126.猫と久々の探索です(6)天津さんに任せよう

 さんごと会話しながら、鹿田さんと蝶野さんを観察していた。


「みんな、無事みたいね」

「ああ……」

「……なんか言ってみ」

「…………」

「謝っていいよ?――ほれ。言ってみ」

「……すまん」

「いいよ。あんたのせいじゃない」


 僕らが洞窟ここに引きずり込まれたのは、鹿田さんが『手』に反応したからともいえる――いや、端的に起こったことをいうならそうでしかない。


 だけど、それを責められるかどうかは別だ。


 空と海からの『手』に気を取られて、丘から伸ばされた『手』については、誰もまったく意識していなかった。


 だから、誰が原因でこうなっても、おかしくなかったのだ。


 もちろんそんなことは鹿田さんも分かっているだろうけど、気持ちの問題は簡単じゃない。そして鹿田さんは、単純に謝ることにすら罪悪感を抱いてしまうタイプみたいだった。


 蝶野さんは、それをよく分かっていて、それを踏まえたやり方で、鹿田さんの心をほぐしているのだ――と、そう思っていたのだけど。


(…………あれ? この雰囲気って)


 察するところがあって、僕は2人に背を向けた。


 すると――ちゅ、ちゅ。


 短くだけど、長さは必要なく、何をやってるのか丸わかりな音が聞こえてきたのだった。


(そういうことか~~~っ!)


 鹿田さんと蝶野さん。

 2人は、そういう関係だったわけだ。


 一方、天津さんはといえば。


「ぶつぶつ……デトロイトダンジョンは、海洋型ではなかった……でも湖はある……ぶつぶつ……追試では再現しなかった……でも追試まで14ヶ月も間が空いたのは不自然……工作期間?……『ダンジョン12人委員会』……まさか!? あれは都市伝説だったはず……ぶつぶつ」


 いまだ思考の海の中にいるようで、抜け出すには時間がかかりそうだった。


 その間に、僕もちょっと考えることにした。


 まずは、昨日の講義を思い出す。

 二瓶さんは、こう言っていた。



「ここらへんは皆さんもお分かりでしょうが、長期間の探索では、メンバーの行動に傾向が現れてきます。私は『寅さんメソッド』なんて呼んでるんですが、まずは全体を俯瞰して判断する賢人。寅さんでいうとおいちゃんですね。それから状況に流されるだけの小市民。ヒロシです。考えがえ近視眼的で、機転が効くのと調子が良いのを取り違た俗物。タコ社長。それから思考停止状態で、もっともらしいことを言ってるようで、実は何も言ってないに等しい馬鹿。御前様。気を付けるべきはタコ社長で、このタイプは結果論で話を広げてきますから注意しましょう。こういう人を賢人と間違えてしまうと大変なことになります……酷い言い方をしてますけど、大切なのはその状況で自分がどれに当てはまってるかを認識して、賢人の判断に耳を傾けることです。それから、自分のミス……誤った判断をしてしまう、その傾向を把握して誤りを事前に回避すること。簡単に言うと、エゴに囚われず考えをフラットにしよう、ということです」



 今ここにいる4人を、タイプで分けてみる。

 すると、こうなった。


 賢者:蝶野

 小市民:鹿田

 俗物:光

 馬鹿:天津


 状況に呑まれつつある小市民が、鹿田さん。


 そんな鹿田さんの状態を把握して、フォローする蝶野さんが賢者。


 思考することで思考停止に等しくなってる天津さんが馬鹿。


 それから、僕が俗物だ。


 4人の中で、1番情報を持っているのが僕だ。

 でも、全てが分かってるわけではない。


 それを忘れて動くのは『近視眼的』で、そこにこの洞窟で見たものを加えて思考するのは、まさに『結果論で話を広げ』る行為にほかならないだろう。


 自分を『賢人と間違えて』みんなを指揮してしまったりしたら『大変なこと』になるのは、火を見るより明らかだ。


 ちゅ、ちゅが止んだようなので振り向いてみた。


 僕が背を向けてた意味が分かったようで照れ笑いする蝶野さんと、顔を赤くしてはにかむ鹿田さんに、スマホの画面を示す。


 表示されてるのは、メッセージアプリだ。


 それを見て、2人もスマホを取り出すと、同じアプリを起動した。


 3人だけのチャットルームを作るのに、5分もかからなかった。



 光:お疲れ様です

 チョリ:おつおつ

 しかだ:最初に謝っておくことにする

 しかだ:済まなかった

 光:いいですよ。別に

 光:多分、誰かがこうなってたと思いますから

 チョリ:メンバーが変わるだけでね


 いちおう説明しておくと『チョリ』が蝶野さんで『しかだ』が鹿田さんだ。


 光:これから、どうしますか?

 光:選択肢としては、ここで救助を待つか、自力で脱出する方法を探すか

 チョリ:それって危険とバーターだよね

 チョリ:ワンチャン、自力脱出もイケるんじゃないかと思ってるんだけど

 チョリ:動けば、それだけ危険が増える

 チョリ:救助を待って、ここに留まる分には危険は少ない

 チョリ;でもこれまで丘の向こうに来て帰ってきた人がいないわけだから……

 光:少なくとも、外から救助する方法は見つかっていない

 チョリ:そうそう

 チョリ:自分で脱出する方法を探す方が、まだマシってわけ

 光:そこの判断って、最終的に誰がします?

 チョリ:イヤらしい話だけど、天津さん一択だね

 チョリ:どっちを選んでも責任問題は発生すると思うわけよ

 チョリ:そうなった時、責任の所在がはっきりしてなかったら地獄でしょ

 チョリ:この4人を分けるとしたら

 チョリ:うちら3人と天津さんでしょ

 光:そうですね

 光:でも、どちらを選ぶにしても

 光:ここに居続けるのも不味い気がします

 光:しかださんはどうですか?

 しかだ:最低限の探索は必要だろう

 しかだ:脱出方法を探すにせよ救助を待つにせよ、周辺の状況を確認するのは必要だ

 光:そうですね

 光:では、天津さんにそういう判断をしてもらう

 光:ということで良いでしょうか?

 チョリ:よいよい

 鹿田:了解だ


 それからいくつかのことを決めて、僕らは天津さんに判断を求めることにした。


 といっても、僕らの決定をなぞってもらうだけの、誘導尋問に近い会話だったのだけど。


 何もかもを天津さんに押し付けることで、僕らは、生還できない可能性について悩むことさえ、天津さんに押し付けたのだと思う。


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