28.猫はいないがダンジョンに潜る(6)~落ちてきたクラスA探索者~

本日は、12時と20時にも投稿します。

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「うあ"ぁあああああ!!」

「イヤ”ァアアアアア!!」

「い"ぃいいいいいい!!」


 僕らの前に、落ちてきた人たち。

 彼ら3人の探索者ジャケットには、ワッペンが貼られていた。

 こんな2文字が刺繍された、ワッペンだ。


『FF』


 それが何の略か、神田林さんの呟きで僕にも分かった。


「ファスト……ファインダース?」


 FastFindersファストファインダース

 ダンジョン攻略速度の速さで有名な、クラスAパーティーだ。

 メンバーは6人。

 そしていま落ちてきたのが、3人。


 3人とも酷い有様で、頑丈な探索者ジャケットが破れ、焦げ、溶かされて穴だらけになっている。

 中でも1番酷い1人は、ブーツの底を失い足の裏の肉をこそげ取られていた。


 かちかちと、音がした。

 震えて歯を鳴らしながら、神田林さんが言った。


「マホ……スマ、ホ。は、はい……配信!」

「!!」


 スマホで配信サイトのアプリを開くと――


 いくつも配信が並ぶ中、一番上に表示されてるのは救難配信だった。

 僕らのではない。


「ふぁ、ファストファインダースが……クラスAパーティーが救難……配信!? ありえない!!」


 神田林さんが漏らす通りの異常事態だった。


 クラスAパーティーが救難配信をするなんて、まずあり得ない。

 しかしいま、それが行われている。

 つまりそれほどのことが、起こっているということなのだ。

 僕らも、巻き込まれかねないほどの近くで。


 救難配信に映ってるのは、ファストファインダースのオリジナルメンバーでもあるベテラン3人。


 爆熱のマジシャンザ・ファイヤ『安治川”マッキー”真一』。

 支配的補助術師ドミネーター『南雲芳野』。

 人間型金剛石ヒューマンダイヤモンド『逸見尾治郎』。

 

 そして彼らが戦ってるのは『顔』だった。

 でも僕らが戦った『顔』より、ずっと大きい。

 ビルくらいの大きさがありそうな『顔』だった。


『顔』の操る触手もまた、僕らが戦ったのよりずっと多く、太く、速かった。


 マッキーの放つファイヤボールを、蒸発しながら防ぎ。

 芳野の結界を、叩いてヒビを走らせ。

 尾治郎のガードを――


「あ、ああ……尾治郎……尾治郎ぉ……」


 落ちてきた3人のうち、起き上がった1人がスマホを見て呻いた。

 触手に吹き飛ばされた尾治郎の、右肘から先が失われていた。

 コメント欄の、誰かの発言。


『誰が助けに行くんだよ、こんなの』

 

 いまや3人とも、僕が持つスマホを食い入るように見てた。

 2人はしゃがみこみ、1人は横たわったまま。

 見開いた目から、涙をこぼしながら。


「ヨシノ……ヨジノ……ユルジテ…………」

「ちくしょう。ちくしょう……尾治郎が……尾治郎が……」

「どうして……どうして、こんな…………」


 この3人は、助かるのだろう。


 彼らはクラスAの探索者だ。負傷してても『顔』と戦ってる3人が時間を稼いでる間にこの場を離れ、救助を待つか自力で生還するかくらいは出来るはずだ。クラスAの探索者とは、そういう人達だ。そういう逸話は、僕もいくつも知ってる。


 そして僕と神田林さんもまた、目の前の3人に着いてけば助かるに違いなかった。


「ちょっと見せて」


 神田林さんのスマホを受け取り、僕は観た。

 僕らの救難配信を。

 同時接続者数は『1』――1人しか観ていない。

 当然だろう。

 みんなファストファインダースの配信を観ているのだ。


 でも、これで充分だった。


 僕は言った――神田林さんの持つ、ドローンに向かって。

 僕らの姿を映している、カメラに向かって。


「僕らは、この場所から避難します。ファストファインダースの人たちが戦ってる場所から、出来るだけ離れるように。いまここにいる3人も、ファストファインダースの人たちです。この人たちと一緒に、僕は避難します。そして、生還します。帰ります。絶対に、帰る。だから、お願いします。出来るだけ多くの力で、助けに行って下さい。まだ戦ってるあの3人を、助けに行って下さい――では、僕たちは避難を始めます」


 神田林さんの手からドローンを取り上げ、僕は映した。

 カメラを向けた。

 嗚咽する、3人に。


「お願いします。僕と彼女を安全な場所まで連れて行って下さい。僕たちを、生還させて下さい」


 3人が、僕を見た。

 僕も、3人を見た。

 その目から、すっと涙が消えて。

 やがて彼らは、立ち上がると歩き出した。


「来い」


 とだけ言って。


 スマホのアプリを閉じ、僕と神田林さんはその後を追った。

 最初は無言だったけど、歩き出してしばらく経つと、独り言のように、3人が話してくれた。


 深層のマップを更新する任務だったこと。任務を終え帰途につこうかという時、『顔』に襲われたこと。襲撃を受けた最初の時点で、尾治郎たちと分断されてしまったこと。逃げろと言う尾治郎たちに逆らって、戦いに参加しようとしたこと。しかし自分たちを庇って、尾治郎たちがダメージを受けてしまったこと。ようやく逃げるという判断をしたのと同時に、範囲攻撃で吹き飛ばされたこと。そして――僕らのいた場所に落ちてきたこと。


 僕らも話した。

 どうして、僕と神田林さんがあの場所にいたのかを。


「そうか」


 と言ったのは、赤松和也。

 他の2人は、山際宗薫とガルシア麗子。

 今更ながら僕は、どこかで見た彼らの名前を思い出していた。

 

 ドローンの電源が切れたのは、歩き始めて15分も経った頃だった。


 ちょうど、探索者用のセーフハウスが見えたところで。

 僕らは、足を止めた。


 そこで、待っていた。


 大きさは直径50センチで、さっきのと同じくらい。

 でも数は、10匹以上。


『顔』が、僕らを待っていた。


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お読みいただきありがとうございます。


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