128.猫と久々の探索です(8)配信と思惑

「こんにちは。声、聞こえてますか? 私たちは、いま、OFダンジョンで遭難しています。これは救難配信です。繰り返します。私たちは、いま、OFダンジョンで遭難しています。遭難した人数は4人。怪我人や、脱落した人はいません。私たちは、いま、OFダンジョンで遭難しています。遭難した人数は4人。怪我人や、脱落した人はいません……あ。見ていてくれる方、コメント、ありがとうございます。私たちは、いま、OFダンジョンで遭難しています。人数は4人。怪我人、および脱落者はいません。体勢を整え、これより、自力脱出の手段を探すため、周囲の探索を行おうと考えています……」


 救難配信が始まり――


 天津さんがドローンに向かって話し始めると、すぐにコメントがつき始めた。


※周囲洞窟だけど、OFダンジョンって海洋型だったのでは?

※確か海と砂浜しか無かったはず


「そうなんですよ! OFダンジョンは海洋型で、私たちも砂浜を探索していたんですけど、事情があってこのような洞窟にいるというわけで……」


※もしかして『丘の向こう』?

※なにそれ?

※もしかしてクラスD講習?

※やばくね? 丘の向こうって帰ってきた奴いないんでしょ?


「たは~。そうなんですよね~。そういうのがあるから、気を付けてたんですけどね~」


 コメント欄とやりとりする天津さんの言葉遣いは、だんだん砕けていってるというか、幼く感じられた。これが素なのだろうか。会ってまだ2日目で、そういえば彼女のことは、まだ何も知らなかった。


 たとえば、彼女のスキルとか――それよりも。


 蝶野さんだ。


「…………くくっ」


 配信する天津さんを見るその顔は、もうはっきりと、にやにや笑っている。


 さっきから感じてたことだけど、彼女には、天津さんに対する悪意というか、おもちゃにして楽しんでるようなところがあった。遭難してる状況で、天津さんに責任を押しつけて現実逃避している?


 いや、違うと思うのは――蝶野さんが、異常なくらい落ち着いて見えるからだった。


 僕が平静を保っていられるのは、さんごからの情報があるからだ。でも、蝶野さんにそれは無い。鹿田さんにもそれはいえた。落ち込みはしてもパニックには陥っていない。


 そう――こんな状況なのに、鹿田さんも蝶野さんも天津さんも、誰1人として叫んだり喚いたり誰かを責めたりとかいった、パニックに陥っていない。


 まるで……


「それでは出発します。先ほど、30分くらいかけて近くを探索したんですけど、今度はもう少し遠くまで足を伸ばしてみたいと思います」


※ここで救助を待ってた方が良くね?

※救援に来た連中と行き違いになるぞ

※帰ってきた奴いないんでしょ? だったら救援を待っても無駄なのでは?


「一応、そこは考えててですね~。ドローンが3台あるんですけど、1台は元の場所に待機させておきます。ですので~。配信をやってる残りの2台と位置情報を教えあって、救援部隊が来たら私たちのところへ案内してくれるようになってるんですよ~」


※なるほど

※ドローンからの通信は出来てるわけだからな

※これをきっかけに『丘の向こう』との行き来が出来るようになったりとか?

※出発する前に自己紹介するべきなのでは?


「たは~。そうでした。安否を知らせるためにこういう配信をやってるわけですからね~。では1人ずつ、自己紹介をお願いしま~す」


 いきなり振られて、まずは蝶野さんが声を上げた。


「蝶野真鈴です。こんなトラブルに巻き込まれましたが、コンディションには問題ありません。絶対、生還してみせます! はい、次は鹿田シカ!」


 次を鹿田さんに振る蝶野さんの表情からは『自分のせいで遭難したとか、余計なことは言うなよ』というニュアンスが感じられた。神妙な顔でそれに応える鹿田さんは。


「鹿田和夫です。体調は万全。問題なし!」


 とだけ。

 そして最後に僕だ。


「春田光です。問題は……ありません。生還して、無事『クラスD昇格者向け講習』を終えたいと思います。あ。それから、どらみんです。どらみんも無事です」

「きゅ~」


※ぴかりん!

※ぴかりん!

※まさかここで、ぴかりん!!

※遭難してる時点で問題あるし無事でもないw

※今日はみおりんいないの?

※ぴかりん遭難してイデアマテリア大騒ぎなのでは?

※どらみんもいる!

※ということは彩ちゃんも?


「ええと……彩ちゃんも一緒に講習を受けてますけど、彼女は砂浜に残ってます」


 コメントは、ドローンが空中に投影するスクリーンに表示されている。

 視界の邪魔になるから、危険の少ない低層で配信する時くらいしか使わない機能だ。


 こんな機能を使ってる時点で――


※意外と緊張感ないよねw


 と言われても仕方がなかった。

 本当に、こんな状況なのに……どうしてだろう?


 違和感は増すばかりだけど、そんなのとは関係なく探索は続くしモンスターも現れる。


「前方にモンスター! ストローマンが2体!」


※やるねえ、蝶野さん

※盾役の子も上手いんだよな

※上手いだけじゃなく力強い

※調べたけど、この2人って王義捐のトップパーティーだったんだな

※ぴかりんは戦わないの?


 コメント欄にも、緊張感がなかった。

 もう何度目になるかも分からないストローマンとの戦闘を終えると、小声で蝶野さんが言った。


「ぴかりんの靴べらこれさ、もちろん非売品だよね? マジ、店で売ってたら買い占めたいレベルなんですけど」

「はは……気に入ったんだったら、帰ってから何本か渡しますよ」

「だったら鹿田にも。同じパターンの戦闘が続いて集中が落ちてる。装備を変えて、その刺激で意識をリセットさせたい」

「……了解です」


 こういうのは、勉強になる。これまで僕がやってきた探索は過度な緊張感の数珠つなぎというか、気を緩める間もなく訪れる刺激で勝手に気分が上がったり下がったりしていた。こういった淡々と行われる探索の中でメンタルを程よい状態にキープするノウハウなんて、学びようがなかったのだ。


「これ、使ってください。蝶野さんに渡した靴べらより固めに作ってあるので、そんなにはしなり・・・ません」


 鹿田さんに渡したのは、棍棒だ。


 僕も使ってるバットを15センチ短く、そして1センチ太くしたものだった。最初に鹿田さんに渡した盾もそうだけど、ジョーカーユニットの使い方に慣れてきたのか、最近はプリセットされてるもの以外にもいろいろ作れるようになっていた。


「シールドバッシュをフェイントにして……こんな感じか。蝶野チョリ、ちょっと合わせてくれ」

「はいは~い」


 その場で、コンビネーションの練習を始める2人。

 ちょうど天津さんが、ドローンがマッピングした内容を確認するため立ち止まったところでもあった。


 そんな中、僕は彼らを見ていた。


 彼ら――2人の、中年男を。

 

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お読みいただきありがとうございます。


そういえば、配信コメントを書くのは初めてだった気がします。

洞窟に飛ばされたメンバーの思惑が、そろそろ出てき始めましたね。


あと2回くらい洞窟組を書いて、その次は掲示板回の予定です。

ちなみに光達のスマホでは、配信サイトや掲示板を見ることは出来ない状態です。


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