26.猫はいないがダンジョンに潜る(4)~もう台詞なんて考えてらんねえのよ~

「これ、ヤバいで」

 

 中西さんが言ったのと同時に、脇道から土砂が吹き出した。


「行けっ!」


 叫ぶ中西さんを、大学生たちがぽかんと見返して。

 そんな大学生たちに、


「行けっ――行けって言ってんだよバカっ!!」


 再び叫ぶと、中西さんが女子大生の手を取って走り出す。

 衣笠さんも、残りの大学生たちの背を押して走り出していた。


「見るな! 逃げろ! 置いてけ! ありゃダメだ!」


 僕はといえば。


「待って! 待って――いま切るから!!」


 脇道から吹き出した土砂。


 その中から現れた灰色の何かに、僕はナイフを突き立てていた。


 何か――単純に言うなら、触手だ。


 500mlのペットボトルくらいの太さで、表面は硬そうな艶を放つ透明な膜に包まれている。


 そして実際、硬かった。


「待って! いま! いま!!」


 何度ナイフを振り下ろしても、傷ひとつ付かない。

 しかもこんなに硬いのに、触手には柔軟性もあって。


 密着し、巻き付いていた――神田林さんの脚に。


「あ”あ”っ!あ”あ”っ!あ”あ”っ!あ”あ”っ!」


 声とも息とも分からないものを吐き出しながら、神田林さんが触手を殴りつけてる。でも触手は緩まない。神田林さんの脚を離さない。5センチ、10センチ、15センチと神田林さんを引きずり込もうとしている――脇道の奥へと。


 その先に何がいるかは、想像するまでもなかった。

 赤い目に、白い牙――その持ち主。

 さっきドローンのカメラが映していた、あれ・・だ。


「いま! いま! いま!」


 神田林さんに覆い被さって止めながら、僕はナイフを振り下ろす。


 触手に。

 触手に。

 触手に。


 でも、切れない。

 刃は、手首の痛みと共に跳ね返されるだけだ。


(白魔法なら――サブスキルの『斬撃』なら!)


 でもパニックで、そんなの使う余裕なんて無くて、準備段階の魔力滞留アイドルすら出来ない。


 しかし――ぬるっ。


 突然抵抗が消え、ナイフが触手に突き刺さった。

 

「あ”あ”ーっ!あ”あ”ーっ!あ”あ”あ”あ”あ”っ!」


 神田林さんの拳も、触手にダメージを与え始める。


 叩きつけられた拳――その形に、触手がへこんでいく。

 殴りつけた、その数だけ――ぐちっ。ぶちっ。

 

 ぶちちっ!


 そして遂に、触手が千切れた。


 僕は、脇道の奥に背中を向けて、神田林さんを抱きあげる。

 そして走り出そうとした、しかしその時。

 新たな触手が、巻き付いていた。


 今度は、僕の脚に。


 神田林さんを抱いた両手は、ナイフを使えない。

 踏ん張って耐えようとしても、ブーツが地面を削るだけだ。


 2本、3本と巻き付く触手が増えていく。


 神田林さんを離したところで、2人別々に引きずられてくだけだろう。


「…………」


 恐怖か、諦めか。

 僕はきっと、顔面蒼白になっているのだろう。

 頭の奥が、すっと冷たくなってくのが分かった。

 そんなだったから、気付けたのかもしれない。


 神田林さんが、僕を見てた。

 

 目に眉に頬に鼻に口元にも力を込めて、諦めなんて絶対受け入れないと宣言している――そういう顔だった。


(『死ぬ』なんて、無しだ)


 地面を、脇道の奥へと引きずられながら僕は思った。


(僕も神田林さんも、絶対に死なない……そうだ。『死ぬ』なんて、絶対拒否だ!)


 では――どうする?


 浮かんだのは、美緒里の顔だった。

 そして同時に、こんな疑問が浮かんでいた。


(何故……切れたんだ?)


 あんなに硬かった触手に、突然、ナイフが突き刺さるようになった。

 どうしてだろう?


 次に浮かんだのは、やはり美緒里の顔。

 そして、美緒里の声だった。


『この山菜モンスターは、まだ生きてる。だから体内には魔力がある。それにあたしは、自分の魔力を流し込んで同調させてる。それを一気に引き上げると――』


 それで、充分だった。

 僕は言った。


「大丈夫。僕らは死なない」


 神田林さんが、頷く。

 もう、見えていた。

 脇道の最奥、そこで待つものが。


 更に引きずられ、ドローンの残骸を追い越す。


 赤い目。

 白い牙。

 焦げ茶色の舌。


 それらが収まるのは、土壁から突き出された直径50センチくらいの――丸い女性の『顔』だった。


『顔』が言った。


「ミツケタ」


 蠢く触手は『顔』と土壁の継ぎ目から生えている。

『顔』が、大きく口を開く。

 牙は、口の中にも生えていた。


「じゃあ、行ってくる」


 神田林さんを抱いてた手を、僕は離した。

 置き去りになった神田林さんに、頷くと。

 離れてく神田林さんも、頷いた。


 再び、声が蘇る。


『自分の魔力を流し込んで――』


 さっき無我夢中でナイフを振るってた、あの時。

 刃が触手に突き刺さる、寸前。

 ナイフを持ってない手に宿ってた感触を、思い出す。


『同調させてる。それを――』


 その感触を蘇らせながら、触手に触れ。


『一気に引き上げると――』


 触手の、内側に流れる魔力を吸い上げる。


 すると、茶色く干からびた山菜のごとく。

 触手の、魔力を失って色褪せた――その場所へ。


 ナイフを突き立て、一気に切り裂いた。


「――よし!」


 がくんと、引きずられるスピードが落ちた。

 後は、それを繰り返すだけだった。


「よし! よし! よし! よし!――」


 5秒とかからず、触手は残り1本に。


 そして、最後の1本を切り離すのと同時。

 叫びすら出ないほど、息を凝らせて。


「――――――っっっ!!」


 引きずられてきた勢いのまま、僕はジャンプした。

 伸びてくる新たな触手を飛び越え『顔』の真上に。


『顔』の額に触れ。

 魔力を吸い上げ。

 透明の膜を失って艶の無い灰色となったその部分に。

 額に。

 ナイフを突き立て。

 刃から伝わる不快な滑らかさに耐えながら。


「よしいいいいっっっ!!」


 顎まで、一気に切り裂いた。

 しかしまだ赤い目の光は消えず、触手も蠢いていたのだが。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っっっ!!!!」


 飛び込んできた神田林さんがドローンの残骸を叩きつけると、それも止まった。


 地面が崩れ落ちたのは、その直後のことだった。

 そうして僕らは、ダンジョンの深層へと落ちたのだった。


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