148.猫と一緒にダンジョンデート(前)
「あ~あ。今日は、スキル切ってなかったのに」
最後は長机の上で気を失った美織里が、目を覚ました頃には午後も遅い時間になっていた。
「へ~。そうだったんだ」
「……むぅ」
ふくれっ面だったけど、僕が涙を拭いたり服を着るのを手伝ったりしてたら、すっかり上機嫌になった。
学校を出てもそれは変わらず――
「来週はぜんぶ補習でしょお? 撮影するとしたら、
並んで、というには近すぎる距離ではしゃぐ美織里は、僕の首に腕を回して、ぶら下がるようにしながら歩いている。
僕はまだ知らなかった――そんな僕らの様子を隠し撮りしたショート動画が『明らかに事後なみおりんとぴかりん』というタイトルでバズるだなんてことは。
それはさておき――いつにも増してつやつやな顔で、美織里が言った。
「明日のMTTの企画には、光も出てもらうからね」
次の企画?
「それはね~。『ダンジョンデート』!」
●
翌日の土曜日、夏休み1日目。
僕たち――僕と美織里と彩ちゃんと神田林さんとさんご――は
NRダンジョンがあるのは千葉で、運転手の川端さんによると、
「ここらへんを車で走れるなんて、ちょっと前なら考えられなかったっすね~」
とのことだった。
さて今日の企画の『ダンジョンデート』だが、文字通りダンジョンでのデートで、探索はしない。というより、探索にならない。
「『地下ゲート型』が千葉に多いの、ゴルフ場が密集してるからっていうけど、本当なんですかね~」
「私も気になって調べたんですけど、長野や山梨にも多いそうですから、あながちデマとも言い切れないかと……」
彩ちゃんと神田林さんの会話にも出てきたように、NRダンジョンは『地下ゲート型』のダンジョンだ。
では『地下ゲート型』とは何かというと、文字通り、ゲートが地下にあるダンジョンだ。地下第1層がゲート以外なにもない空間になっていて、そこにはモンスターも出ない。
つまり『地下ゲート型』とは、第1層限定なら、スキルを持たない一般人でも入れるダンジョンなのだった。
となれば物珍しさも手伝ってデートスポットにもなるわけで、そこでデートするのが、今日の企画だった。
ちなみにNRダンジョンに入るには1500円の入場料が必要だ。もっとも探索を行う場合は受付で返金されるのだそうで、実質、一般人のみが対象となっている。
そんなことを話してると、美織里が言った。
「1500円か~。ねえ、ちょこっとだけ探索しない? それで帰ってきたお金を、次の企画に回そうよ。『スタバでおもしろカスタマイズ選手権』。『ダンジョンデートの時のキャッシュバックをスタバで使っちゃいま~す』みたいな感じで」
中高生でも行けそうな店を使った動画は、
美織里が言ったのもの1つなのだろうけど「おもしろ……」と、神田林さんが眉をひそめたのは見なかったことにしておこう。
そこでむくりと起き上がると、さんごが言った。
「そのお金をそのまま使うのは、経費の処理が面倒だからやめておこう。でも動画間に動線を作るという意味では良策だね。探索してキャッシュバックを受けとるシーンも撮影することにしよう」
「じゃあ、デート動画を撮った後に探索――着替えはどうする? 更衣室無いよね? ユニクロとかあるから、試着室借りる?」
「試着室はやめた方が良いかと――炎上する可能性も、ないとはいえないので」
「じゃあいったん外に出て~、着替えて、また1500円払って中に入りますか~? う~ん」
そんな話になったのは、3人とも探索服じゃなくて、別の動画で買ったデートコーデだったからだ。『彩ちゃんって私服ダサそうだよね』という美織里の暴言で始まるその動画は、MMTのチャンネルで屈指の再生数を誇っている。
「ま~いいか。後で考えれば」
ということで、とりあえずダンジョンに入ることになった。
1500円を払って、地下に降りると――
「明るい……」
神田林さんの呟きに、同意せざるを得なかった。NRダンジョンの中は、通常のダンジョンに比べて明らかに光量が多く、眩く、ダンジョンの外より明るく感じるほどだった。
「ほら、上。上――」
彩ちゃんに言われて上を見れば、そこはフィールド型ダンジョンの空でもなければ洞窟型ダンジョンの天井でもなかった。
「ここって、アーケードになってたんですね~。いや~、写真じゃまったく分かりませんでしたねえ」
数十メートルはあるだろう高さに鉄骨が張り巡らされていて、そこに付けられた無数の照明。そしてアーケードの下にある数百の店舗からの光が、この明るさを生み出していたのだ。
しかし、ダンジョンの1層全体を覆うアーケードって……採算は取れるのだろうか?
「そりゃ1500円も取るんだから」
って美織里、1500円じゃいくら集めても足りないと思うよ。
予約していたカフェのオープンテラスに拠点を構え、撮影を始めることになった。
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