130.猫と久々の探索です(10)そこで行われたこと

 年齢は、20代の終わりくらいか。

 肌はそうでもないけど、顔つきは白人のそれだった。


「そいつら、殺らせろよ」


 剣を振り下ろしたままの姿勢で、男が言った。


 そこから突くことも、こちらの足下を薙ぎ払うことも出来るだろう。丈夫そうな布の服に重ねて、肩、胸、腰、脛、前腕と、全身の要所を革鎧で覆っている。

 

「下がって」


 僕を蝶野さんたちのところまで下がらせ、天津さんが前に出た。


 そして言った。


「あの――すみません。どなたでしょう? どうしてこんなところに?」


「ああ……確かにな『すみません。どなたでしょう? どうしてこんなところに?』ってあんたが言ったら見逃すって、そういう合い言葉だ――だがな、そう言ってもいられねえ……そこの小僧どもだ。どうして、ミスリルの武具なんて持ってる? あんたらの世界に、そんなのは無いって言ってたよな? バルダの末裔すえか? だったら酷えじゃねえか。バルダの末裔やつらを見つけたら、俺らに引き渡すって約束――そうだったよな?」


 そう言うと、男は――天津さんの口から、くぐもった声が漏れる。


「ん、ぅむ、ん、ん……」

 

 天津さんを抱き寄せると、男は唇を合わせ、口を吸い始めたのだった。


 直接的に言うなら、キスをした。


「ふぐ、あう、あぅ、う”う、うぅ……」


 顔と顔が角度を変え、指先が背筋を撫でるたび、天津さんの身体がぴくぴく震え、弓反りになる。


 唇を離すと、男が言った。


「会いたかったんだぜ……いまだに名前も教えてもらっちゃあいねえがよ。ギータもレンゲルもマーシュも、もちろん俺だって、あんたみたいないい女と楽しめるならって、こんなクソみてえな任務を引き受けてるんだ」


 そしてまた唇が重なり合い、蹂躙が再開される。


「ふぅぐ、んぐ、んぐ、んん……」


 天津さんもまた男の頭を抱き、自ら顔を押しつけていた。 


「「「…………」」」


 顔を見合わせると、蝶野さんも鹿田さんも『何を見せられてるんだか分からない』って表情だった。


 きっと、僕もそうだっただろう。


 何がなんだか分からないけど、それでも分かるのは、天津さんと男が知りあいというか、男女の関係であること。そしてもうひとつ――


『ミスリルの武具を持ってやがる』


 男が言ったミスリルの武具というのが、僕らの持つ靴べらや盾、バット――精神感応素材イデア・マテリアル製の武器を指すのだろうということだ。


 僕は、言った。


「行ってください――分かってるんですよね?」

「――うん」


 頷いて、蝶野さんたちが駆け出す。


 その足取りには、迷いのかけらも無くて――思った通り、あの2人は、丘の向こうここからの脱出方法を知ってたらしい。


 そしてそれは、彼女も同じだったに違いない。


「ああ、ああぅ……私も会いたかった。ふぁあ、会いたかったのぉ……」


 嬌声をあげる天津さん――彼女もまた、ここに出入りする方法を知っていて、実際に何度も出入りしていたのだろう。


 そうして、男と逢瀬を重ねていたのだ。


「…………」


 天津さんの、いまは首を吸いながら、男はじっとこっちを見てた。


 僕が、蝶野さん達を逃したのも。

 いま僕が、バットを掲げて見せたのも。


 僕は言った。


「これは、僕が作ったものです。彼らが持ってた武器も、僕が作って与えました。バルダの末裔というのが何かは分かりませんが――僕の名前は春田光。バルタと春田、ちょっと似ていますね」


「よこせ」


 言われるまま、バットを男の足下に放った。


 男はそれを拾うと、ひとしきり眺めて――


「おい兄ちゃん、あんた――親父の、それから祖父さんの名は?」


「父は春田光男。祖父は春田公三で――2人とも、もう死んでいます」


 そう答えながら、僕は首の後ろ辺りにじりじりとしたものを感じていた。目の前の男に向けて、何かが集まって、凝縮していくのが分かった。


 熱いような冷たいような、固いような柔らかいような、相反する様々なものが1カ所に凝って、放たれるその時に備えているような、それをひと言で表すすなら――殺気。


 やがて――


「……着いてこい」


 そう言うと、男は脇道へと入っていった。

 天津さんの肩を抱き、胸を揉みながら。


 その横顔を――


「スウェイン……」


 うっとりした表情で見上げる天津さん。


 着いていくと、この脇道も、これまで入った脇道と変わるところはなかった。


 最後は行き止まりになるのも、同じだ。


「へぇ……今日は運が良かったな」


 行き止まりには、男が3人いた。

 全員、着けてる装備は最初の男――スウェインと同じだった。


「相変わらず、いい女じゃねえか」

「まったく、今日は楽しめそうだぜ」


 男達の口から、下卑た言葉が漏れる。

 しかし彼らの表情に、下卑たところは全くなかった。


 視線はスウェインと天津さんの後から現れた僕に向けられ、腰から下げた武器をいつでも解き放てるよう、さりげない動きで手の位置を調整していた。


 ところで彼らの外見は白人で、なのに話しているのは流暢な日本語だ。


 でもよく見れば、言葉と口の動きが一致していない。まるで吹き替えの外国映画を見ているような違和感。


「失礼」


 わざと注目を集めるように言って、僕はスマホを取り出してみせた。


 起動したのは、スキルをチェックするアプリだ。


 それを自分に向けてみると、やはり、新たなスキルが生えていた。


『万能言語理解』


 どこかで誰かから学んだのだろう――その誰かが誰なのかは、明白だった。


 スウェインでしかありえない。


 そして男達の背後、行き止まりの土壁――そこを彩るモザイク状の色彩が、何を意味するのかも明白だ。


 ゲートでしかありえない。


 異世界転移ものでは定番のスキルと、ゲート。


 この2つから何が導き出されるかも、また明白だった。


 スウェインが言った。


「兄ちゃん。俺らはな、お前らとは違う世界から来た、いわゆる異世界人ってやつなんだよ」


 でもその声は、やけに遠くに聞こえていた。


 代わりに響いてたのは、さんごの言葉だった。


 さんご:問答無用で殺せ

 さんご:君は、最後まで殺すな


 矛盾した言葉の意味が、ようやく理解できた。


 いま僕の目の前にいるのは、スウェインと天津さんと、3人の男。


 それから、彼ら――探索者姿の中年男が2人。それから、やはり探索者姿の若い男女が5人。若くもなく老けてもいない男性が7人。中年の男女が3人。それから、それから、それから……狭い脇道には入れきれるはずもなく、お互いの姿のほとんどを重ね合ってる、たくさんの、数え切れないくらいの、幽霊達。


 大塚太郎との一件がなければ、彼らが幽霊だと分からなかっただろう。そして、あの女性達が囚われてた『人食い屋敷』を体験してなければ、ここで何が行われたか、察することが出来なかったか、心が察することを拒んでいただろう。


 彼らが、ここで殺されたのだということを。


「オマエらが、殺したのか?」


 答えを待たず、スウェイン達の頭部に向かって。

 僕は、鎖を放っていた。

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