127.猫と久々の探索です(7)ちょいちょい黒い蝶野さん

 10分後、僕らは出発した。


 自力脱出の方法を探すか、救援を待つか――その判断を求められた、天津さんの答えは。


「周辺を探索して、それから決めましょう」


 というものだった。


 それに対して『丘の向こうから帰った人って、これまでいないんですよね?ってことは救援する方法なんて無いんですよね? だったら自力で脱出するしかないんですか?』なんて突っ込みは誰もいれなかったし、天津さんも口にしなかった。


 歩き出す、僕らの並び順はこうだ。


 鹿田

 蝶野

 天津

 光


 盾役の鹿田さんが先頭を行き、その補佐を蝶野さんが務める。その後ろで天津さんが状況を判断し、僕が後方を見張る。


 チャット会議で、僕が提案した陣形だ。


 それを見て、蝶野さんが僕にだけメッセージを送ってきた。


 チョリ:そういうことだよね?

 光:そういうことです


 4人の中で1番判断力が無い、というか判断を口にするのを躊躇ってるように見えるのが鹿田さんだ。


 その彼に先頭――リーダーを任せることで、どちらかといえば尖った部分のある他の3人の判断を均してもらうのが狙いだった。


 それからもう1つ。


 チョリ:前に出してもらった方が

 チョリ:シカも落ち込まなくて済むと思う


 先頭に立ち思考することで、罪悪感を忘れて欲しいという狙いもあった。


 チョリ:ありがとう


 自分が知ってる盾役――彩ちゃんの顔が思い浮かんで、自然とそういう考えになったのだった。



 出発して5分も経たず、モンスターが現れた。


「前方にモンスター! ストローマン1体!」


 砂浜で最初に現れたのと同じ、細長い身体の巨人だ。


「蝶野! フォロー頼む!」

「まかせされた!」


 がつん!――鹿田さんが前に出て、巨人に盾を叩き付ける。巨人がよろめいたところへ蝶野さんが打撃を喰らわせると。


「ぴぃ――――――――っ!」


 笛みたいな音を立てて、巨人が爆散した。


「「「!!」」」


 あまりに見事な巨人のやられっぷりに、みんな驚いた。僕の『雷神槌打サンダー・インパクト』に匹敵するほどの威力の一撃だったのだ。


 そして1番驚いてたのが、蝶野さんだった。


「お、おおっ! 凄いねこれ・・、ぴかりん!」


 蝶野さんが手にしてるのは、カリスティックではない。『手』に引きずられる途中で、カリスティックはなくしてしまっていた。


「いえこれほどとは……僕も思ってなかったです」


 いま蝶野さんが装備しているのは、黒い靴べらだ。以前の講習で狂刃巻島と戦った時に使ったのと同じものを、ジョーカーユニットで作って渡したのだった。


「この盾も、凄い――相手の力が、そのまま跳ね返っていったぞ」


 装備をなくしたのは鹿田さんも同じで、いま鹿田さんが持ってる盾も僕が作ったものだ。


 正確には、僕が作ったのは盾の外枠と持ち手で、何故それだけかといえば、鹿田さんのスキルが理由だった。


「ここまで軽くて強い盾は初めてだ――素材次第で、まさかここまで変わるとはな」


 鹿田さんがスキルを解くと、盾が枠と持ち手だけに戻る。そして枠の内側はといえば、緑色のガムテープが隙間なく貼られていた。


 普通なら板が張られてる部分がそのままガムテープに置き換えられている。


『強枠』――それが鹿田さんのスキルだ。


 枠の内側に貼られた物質を、枠と同じ強度に変えるというスキルで、だからガムテープでも相手の攻撃を受け止めることが出来る。


 ふだん鹿田さんが使っている盾はポリカーボネイト+鉄製の枠という組み合わせで、僕が精神感応素材イデア・マテリアルで作った盾の枠は、それよりずっと軽くて頑丈らしい。というわけで、いま鹿田さんが持ってる盾には、ガムテープで作った棘まで付け加えられていた。



 それから何度か戦闘して、元の場所に戻った。


 そこで、再び話しあった結果――


「強いモンスターもいないようですし、もう少し範囲を広げて探索してみましょうか」


 ということになった。


「スマホ、通じないんですよねえ……となると、自力での脱出を目指すしかありませんか……」


 天津さんの考えは、自力脱出に傾いてるようだった。スマホで外部との通信を試したけど、通話もインターネットも通信不可能で。


「調査で飛ばしたドローンと通信不能になったのも、こういうことだったんですねえ……」


 さっき二瓶さんも言ってたことだけど、過去に『丘の向こういま僕らがいるここ』を調査しようとして飛ばされたドローンは、全て通信不能になって帰らなかったらしい。


 ダンジョンの中で、ドローンは無線基地としても働いている。ドローンが通信不能になるということは、それを経由して通信するスマホも通信不能になるということなのだ。


「助けを望むのは難しいか……」


 そう言う天津さんは、どんよりとした口ぶりだ。

 そこへ、蝶野さんが口を挟んだ。


「じゃあ、救難配信も無理ですかね」


 救難配信は、ダンジョンで遭難した時に行う配信で、近くにいる探索者に助けを求めるのが目的だ。


 しかし、ドローンが通信不能になってる状態では――しかし。


「そうとも限りませんよ?」


 と、天津さんは返したのだった。


「確かにスマホからドローンを経由しての通信は、うまくいってません。でもそれは、ドローン自体が通信不可能となっていることと同義じゃないですから! ドローンから直接通信するなら――配信はドローンから行われるものですから、もしかして」


 打って変わってポジティブなことを言い出す天津さんに、僕が驚いてると。


 メッセージが送られてきた。


 チョリ:疲れた人間ってさ

 チョリ:他人の意見にNOって言いたがるものなんだよね

 チョリ:たとえ、さっき自分が言ったことと矛盾してても

 チョリ:で、そうなると脳も働き出したりする


 どうやら、そういう心理の働きを利用したやりとりだったらしい。


 チョリ:ていうかさ

 チョリ:こういうメッセージを送るのも

 チョリ:インターネット経由なわけじゃない?

 チョリ:てことは配信できてもおかしくないよね?


 その通りだ。


 僕は見た――どらみんの背に乗る、王子を。


 現在、身動ぎひとつしないフィギュアを演じてる王子は、声やウインクの代わりにこんなメッセージを送ってきた。


 王子:この程度の空間位相を越えて通信するなど、私には容易いことだ。

 王子:もちろん、あの程度の粗略な情報機器を乗っ取ることもな


 ちなみに通話やインターネットの使用に制限がかかってるのは『面倒臭いことにしたくないから』というさんごからの指示によるものだったらしい。


「出来た……出来ました! 出来ましたよう!」


 そうして、僕らの救難配信が始まったのだった。

 いや、始めることになった・・・と言った方が正しいか。


 にやり――という程ではないけど、口の端を上げる蝶野さんの誘導によって。


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お読みいただきありがとうございます。


さてさて、蝶野さんが怪しい感じになって来たところで配信開始です。


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こちらの作品もよろしく!

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