21.猫がサングラス越しに生ぬるく


今日は20時と24時にも投稿します。

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 バッヂは自動車のスマートキーみたいな形と大きさで、表には顔写真と『日本探索者協会』の文字。裏には名前と探索者IDが印刷されている。それをあらかじめ買ってあったホルダーに入れて、探索者ジャケットの専用ポケットに入れた。


 ホルダーも探索者用ジャケットも、日曜日に美緒里に付き添ってもらって買いに行ったものだ。

 どちらも探索者協会のショップでしか買えないもので、僕1人では無理だっただろう。



 探索者協会の建物は僕も行ったことがあるけど、どらみんと彩ちゃんを助けた翌日あのときに行ったのは事務所で、職員の一ノ瀬さんの付き添いもあった。一方、一般にも開放されてるショップフロアはカフェ併設で、娯楽の少ない地方都市の数少ないデートスポットの1つになっている。来てるのはカップルばかりで、つまり僕には敷居が高すぎた。


 しかし、美緒里が一緒なら話は別だ。

 エレベーターを降りた途端。


「ねえ、あれって……」

「マジかよ。みおりんじゃん」

「綺麗……本当に探索者なの?」

「スタイルえぐっ」


 視線と、ひそひそ声が向けられる。

 隣を歩く僕なんて完全無視で『誰? あの男』なんて声すら上がらない。


 美緒里は、ショップのカウンターに着くと。


「彼にジャケットを。メーカーはどこでもいいから、クラスB対応で悪目立ちしないタイプ。仕様はあたしのを参考にして機能は減らさずグレードだけ下げて。短期間で使い潰すの前提だから1着20万円程度で。アンダースーツは同じメーカーのクロスカントリーモデルを。ブーツはあたしと同じモデルでいいけどアジア人用の靴型で作ったのにして。じゃ、後でね」


 と言って自分のバッヂをカウンターの端末にかざすと、僕だけ残してナイフやサバイバルキットの並ぶアクセサリーエリアに行ってしまった。


「あの……いいんですか?『あたしのを参考』にとか、あんな言い方で分かるんですか?」


 心配になって、店員さんに訊いてみると。

 店員さんは、笑顔でこう答えたのだった。


「ええ、分かりますよ。認証バッヂの情報を頂きましたから」


 見せられた端末には美緒里の名前と探索者番号、それから顔写真が表示されていた。


「それに、探索者向けのショップに勤めていて春田美緒里さんのお顔を知らない店員なんて、日本には1人もいません。装備の仕様については探索者協会のサーバーに保存されていますから、バッヂを端末にタッチしてから30分間限定ですけど確認できます」

「うわあ。凄いんですねえ」

「ええ、凄いんですよ。春田美緒里さんも、バックアップする探索者協会のシステムも」


 採寸の後、出されたジャケットや諸々を試着してると、美緒里が戻ってきて。


「へ~。似合うじゃない。まさに探索者って感じね。探索者。光が探索者って……ぷぷっ。ウケるわ~~」


 こういうイラっとする絡み方をさせたら、美緒里は世界一だと思う。

 可愛いけど。


「そうだ。ちょっとこれ持って。光魔法使ってみて」


 値札が付いたままのごついナイフを渡され、光魔法を使ってみる。

 ここ数日の訓練で、僕は懐中電灯なしでも光魔法を使えるようになっていた。


 訓練というのがどういうものかというと、片手に懐中電灯を持ちながらモンスター山菜や伊勢海老を調理するというものだったのだけど、最初は懐中電灯をつけたまま。それが出来たら次は消して、というステップを踏むことで『斬撃』や『炎撃』といったサブスキルが生え、二日めには懐中電灯を持たなくてもそれらを使えるようになっていた。


「まずは魔力滞留アイドル……」


『光魔法』を使うぞ、と思いながら全身に流れる魔力を意識する。

 これが魔力滞留アイドルで、次に何をするかイメージすることで具体的な効果が発現する。それまでは、何も起こらないはずなのだが――しかし魔力滞留の段階で。


「光ってる!?」


 試着してるジャケットやアンダースーツ、ブーツといった着衣はもちろん、手に持ったナイフまで眩い光を放ち始めていた。


 どうやら美緒里は、これを予想していたらしい。


「探索者用の装備は魔力の伝導率の高い素材を使ってるからね。こうなると思ったんだけどね。じゃあすいません。こうなるの前提で色を選び直してもらえます? ばえ優先で」


「はい! ばえ優先ですね」


 美緒里の要求に、店員さんは親指を立てて在庫のある方に駆けていった。

 ふと疑問に思って、訊いた。


「ばえ優先ってことは、目立つようにするってことだよね」

「うん。光魔法を使うと、全然違う色に見えるようにするの」

「それっていいのかなあ? そんなに目立つと、モンスターにバレない?『あ、こいついま光魔法使ってるぞ』って」

「ああ、いいのよ。光には戦闘中、ずっと光魔法を使うスタイルでいってもらうから」

「じゃあ、体内の魔力が無くなったりして光魔法が使えなくなったら……それがバレるのは不味くない?」

「大丈夫でしょ。魔力が無くなる前に勝てばいいんだし」

「ええぇ……」

「大丈夫よ。その時は、あたしが何とかするから」


 店員さんが持ってきた品はちょっと黄色みがかったグレーがベースで、それを着て魔力滞留アイドルした――そして光った僕への感想は。


 美緒里「やっべ、ばえる」

 店員さん「ばえますねえ……」


 というものだった。

 支払いは、トータルで40万円弱。

 美緒里から借りたお金で、一括払いした。


 ●


 そして翌日の月曜日。


 探索者協会で30分ほどの講習を受け、『冒険者になるあなたへ』『初めてのダンジョン』『もう駄目だ、となる前に』といったタイトルの10冊以上のテキストと認証バッジを受け取り、『保護者同意書』(←叔母さんにサインしてもらった)やさんごの『ダンジョン同行申請書』を提出して帰宅した。


「飽きないよねえ。昨日から、ずっとじゃないか」


 さんごの言う通り、昨日帰ってから、僕は買ったばかりの装備を着けたままだった。

 もちろん、小屋の中限定でだけど。


「み、美緒里に言われたから……出来るだけ装備を身に着けて自分の魔力に慣らしておけって……あと魔力操作の経験値を上げろって…………」

「ふーん」


 ちなみに、装備を着けてる間はずっと魔力滞留アイドルしていて、これも美緒里の指示によるものだった。美緒里の説明では――


『魔力滞留って本来は『ガチでスキルを使う場合の準備』に過ぎなくて、別にやんなくてもスキルは使えるのよ。でも魔力操作に慣れてない初心者のうちは使えないスキルの方が多い。だから実戦と同じ装備で魔力滞留して、練度の底上げをするってわけ』


 とのことなのだが、そんな僕を見るさんごはサングラス着用で、しかし黒いレンズ越しでも視線の生暖かさが伝わってくる。


 とにかく、僕は探索者になれた。


 これでさんごの同行申請が下りたら、ようやくダンジョン探索配信が出来る。

 かといったら、そうでも無く。

 

 もう1つ、こなさなければならないイベントがあったのだった。


『新探索者向けダンジョン講習会』


 というイベントが。


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お読みいただきありがとうございます。


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