211.猫もコーナーを持っている(中)
蒲郡先生達を見送り、レストランに戻った。
その途中で、気付いた。
(当然だよね……)
隣を歩く、彩ちゃんが気を張り詰めている。
表情や仕草に出ないよう、気を遣っているのは分かるのだけど、それでも漏れ出てしまうものがあった。
原因は、蒲郡先生だ。
蒲郡先生に呼び出されて会って、UUダンジョンに来て、一緒に探索する間、彩ちゃんは僕らと連絡が取れない状態になっていた。
自分に都合の良いご都合主義を引き寄せる蒲郡先生のスキル――『シュリンク』によって。
それによって、スマホばかりか、さんご謹製の脳内メッセージまで使えなくなっていたのだ。
重大なのは後者で、僕らが信用して依存してるといっても過言ではないさんごの力が――その一端ではあっても――封じられたとなると、蒲郡先生に対して警戒心を抱かない方が難しい。
話を聞いただけの僕でも背筋に冷たいものを感じたのだから、当事者の彩ちゃんが――そんな事情が分かってたかは分からないけど――わけの分からない状態に置かれて困惑してたのは想像に難くない。
「彩ちゃん」
手を握ると、彩ちゃんの中に残った、かき氷に混じったちょっと大きな氷みたいな緊張が伝わってくる。そしてそれより強く、夏のアスファルトに手を近付けたような熱さが。
どちらからともなく手を引いて、僕らは建物の影でハグをした。
彩ちゃんが言った。
「うふふ……ありがとう。大丈夫だから。ごめんね。これから大変なのは光君なのに。私が、変なとこ見せちゃって」
「いいよ」――僕が頭を撫でると、彼女は鼻を鳴らして続ける。
「あのね。困惑っていうか混乱っていうか『なんじゃこりゃ』って感じだったけど、怖いとかそういうのじゃなくて、思わぬところから喧嘩を売られたっていうか、なんというか、光君が心配してくれるのは分かるんだけど、へこんだりとかそういうのではなくて――ごめん。むしろ面白がっていたというか。光君が、こういう風にしてくれるのも、なんというか……単純に、役得?」
そう言って胸に頬を擦り付ける彩ちゃんに、むしろ僕の方が緊張をほぐされていた。
「優しいね……光君は」
上目遣いで見上げる彩ちゃんに、どきっとして。
(キ、キスしちゃおうかな……)
なんて思ってしまうくらいには。しかし、そんなの許されるはずもなく――メッセージが来た。
美織里:ういーっす
美織里:野球、勝ったどー
パイセン:安打は全てシングル扱いにされる
パイセン:という縛りプレイでしたが
彩ちゃん父の草野球の応援に行ってた美織里とパイセンからだった。
美織里:塁に出たら確実に3盗して
美織里:実質3塁打にしてやった
パイセン:(手を叩いて大笑いするスタンプ)
パイセン:(指をさして相手を嘲笑うスタンプ)
2人とも、大いに野球を楽しんだみたいだった。
で、いまどこに?
美織里:あと1時間でそっちに着く
美織里:現地じゃやってる暇ないと思うから
美織里:メッセージでミーティングしよう
美織里:じゃあまず議題は、あれね
美織里:彩ちゃんと連絡取れなかった件
パイセン:それな
彩:あれって、蒲郡先生のスキルが現任ってことでいいんですかね~
美織里:さんご~。どうなの~?
さんご:その理解で問題ない
ここで、さんごも参加してきた。
美織里:どうなのよ~、さんご
美織里:やばいんじゃな~い?
美織里:あんたの脳内メッセージまで使えなくなっちゃうとか~
さんご:僕が提供しているメッセージアプリは
さんご:こうして脳内で会話をしていても
さんご:通信自体はスマホに依存している
さんご:だから、スマホが通信出来ない状況では
さんご:脳内での会話も出来なくなる
さんご:ごくごく当然のことだ思っているけど?
美織里:通信出来なかったのはスマホのせいで、僕の技術が負けたわけではありませ~んって?
さんご:そう言ってるつもりだけど?
美織里:ならさ
美織里:心配ないよね
美織里:蒲郡先生のスキルで
美織里:あんたがあたし達にくれたスキルが無効にされることはないってことで
さんご:そう考えてくれていい
さんご:君達に与えたスキルには
さんご:妨害を可能とするような脆弱性はない
さんご:ただ気を付けて欲しいのは……
美織里:のは?
さんご:君達自身が『妨害』を許可してしまった場合だ。蒲郡の『シュリンク』がもたらすご都合主義によって、君達自身がスキルの発動をキャンセルするような心理状態にさせられてしまったら、手の打ちようがない
それって、精神攻撃?
さんご:そうだ。そしてそれに魔力は使われない。ご都合主義な出来事の連鎖によって、そういう心理状態にさせられてしまうんだ
美織里:それって、無敵じゃない?
さんご:ああ、無敵だ
さんご:でも、対処は難しくない
それからさんごの話す『対策』を聞いて、この話題については終わった。
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