27.猫はいないがダンジョンに潜る(5)~神田林さんのスキル。そして深層に落ちる~

 僕が額から顎まで切り裂いても。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っっっ!!!!あ”っ!あ”っ!あ”っ!あ”あ”あ”あ”あ”っ!!」


 でもまだ目の光を失ってない『顔』に、神田林さんがドローンの残骸を叩きつけた。


 何度も何度も。


 それでようやく『顔』は斃れ、残った触手も先端を地面に落として止まった。


「…………やった」


 やった! 助かった! とは思うものの、この状況にふさわしいのはハイタッチとグータッチのどちらだろうかとか、ハイタッチの場合は片手でやるのか両手でやるのかどちらだろうかとか迷う僕は、両手を前に出してあわあわ・・・・するだけだったのだが。


「ちょ、なんなんですかそれ!? 引いてるんですか!? まさか引いてるんですか!?」

「い、いや。そうではなくてそうではなくて……」


 神田林さんに見咎められてしまった。命拾いした直後でここまで封印していた恐怖や不安に一気に襲われ挙動不審な状態になってる僕とは違い、神田林さんは興奮状態をキープしてるようだった。もちろん、それが当然なのだけど。


 と、その時だった。


 ぼこん!


 と何かが外れたような音がしたかと思うと、地面にみるみるヒビが入って。


「「あ!!」」


 と声が出た時には、そこには――僕らの足元には何も無くなっていた。


 地面が崩れ落ちたのだと。そして僕らは落下しているのだと気付いた頃には、さっきまでいた脇道の天井が見えなくなっていた。正確には、周囲にある無数の岩の割れ目に紛れて、見分けが付かなくなっていた。


 神田林さんは、すぐ側にいる。

 僕の襟を掴んで、一緒に落ちていた。

 

「力を抜いて!」


 そんな声が聞こえたかと思うと、神田林さんが僕をお姫様抱っこして跳んだ。


 空中を。


 みるみる近付いてくるのは、岩の壁。

 壁に着くと、僕をお姫様抱っこしたまま壁を蹴り。


「ふん!」


 跳んだ先には、また岩壁があった。


「ふんふん!」


 それをまた蹴って、神田林さんは跳ぶ。

 僕を、お姫様抱っこしたまま。


 繰り返すうち分かってきたけど、どうやら僕らが落ちてるのは、学校のプールくらいの幅の裂け目らしい。

 そこを岩壁を蹴って往復することにより、垂直落下を避け、崖を下るヤギみたいに少しづつ高度を下げている。


 その間、僕はお姫様抱っこされたままだった。


 そういう位置関係だったから見えたのだ。僕らが跳んだ後に、いくつもの光の欠片が残されているのが。そしてその間隔は、神田林さんの身長から推察される、彼女の歩幅と同じくらい。


 空中に足場を作る――どうやらそれが、神田林さんのスキルらしい。

 

 だから正確には岩壁から岩壁に跳んでるのではなく、岩壁と岩壁の間を走っていると言うべきなのだろう。


 そうこうするうち、体感で10分弱。

 僕らは、裂け目を下り終えていた。

 そして僕は、お姫様抱っこから開放されたのだった。


「ふうふう……ふうふう……」


 取り組み直後の力士みたいに荒い息を吐く神田林さん。

 しかし腰に手をあて胸を張るその姿は、これもまた力士っぽかった。


「ごっつぁ……ありがとう」


 僕が言うと、何を感じたのか剣呑な目つきになる神田林さん。

 でも目を伏せると、彼女は言った。


「……ありがとう」


 それからサバイバルキットのエナジードリンクを飲み、一息ついて。

 ようやく、考える余裕ができた。

 

 ここから、どうやって生還するかを。



「まずは救助要請を出します。テキストには12時間以内にダンジョン警備隊が来るって書いてあった。でも――」

「でも?」

「場所にもよる。ここが深層だった場合、ダンジョン警備隊じゃなくて探索者協会の指定した探索者が救助に来ます。その場合、人員の選定やミッションの発令に時間がかかって、出発までで12時間以上かかるって……」

「出発してからは、36時間以内が目標だったよね?」

「そう。トータルで48時間以内の救助が目標」


 さっき確認したら、いまある食料は2人合わせてエナジードリンクが3本に飲料水が2リットル、固形食料が8食分だった。2、3日分の食料としては充分だけど、2人とも途中で荷物を失わずに済む保証は無い。


「後は……」

「救難配信?」

「そう。配信中の探索者を頼る」

「機材は――それ?」


 救難配信とは、近くにいる探索者に救助を求めるのが目的の配信だ。探索者協会の救助よりも初動が早く、実績も多い。

 もっとも僕らの場合、連れてきたドローンとはぐれてしまっている。『顔』と戦ったり縦穴を落ちたりする間に壊れたか、置き去りにしてしまったのだろう。


 しかし――


「そう。これ」


 そう言って神田林さんが見せたのは、ドローンだった。

 さっきの脇道で『顔』に叩き落され、そして神田林さんが『顔』に叩きつけたその残骸だ。

 もともとは、講師の衣笠さんが使ってたものだった。


「多分、使えるはずよ。配信用のモジュールは頑丈だから、まず壊れない。さっき画面が映らなくなったのは衝撃でスマホとのペアリングが解けただけ……のはず。私達にはかえって都合がいい。テキストだと――」


 と言いながら、探索者ジャケットから『もう駄目だ、となる前に』というタイトルの冊子を取り出す神田林さん。

 スマホのアプリを開いて、ドローンの設定を始める。


「うん……生きてる。リンクしてパーティコードの認証。良かった。ちゃんとドローン側でパーティ登録してくれてた。操作権限の移譲……『このスマートフォンにリンクされたドローンは操作可能な状態ですか?』いいえ。『このドローンにリンクされていたスマートフォンは操作可能な状態ですか?』いいえ。『このドローンの操作権限を移譲した場合、探索者協会の検疫に合格するまで、このスマートフォンで他のドローンに接続することは出来なくなります。承諾しますか?』はい――よし! 配信開始!」


 神田林さん、凄い。

 こうして僕らの救難配信が始まったのだが。


「こんにちは。僕らはいま――」


 ドローンに向かって僕が話し始めた途端。


「うあ"ぁあああああ!!」

「イヤ”ァアアアアア!!」

「い"ぃいいいいいい!!」


 人が、降ってきたのだった。

 しかも、いきなり3人。


 それを見て、神田林さんが呟いた。


「ファスト……ファインダース!?」


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