビングに入ると、頭が半分潰れた女が灰皿を持って立っていた。
スマホで確認して、大塚太郎が言った。
「これが浅田透子な。まずは、この浅田透子を伊藤康子が灰皿で殴り殺した」
「ちょ、ちょちょ待ってください! まずって言うけど、まず、どうして殴り殺されたんですか!?」
「分からん。分かってるのは現場検証から推測された殺しの方法と順番だけだ」
「え、じゃ、じゃあ……階段の前のあの人もうそうだったけど、配信者の彼らには見えてなかったんですよね? どうして僕らには見えてるんですか?」
「どうしてだろうなあ」
「ええ……?」
「やっぱ俺ら、霊感とかあるんじゃね?」
「そ……それとあの人、灰皿で殴られたんですよね? じゃあどうしてあの人が灰皿を持ってるんですか?」
「さあ? 自分がやられたことを、他人にもやりたいだけなんじゃね? 部活でもさ、先輩にしごかれた奴ほど後輩をしごいたりするじゃん」
「それは……なんとなく納得出来るような」
「出来るのかよ! でだ、ぴかりん。見えてるってことは――どういうことだ?」
「あ…………」
言葉が蘇る。聞いたのが、もうずっと前に思えるその言葉は――『お化けが人に姿を見せるっていうのは、認識を操作する、一種の精神攻撃だ』
大塚太郎が言った。
僕を指さし、唇をにゅるんとねじ曲げて。
「いま君は、精神攻撃を受けています」
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カクヨムコンでは、これまで書いたことのないものを書いてみようかなと思います。
ラブコメとか。
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